
作業療法士の知見を基に、一人ひとりに寄り添うオーダーメイドの福祉用具から、累計販売数48万台を突破したクッション「p!nto」まで、多彩な製品を展開する株式会社ピーエーエス。同社のすべての製品には、「障害があってもなくても、誰もが快適な暮らしを送れるように」という思いが込められている。
代表取締役の野村寿子氏は、作業療法士としての豊富な経験を経て同社を設立。その原動力となった亡き父の言葉や自身の信念、そして「私たちの売上の数字は幸せの数を表しているんだ」と語る事業への情熱に迫った。
父の言葉を胸に作業療法士へ 原点となった「遊び」の力
ーーまず、野村代表が作業療法士を目指されたきっかけについてお聞かせください。
野村寿子:
泌尿器科医だった父が、障害を持つ方の仕事に深く関わる中で、「医者は診察室で治療をするが、作業療法士は日常生活に入り込んで専門性を生かす仕事だ」と教えてくれました。もともとは学校の先生に薦められて声楽家の道を目指していたのですが、作業療法なら音楽など自分の好きなことや得意なことと融合できるのではないかと感じ、専門学校へ進むことを決めました。父は私がその道に進むことを見届けるようにして亡くなったので、私にとって父の言葉は大切な遺言のようになっています。
父が残した「子どもの作業療法は遊びである」という信念を胸に、16年間、作業療法士として子どもたちと向き合ってきました。子どもは遊びの中で育つものであり、そのことに障害の有無は関係ありません。訓練室でのリハビリテーションではなく、泥遊びや水たまりで遊ぶといった日常の「遊び」の中にこそ、人として育つための重要な要素が詰まっていると私は考えています。その「遊び」のための環境づくりや関わり方を追求してきました。
「線を引かない」ために起業 オーダーメイドの椅子づくりへ
ーー臨床現場でご経験を積まれた後、なぜ独立の道を選ばれたのですか。
野村寿子:
現場での経験を通して、人間にとって大切なことは、障害の有無に関係なく同じであると強く感じたからです。しかし、当時勤めていた市役所の仕事では、障害児と健常児を分けるなど、どうしても「線を引く」ことが求められました。父が生前、「知っていて行動しないのは、分からないでいるよりも悪い」とよく話していました。本当に必要な支援が見えているのに、制度を理由にそれを行わないのは、自分に嘘をつくことだと感じたのです。自分が信じることを実現するために、会社を設立しようと決意しました。
ーーそこから、現在の事業の柱はどのように形成されていったのでしょうか。
野村寿子:
当初は、作業療法士が常駐し、誰もが通える絵画教室や陶芸教室などを運営していましたが、経営は簡単ではありませんでした。そんな中、並行して行っていたオーダーメイドの椅子づくりが評判を呼び、そちらに事業を特化させていきました。現在は、作業療法士が一人ひとりの身体を見てつくるオーダーメイドの福祉用具、特に車椅子用のクッションが事業の大きな柱になっています。
口コミで48万台。ヒット商品「p!nto」誕生と事業の広がり
ーーもう一つの柱である一般向け商品は、どのようにして生まれたのですか。
野村寿子:
介護保険向けのレンタルクッションを開発したのがきっかけです。それを販売店の担当者の方が、ご自身の腰痛に悩んでいたため試しに使ってみたところ、症状が改善したという報告をいただきました。そのエピソードから、オーダーメイドでなくても多くの人の役に立てる可能性があると気づき、開発したのが「p!nto」です。発売から11年、テレビCMや新聞広告をほとんど行わずに、口コミだけで累計48万台を売り上げることができました。
現在では「p!nto」シリーズ以外にもマットレスや布団、インテリアにもなるトランポリン、アパレル商品など、私がデザインや試作を手がけた商品は40種類近くにのぼります。いずれも「p!nto」と同じく、体の負担を減らし、快適な暮らしをサポートするためのものです。商品は百貨店などの店舗や各種ECサイトでお買い求めいただけるほか、南青山には全商品を体感できるショールームもございます。さまざまな場所でお手に取っていただけます。
ーーそのほか、現在注力されている取り組みがあればお聞かせください。
野村寿子:
光や音、触感などを活用して心身のリラックスを促す「スヌーズレン」という活動があるのですが、この心地よさをより日常的な空間に生かしたいという思いから「センソリーインテリア」として空間づくりの提案を始めました。この取り組みは、大阪・関西万博の「未来のオフィス」で展示されたほか、実際に名古屋のタワーホテルでも客室に採用され、ご好評をいただいています。今後建設する新しい自社オフィスにも、このセンソリーインテリアの考え方を取り入れ、社員が快適に働ける環境をつくりたいと考えています。
ベビーマットから宿まで 「快適な暮らし」を提案する未来への挑戦
ーー今後の事業展望について、お聞かせください。
野村寿子:
常に新しい挑戦を続けています。私のアイデアが尽きることはなく、2、3ヶ月に1回のペースで新商品を開発しています。ありがたいことに私たちの製品は地元・箕面市のふるさと納税返礼品にも採用されました。今後の展示会でも新しい「p!nto」シリーズなどを紹介する予定です。
現在は特に、これまでのカテゴリーとは異なるベビー用品の「ベビーマット」開発に力を入れています。赤ちゃんにとってマットは「寝る場所」ではなく「暮らしの場所」であり、寝ているだけで自然な発達を促すものです。この価値を新しいお客様であるママたちにどう伝えていくか、模索しているところです。さらに、三重県には「ほぐれる暮らしの宿 coconiwa」を計画しており、これまでの「快適な暮らしの道具」づくりの経験を生かし、「快適な暮らしそのもの」を提案する場所を目指しています。
ーー海外展開についても、教えていただけますか。
野村寿子:
イタリアに現地法人を置き「p!nto」などを展開していますが、安価な模倣品が出回るなど、厳しい状況にも直面しています。今後は、他社にはつくれないオーダーメイドの福祉用具や、体の歪みを整えるマットレスといった、私たちの強みがより発揮できる製品に焦点を当て、ヨーロッパでの医療認定取得を目指すなど、戦略を練り直しているところです。
「私たちの売上数字は幸せの数」 共に未来をつくる仲間を求めて

ーー共に働く仲間に対して、どのようなことを期待されていますか。
野村寿子:
私たちは現在、営業職、製造職を問わず新しい仲間を募集しています。私は社員にいつも「私たちの売上数字は幸せの数だからね」と伝えています。お客様一人ひとりの困りごとに真摯に耳を傾け、本当に必要なものを提供することで、「いい仕事」をしてほしいと願っています。お客様に製品を一日でも早くお届けしたいという思いから、繁忙期には仕事量が増えることもありますが、DXを進めるなど、一人ひとりが余裕を持って働ける環境づくりにも取り組んでいます。
ーー最後に、野村代表の今後の目標をお聞かせください。
野村寿子:
『疲れないカラダの作り方』というタイトルの本を執筆中です。私自身、かつては体が弱く頻繁に倒れていた時があったのですが、あることをきっかけに元気を取り戻しました。それが、自社製品であるクッション「p!nto」の開発です。体を整えるクッションを追求し、そうして生まれた「p!nto」を使い続けるうちに、無意識に体を緊張させてしまう状態から解放され、私自身の体もどんどん元気になっていきました。この本では、そうした経験から確立した、そもそも疲れない状態をつくるためのメソッドを紹介します。
この本でお伝えする考え方は、私たちがつくるすべての商品の根底にあるものです。「p!nto」をはじめとする私たちの製品は、まさにこのメソッドを形にしたものであり、皆さんの「疲れない体づくり」に貢献できると信じています。
編集後記
亡き父の言葉を胸に、「障害の有無で人を分けない」という強い信念を貫いてきた野村氏。その思いは、オーダーメイドの福祉用具から、口コミで48万人の心と体を支える「p!nto」へと結実した。「売上の数字は幸せの数」と語る姿からは、事業を通して人を元気にしたいという純粋で力強い情熱がうかがえる。快適な暮らしの「道具」から「空間」へ、そして「文化」へ。同社の挑戦は、これからも多くの人を幸せに導いていくだろう。

野村寿子/1962年大阪生まれ。1984年より作業療法士。16年肢体不自由児施設に勤務したのち、株式会社ピーエーエスを設立。約10000件を超えるオーダーシートを製作。「快適さと動きやすさを同時に可能にする特別な採型」が特徴の車椅子シートは、「人生を変える魔法の椅子」としてBSの番組でも取り上げられた。そのノウハウを活かして作った姿勢が整うクッション「p!nto」は、シリーズ累計48万台のヒット商品である。