
博報堂出身の連続起業家として、IT領域で数々の事業を成功に導いてきた茂木哲也氏。人気YouTubeチャンネル「令和の虎」への出演でも知られる同氏が、次なる挑戦の舞台に選んだのが、フィリピン人専門の家事代行サービスである。一貫した事業原則を持つ同氏が、なぜ単なる利益追求ではなく「日本への恩返し」を掲げたのか。同社は家事代行の枠を超え、“外国籍人材リーディングカンパニー”という壮大なビジョンを掲げている。株式会社ピナイ・インターナショナルの現在と未来について、同氏に話を聞いた。
博報堂から連続起業家 失敗しない事業づくりの流儀
ーー博報堂から独立後、どのような事業を手掛けてこられたのですか。
茂木哲也:
最初の起業は2000年のことです。当時はITバブルの真っただ中でした。特に携帯電話にインターネット機能がつくモバイル分野の黎明期であった点に着目し、モバイル向けのコンテンツ制作会社を立ち上げました。その後も複数の会社を立ち上げ、いずれもM&Aで売却しています。たとえば、動画配信サービスの裏方としてデータ変換(エンコード)を専門に行う会社。あるいは、クラウド上で安価かつ大量に処理できるシステムを提供する会社などです。
ーー連続して事業を成功させる上で、貫いている信条はありますか。
茂木哲也:
私が事業を行う上で鉄則にしていることが3つあります。一つ目は「成長傾向にある事業を手掛けること(アップトレンド)」、二つ目は「特定の狭い範囲で一番になること(ニッチトップ)を狙うこと」、そして三つ目は「小規模に始めること(スモールスタート)」です。市場自体が拡大する領域で勝負するのが、絶対の勝ち筋だと考えています。
これまで立ち上げたどの事業も自分が得意な分野だったわけではありません。やりながら学んでいくというスタイルを貫いてきました。そのため小さな失敗は繰り返しますが、伸びている業界なので、よほどのことがない限り大きな失敗には至らないのです。
結局のところ、より多く努力を重ねた人が順に成果をつかんでいくのだと考えています。人間の能力には大きな差があるわけではありません。経済的な成功を目指すのであれば、徹底的に努力する以外に道はないでしょう。一方で、私は「嫌」と感じることは避ける選択をしてきました。嫌なことをせずにすむために、エネルギーを注げる分野で最大限の努力をする、という働き方も一つの方法だと思っています。
日本社会への恩返しを使命に掲げた 外国籍人材事業の幕開け
ーー貴社設立の経緯と、家事代行事業を選ばれた理由をお聞かせください。
茂木哲也:
「自分の仕事が日本の未来のためになっていると実感できる事業をやりたい」。十数年経営者として働く中で、そうした思いが芽生えたのが設立のきっかけです。当時、私が最も関心を寄せていた社会課題が少子高齢化でした。その解決策として、外国籍の方々に日本を一緒に盛り上げてもらうことだと結論づけました。そして、外国籍人材に関わるビジネスを始めようと決意した次第です。
その中でも家事代行を選んだのは、私自身が子どもの誕生を機にサービスを利用し、その素晴らしさを実感したからです。これまで培ってきた私の事業に対する考え方と、「日本社会に貢献したい」という思いを体現できる場所は家事代行という事業だと確信しました。
ーー創業以来、どのような困難や逆境がありましたか。
茂木哲也:
特に大きな困難が、二つありました。一つ目は、スタッフとの文化の違いです。外国籍人材を雇用する上での法律の壁はもちろんですが、それ以上に大変だったのが文化的なギャップを埋める作業でした。たとえば、フィリピンには「謝ったら負け」という文化があり、何かあっても理由を説明しがちです。遅刻に対しても「電車が遅れたのだから仕方ない」という感覚で、日本の常識が通用しない場面に数多く直面しました。
そして二つ目が、コロナ禍の3年間です。これは私のキャリアを通じて最も大変だった逆境でした。外国籍人材の入国が完全に止まり、私たちにとっては商品が3年間全く入荷されないのと同じ状態だったのです。先行投資で人を抱えていたため、毎月赤字が続く状況は精神的にも厳しいものでした。事業が完全に止まり、やることがなく「令和の虎」に出演したくらいです。
サービスの核となる品質へのこだわり 他社と一線を画す提供価値
ーー他の家事代行サービスと比較した際の貴社の強みは何でしょうか。
茂木哲也:
ハウスキーパーの品質の高さが最大の強みです。ピナイで働くには、フィリピンの国家資格保有が必須条件となっています。さらに徹底した研修を受け、スタッフにはサービス現場に出てもらっています。その質は業界トップクラスだと自負しています。また、フィリピン人ならではの英語力に加え、日本語能力の訓練にも力を入れている点も、他社にはない付加価値だと考えています。
ーースタッフの方々が安心して働くために、どのような工夫をされていますか。
茂木哲也:
「PIT(Performance Improvement Team)」という専門部署が、スタッフの悩み相談から身の回りの世話まで、あらゆるサポートを行い、スタッフが安心して仕事に専念できる環境を整えています。また、頑張りが給与に反映されるポイント制の評価制度も導入し、モチベーション向上につなげています。これらの取り組みは、2年間で離職率14%改善という目に見えた成果を出しています。
家事代行は未来への入り口 外国籍人材リーディングカンパニー構想

ーー今後の事業展開のビジョンと、その実現に向けた課題についてお聞かせください。
茂木哲也:
私たちは自社を家事代行の会社だとは捉えていません。“外国籍人材リーディングカンパニー”というビジョンを掲げており、家事代行はその入り口の一つです。まずは家事代行サービスを全国の主要都市へと拡大します。そのうえで、人材紹介サービスや介護など、外国籍の方が日本で活躍することに関わる全ての事業を手掛けていきたいと考えています。
ただし、その実現に向けた最大の課題は市場、つまり外部環境です。日本では家事代行の利用経験者がまだ3〜4%しかいません。家の中に他人を入れることへの心理的ハードルが、非常に高いのが現状です。このギャップをどう埋め、利用のきっかけとなる文化を醸成していくかが業界全体のテーマだと認識しています。
ーー最後に、描いている会社の未来と、その夢を共に実現したいと考える仲間へのメッセージをお聞かせください。
茂木哲也:
3〜5年後には、弊社の家事代行サービスが全国の主要都市で利用できる状態になっているでしょう。そして、家事代行以外の新しいサービスも複数立ち上がっている。そんな未来を描いています。さらに、IPO(新規株式公開)を含め、さまざまな可能性を検討しています。
この夢を実現していくためには、協調性があり、チームでうまくやれる仲間が欠かせません。弊社では部署間の連携が非常に重要ですので、周りとバランスをとれることが大切だと思っています。「英語力を活かしたい」と考えている方には、ぜひ私たちの仲間になっていただきたいです。日常会話レベルの英語力があれば、活躍の場が大きく広がります。
編集後記
茂木氏が語る事業への考え方は、連続起業家としての経験に裏打ちされた、極めて合理的で明快なものである。しかし、その冷静な戦略家の顔の奥には、「日本に恩返しがしたい」という熱い思いが秘められている。コロナ禍という最大の逆境を乗り越えた今、同氏が見据えるのは家事代行サービスの全国展開だけではない。その先にある“外国籍人材リーディングカンパニー”という壮大なビジョンだ。同社の挑戦は、日本の深刻な人手不足という社会課題を解決する、大きな可能性を秘めているに違いない。

茂木哲也/麻布高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、株式会社博報堂に入社。2000年にモバイルコンテンツ開発会社・株式会社ワーキング・ヘッズを創業。その後も多様なジャンルの事業を立ち上げる(いずれもM&Aにて売却)。2016年7月に株式会社ピナイ・インターナショナルを設立し、代表取締役に就任。創業から現在に至るまで、外国籍人材を活用した革新的な家事支援モデルに挑戦中。2025年3月時点で約200名のフィリピン人スタッフを雇用し、年150%を超えるペースで成長中。