※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

近鉄沿線に暮らす人々の食のインフラとして、地域に根差した店舗を展開する株式会社近商ストア。創業から70年近くにわたり、地域に密着した店舗づくりで信頼を築いてきた同社は、駅前や駅周辺の便利な立地を強みに、日々の暮らしに欠かせない存在として親しまれている。この度、同社初の生え抜き社長として就任したのは、代表取締役社長の上田泰嗣氏である。

40年近くにわたり店舗運営から仕入れ、管理職に至るまで幅広い業務を経験し、会社の歴史と文化を深く知る上田氏。長きにわたり積み重ねてきた経験と、トップとして掲げる「課題の先送りはしない」という強い信条を胸に、スーパーマーケット業界が直面する難局をいかに乗り越えようとしているのか、その経営哲学と今後の展望について話をうかがった。

現場から本部まで、多様な経験が培った独自の視点

ーーこれまでの社会人としてのキャリアと、培われてきたご経験についてお聞かせください。

上田泰嗣:
私は1984年に入社し、最初の8年間は主に店舗の売り場を担当していました。その後、仕入れを担当するバイヤーを4年間務めた後、労働組合の専従役員を8年間経験し、そのうち4年間は委員長を務めました。任期満了後は再び店舗に戻り、副店長や店長として約8年間現場を経験しました。その後、エリアを統括する地区長を経て再び商品本部に戻り、副本部長、そして2017年には取締役商品本部長に就任したのです。店舗での販売から商品の仕入れまで、営業のフィールドで幅広い経験を積んできたことが、私の大きな強みになったと感じています。

ーー社長に就任された経緯と、その際に心に決めたことについてお聞かせください。

上田泰嗣:
これまで近鉄グループホールディングスより社長をお迎えしてきましたが、スーパーマーケット業界が、厳しく難しい局面に直面している現状を踏まえ、生え抜きが困難に立ち向かい、現状打破から成長に繋げるようにと使命をいただいたと理解しています。しかしながら、正直社長就任は全く想像していませんでした。

就任が決まってから、私が果たすべき役割は何かを考えたとき、「課題の先送りはしない」という信念が私のベースになりました。これまでの歴史では、「課題を先送り」してしまう風土がありました。今すべき苦労や努力をせずに、他責にしてしまう文化もありました。私の使命は、こうした長年の課題に正面から向き合い、解決に取り組むことだと考えています。

変化を恐れず挑戦し続ける100周年への道のり

ーー社長に就任されてからの約1年間、具体的にどのようなことに取り組んでこられましたか。

上田泰嗣:
この1年間は、長年の課題であった会社の文化や風土の変革に注力してきました。これまでは継続性やスピード感、徹底力に欠ける部分がありました。理解はするものの行動が伴わない、決められたことを実行しようとしても結果が出ないといった課題を解決するため、「決められたことを徹底して、スピード感を持って実行する」という方針を掲げ、従業員と向き合いました。これらは1年で解決できるような簡単な問題ではありませんが、未来に向けて不可欠な取り組みだと考えています。

手作りの温かさとDXの両立

ーー近商ストアの事業内容や、他社との差別化につながる強みについてお聞かせください。

上田泰嗣:
近商ストアは、近鉄沿線にお住まいの方の食のインフラを担う企業として、駅前や駅周辺に店舗を展開しています。お客様との接点として、「便利さ」「新鮮さ」「安全・安心」を商品を通じてアピールしています。

他社との大きな違いは、肉や魚、惣菜やお寿司など、ほぼすべての商品を店内加工で提供している点です。大手スーパーが集中加工センターを利用するのに対し、弊社では店内で調理・加工することで、できたてや作りたてのおいしさを追求しています。

ーー業界全体が抱える人手不足の課題に対し、DX推進によってどのように解決を図っていきますか。

上田泰嗣:
DXは、労働力不足と人件費の上昇という2つの課題を解決する上で不可欠な取り組みです。省人化と生産性向上の観点から、まずは店舗でのシステム化を推進しています。具体的には、レジのセルフ化や、これまで紙ベースだった価格表示を電子棚札に切り替えるなど、作業の効率化とミスの削減に取り組んでいます。将来的には、お客様自身が手間なく買い物を済ませられるような、より進んだシステムも導入していきたいです。

1000億円企業を目指して。今後の挑戦とその舞台について

ーー今後の展望についてお聞かせください。

上田泰嗣:
まずは、1000億円企業を目指すという大きな目標を掲げています。現状は約600億円規模ですが、従業員全員が同じ目標に向かって進む姿勢が大切です。そのためには、大阪市内を中心に、小型店やレギュラータイプの店舗を積極的に出店していきます。また、駅や百貨店などの近鉄グループが保有する資産を活用し、生鮮食品に特化した専門店など、新たな事業分野にも参入したいと考えています。これらはこの先5年、10年かけて取り組むべきテーマです。

ーー最後に、読者へ向けたメッセージをお願いいたします。

上田泰嗣:
スーパーマーケット業界は、「オーバーストア※」と言われる厳しい競争環境にあり、今がまさに生き残りをかけた正念場です。しかし、近鉄グループというバックボーンを持った会社として、地域にどう貢献できるかという大きな使命が私たちにはあります。スーパーマーケットの仕事が好きか嫌いかという感情的な話ではなく、日々の仕事を通じて地域貢献を実感できるという魅力を、学生の方、社員、そして幅広い方々に知っていただきたいと考えています。

※店舗数が多すぎて一店舗あたりの売上が伸び悩み、経営が厳しくなる状況。

編集後記

上田氏の話からは、40年もの間、現場の最前線で培ってきた経験と、この会社と従業員を何としても良い方向に導きたいという強い思いがひしひしと伝わってきた。長年の課題に真正面から向き合い、「課題を先送りにしない」と力強く語る姿は、まさにトップとしての覚悟を示すものだった。店内加工にこだわった手作りの温かさを守りつつ、DXによる効率化を進めるなど、伝統と革新を両立させながら未来へ進む同社の挑戦から目が離せない。

上田泰嗣/1961年生まれ大阪府出身。1984年、近畿大学商経学部を卒業し、同年株式会社近商ストアへ入社。2017年に取締役本部長に就任。2023年に常務取締役 営業統括本部長、2024年より代表取締役社長に就任。