※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

伸縮性に優れたスパンデックス繊維「ライクラ®ファイバー」を国内で唯一製造・販売する東レ・ライクラ株式会社。同社は創業以来、日本の繊維産業を高品質な素材で支え続けてきた。2025年、新たに代表取締役社長に就任したのが、武内文男氏である。米国のDuPont de Nemours, Inc.(以下、DuPont社)への派遣や海外顧客との折衝で培った「解は現場にある」という揺るぎない信念を胸に、同社を「スパイク型企業」へと導く武内氏。その情熱とビジョンに迫る。

「技術の東レ」で技術と営業を渡り歩いた半生

ーー武内社長のご経歴についてお聞かせください。

武内文男:
もともと、ゼロからモノを生み出す“製造”という分野に強い興味がありました。大学で化学を学ぶ中で、自分の知識で人々の暮らしを豊かにするような“恩返し”がしたいと考えていた時、東レのパンフレットにあった「原点は、くらしです。」「技術の東レ」という言葉に出会ったのです。その高い技術力と社会への姿勢に強く惹かれ、入社を決めました。

ーー入社後はどのようなキャリアを歩まれましたか。

武内文男:
キャリアの大半は技術系の領域です。初めはスパンデックス繊維「ライクラ®ファイバー」の製造技術担当として、滋賀事業場で製造技術やプロセス開発などに携わりました。その後、米国のDuPont社の研究部門へ派遣され、研究開発の最前線を経験しました。帰国後は、新工場の立ち上げ責任者や、100名以上の部下を率いる製造現場の課長として、人材育成にも心血を注ぎました。

ーー技術畑から営業へ、その挑戦の意図とは何だったのでしょうか。

武内文男:
私にとって大きな挑戦でしたが、結果的に2度にわたって合計10年以上、営業の仕事に携わりました。その後、再び研究開発部門の統括、工場全体の責任者を経て役員となり、このたび社長に就任しました。技術者としての深い知見と、お客様と直接向き合う営業の経験。この両輪が、今の私の経営の礎となっています。

「すべての解は現場にある」揺るぎない信念を育んだ原体験

ーー武内社長の仕事観を形つくった、原体験についてお聞かせください。

武内文男:
私の信念の根幹には、2つの大きな原体験があります。1つ目は、DuPont社の研究所に所属していた時代、現地の優秀な博士たちがコンピューターシミュレーションを駆使しても解けなかった品質問題に直面した時のことです。私は諦めずに現場での地道なテストを繰り返し、試行錯誤の末にある仮説にたどり着き、見事にその問題を解決できたのです。

2つ目は、営業として海外のお客様の工場立ち上げを支援した際の経験です。当初、私たちが納入した糸が切れるというトラブルが発生しました。私はお客様の作業着をお借りして何日間も現場に入り込み、製造ラインを観察し続けた結果、問題の根本原因が糸ではなくお客様の機械の仕様にあることを突き止め、改善提案によって解決に導くことができました。

DuPont社での経験から、たとえ常識外れだと否定されても、自ら現場で掴んだデータを信じ抜く信念と、「解は現場にある」という絶対的な原則を学びました。そして海外のお客様との一件は、その原則を再確認させてくれると共に、技術的な答えを見つけるだけでなく、お客様の成功を本気で願う「誠意」こそが、真の信頼を築く鍵になると教えてくれたのです。

暮らしの必需品を支える国内唯一のライクラ®ファイバーメーカー

ーー貴社の事業について教えてください。

武内文男:
弊社は、伸縮素材であるスパンデックス「ライクラ®ファイバー」を日本で唯一、製造・販売している会社です。皆様がよくご存じのアパレル製品はもちろんですが、実は紙おむつやサニタリーナプキンといった日用品にも広く使われています。特に、これらの製品の漏れを防ぐギャザー部分では、私たちの糸が圧倒的なシェアをいただいており、皆様の暮らしの根幹を支えています。

ーー新たな製品開発なども行っているのでしょうか。

武内文男:
アパレル用途では、汗臭などを抑える消臭糸を開発しました。また、紙おむつなどの衛材用途では、お客様の生産性向上に寄与する製品の開発を行いました。最近では、「ライクラ®ファイバー」が持つ高い摩擦力を利用して汚れを落とす、新しいボディタオルを開発しました。これはクラウドファンディングサイトの「Makuake」で発表し、多くのご支援をいただきました。このように、既存の用途にとらわれず、素材の可能性を追求し続けています。

全員で“トゲ”を磨く「スパイク型企業」が目指す未来

ーー社長就任にあたり、掲げたビジョンはございますか。

武内文男:
今後の会社のキャッチフレーズとして、「スパイク型企業への転換」を掲げました。これは、他社が容易に真似できない、槍の穂先のように鋭く尖った価値、つまり“スパイクバリュー”を、私たちの製品やサービスに持たせるという考え方です。この“スパイクバリュー”を実現するために、4つの要素を大切にしています。

ーー具体的にどのようなものでしょうか。

武内文男:
1つ目は「製品価値・機能のスパイク化」。消費者が「こんな機能が欲しかった」と感じる、一歩先の製品を開発します。2つ目は「社員一人ひとりのスパイク化」。社員がそれぞれの強みを徹底的に磨き、企業の価値を高めます。3つ目は「お客様との共創」。お客様と共に新しい価値を生み出します。そして最後が「お客様の事業のスパイク化」。私たちの製品を使ってくださるお客様の事業も共に成長させ、業界全体を盛り上げるWin-Winの関係を目指します。

ーー最後に、社長として目指す会社の姿をお聞かせください。

武内文男:
何よりもまず、社員が「早く会社に行きたい」「会社にいるのが楽しい」と思えるような職場をつくりたいです。そして、昨年で創業60周年を迎えましたが、これまで弊社を支えてくださった日本の大切なお客様と共に歩んできた歴史を、これからも守り続けていきます。サプライヤー様から社員、物流、そしてお客様まで、事業に関わるすべての方々への感謝の気持ちを忘れずに、事業を推進してまいります。

編集後記

技術、研究、製造、そして営業。企業の根幹を成すあらゆる「現場」を渡り歩いてきた武内社長。その言葉の端々から、机上ではなく、常に現場に立ち続けることで培われた、揺るぎない自信と哲学が伝わってくる。「スパイク」という力強い言葉で語られる未来像は、社員一人ひとりの強みを信じ、顧客と共に業界を盛り上げたいという、温かく誠実な思いに支えられている。すべてのステークホルダーへの感謝を胸に、新たな挑戦へと踏み出した同社の未来に、大きな期待が寄せられる。

武内文男/1961年、大阪府出身。1984年大阪大学基礎工学部化学工学科卒、1986年同大学院(修士)卒。同年東レ(株)に入社し、東レ・デュポン(株)技術課に配属。1995年から米国DuPont社にR&D派遣。2000年から生産・営業・製造部門を歴任。2016年技術センター所長、2021年取締役・滋賀事業場長。2025年6月25日に代表取締役社長に就任。