※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

小型直流モーターの分野で世界的なシェアを誇り、社会のあらゆる「動き」を支えてきたマブチモーター株式会社。その強みは、徹底した標準化戦略に基づく高品質かつリーズナブルな製品と、安定した供給体制にある。2024年、同社の新たな舵取り役として代表取締役社長に就任したのが高橋徹氏だ。キャリアの原点は生産管理。海外工場の経営者として生産現場の最前線に立ち続け、ものづくりの真髄を追求してきた。現場を熟知するリーダーは、会社の未来をどう描くのか。揺るぎない経営理念を胸に、大胆な事業ポートフォリオ変革を掲げる『経営計画2030』。その詳細と、未来への確かな展望に迫る。

すべての原点は生産現場に 若き日の学びと挑戦

ーー社長のキャリアのスタートについてお聞かせください。

高橋徹:
弊社に入社したのはバブル期のことです。当時から「ものづくり」に携わりたいという強い思いがあり、幼い頃にラジコンなどで親しんだマブチモーターに縁を感じて入社を決めたのが私のキャリアの始まりです。

入社後は生産管理部門に配属され、生産設備の企画・手配や、複数の工場における生産計画の立案を担当しました。

モーターはお客様の製品の心臓部となる重要な機能部品です。そのため、安定供給を徹底することが私の使命でした。上司からは「供給を途切れさせない」という責任の重さを教わりました。当時は会社も日本経済も右肩上がりの成長期。高品質な製品を正確につくり、お客様に届ける体制づくりに全力を注ぎました。

ーーその後のキャリアにおいて、転機となったご経験はありますか。

高橋徹:
29歳で中国の大連工場に赴任した際、企業の利益の源泉はやはり生産現場にあるのだと実感しました。現場がいかに効率よく高品質な製品をつくれるか。それを本社がどうサポートできるか。その視点が極めて重要だと学びました。この経験をきっかけに帰任後、先輩社員と共に経営トップに「生産管理のための新しいシステムを開発させてほしい」と提案しました。その提案が認められ、開発を推進しました。

ーーご自身で開発を推進されたシステムとは、どのようなものだったのでしょうか。

高橋徹:
生産設備の消耗部品や金型のスペア部品を管理するシステムです。当時、生産ラインの稼働を維持することが最も重視されていました。そのため、予測が難しい生産設備の交換部品は過剰在庫を抱えざるを得ないという課題がありました。そこで、過去に交換した部品のデータを統計的に分析し、適正な在庫量を算出する仕組みを考えました。

また、全部品に社内統一の管理番号を付与して拠点間の融通を可能にし、特定の金型における刃物の破損頻度などもデータで可視化しました。この仕組みは、実は25年ほど経った今でも社内で活用されています。

海外工場での実績を礎に企業のトップへ

ーー生産現場の重要性という学びは、その後の経験にどう活かされたのでしょうか。

高橋徹:
46歳の時に中国の東莞、そして大連の工場で総経理として経営に携わった際に、私の指針となりました。ものづくりの工場では、企業文化の醸成が何よりも大切だと痛感したのです。リーダーである私の価値観が、工場のカラーに直結します。従業員はリーダーの立ち居振る舞いを常に見ているのです。

そのため、自らが公正公平な姿勢を貫くことを心がけてきました。たとえば人事においても、誰から見ても誠実な人物を抜擢する。そうすれば、「トップは誠実さを評価するのだ」というメッセージが組織全体に伝わります。私は経歴や学歴にかかわらず、ひたむきに仕事に取り組み、成果を出す人材を登用してきました。それに応えるように、従業員が素晴らしい意欲と能力を発揮してくれました。その経験を通じて、「公平な評価と成長機会の提供」が組織を活性化させるのだと確信しました。

ーー社長に就任されるまでの経緯についてお聞かせください。

高橋徹:
特定の出来事がきっかけというよりは、これまで積み重ねてきた経験を総合的に評価していただけた結果だと考えています。まず、中国の2拠点で工場経営に携わり、業績を着実に伸ばすことができた点は、一つの大きな実績でした。それに加え、長年、生産管理の仕事を通してサプライチェーンの中心にいたことで、社内のものづくりに対する深い知見が培われたことも大きいでしょう。

リーマンショックのような未曾有の危機に際しても、責任者として周囲を巻き込み、難局を乗り越えてきました。過去に多くの課題に向き合った経験は、冷静な判断を下すための礎になっています。

こうした経験を評価いただき、社長就任前から取締役として『経営計画2030』の立案にも携わっていました。社長として、自ら描いたこの計画を断固として実行していく決意です。

変わらぬ理念と標準化戦略 マブチモーターの強さの源泉

ーー貴社の事業内容と同業他社に対する優位性についてお聞かせください。

高橋徹:
私たちは小型直流モーターを開発・製造・販売しており、その用途は時代のニーズに合わせて、教材や玩具から家電、自動車へと拡がってきました。特定の最終製品向けのモーターに特化するのではなく、電気を動力に変える「機能部品」を様々な用途向けに提供していることが、事業の安定につながっています。世の中のモーター需要は今後も確実に増えることが見込まれます。お客様のニーズの変化を的確に捉え、モーターをコアとして各用途に最適な製品を継続的に開発していることが私たちの大きな強みです。さらに、徹底した「標準化戦略」によって、最小限の設備投資で最大のアウトプットを生み出し、コストと品質を高いレベルで両立させている点が、他社に対する優位性になっていると考えています。

ーー貴社が長年大切にされてきた、企業としての価値観についてお聞かせください。

高橋徹:
「国際社会への貢献とその継続的拡大」という経営理念は、1971年に制定されて以来まったく変わっていません。この理念は、まさに社員のDNAとして深く刻まれています。たとえば、今でこそSDGsなどが注目されていますが、この理念には制定当初から「自然環境を大切にする」という思いが込められています。かなり早い段階から、そうした考えを企業の根底に持って活動してきたのです。私自身、何か経営判断に迷ったときには、必ずこの経営理念に立ち返ります。会社の憲法のような存在であり、自信を持って意思決定をするための拠り所ですね。

ーー貴社で働く魅力は、どのような点にあるとお考えでしょうか。

高橋徹:
事業の安定性に加え、世界各国に33の連結子会社を有していることが大きな魅力です。多様な国籍を持つ仲間たちと切磋琢磨しながら仕事ができる経験は、他社では得難いものでしょう。私自身も、先ほどお話ししたシステムの導入で全拠点への訪問を何周もしました。

その中で現地のスタッフと深い絆が生まれ、彼らが今、高い役職に就いている姿を見ると非常に嬉しく、仕事もやりやすくなります。出張や赴任を通して多様な文化に触れ、国際感覚を養うことができる。また、社員が家族を帯同して海外に赴任し、お子さんが国際感覚を養うといったケースも珍しくありません。これはマブチモーターならではのメリットだと思います。

事業ポートフォリオ変革へ 『経営計画2030』が描く未来

ーー会社の更なる成長のために、今後はどのような事業展開をお考えでしょうか。

高橋徹:
現在、弊社の事業の約78%を自動車電装機器用途が占めています。しかし、更なる成長のためには、もっとダイナミックに事業のポートフォリオ改革を推進していかなければなりません。具体的には、「モビリティ」「マシーナリー」「メディカル」の3つのM領域におけるビジネスを拡大し、成長を加速させていく計画です。

まず「モビリティ」ですが、これは自動車に限りません。アシスト自転車やAGV(無人搬送車)といった、モビリティ全体でモーターが使われる場面は今後ますます増えていくでしょう。

「マシーナリー」分野では、ロボット関連に大きな可能性があります。工場の生産ラインで人と共に働く協調ロボットの関節部分や、荷物を掴む先端部分など、活躍の場は無数にあります。最近では、日本初の本格的なヒューマノイドロボットを開発するプロジェクトにも、モーターを供給する企業として参画しました。

「メディカル」領域でも、人工呼吸器や外科手術向けパワーツール用のモーター等、専門性の高い分野でのラインナップを増やしています。

ーーそうした新しい取り組みを進める上で、お客様に提供する価値はどのように変わっていくとお考えですか。

高橋徹:
まさにその“提供価値の変化”こそが、私たちの目指す変革の核となります。私たちは、モーター単体に加え、モーター以外の部品やユニット等の周辺領域にも事業を拡大して「動き」のソリューションを提供する企業へと変わろうとしています。

その変革への思いを込めた事業コンセプトが『e-MOTO(イーモト)』です。これは、電気で動くことを意味する「electric」と、モーターの語源であり「動きを与える」という意味を持つラテン語の「moto」を組み合わせた、私たちの決意を示す造語です。

これまではモーター単体をお客様に供給するのが私たちのビジネスでしたが、自動搬送ロボットの車輪用モーターユニットや、自動車のシートに内蔵され冷風や温風を送るシートベンチレーション用のファンユニット等、周辺部品を含めたユニットでの提供を求められるケースが非常に増えています。弊社は「モーターの専門家」という強みを活かしつつも、その枠に留まらず、「動き」に関わるより広い領域へ挑戦していく、私たちの決意表明でもあります。

たとえば、倉庫内を自走するAGV、その上に搭載されたロボットアームの関節、そして先端で商品を掴むグリッパー。これら一連の「動き」を、私たちのモーター群で三点セットのように実現する。そんなソリューション提案を強化していきたいと考えています。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

高橋徹:
世界の電力消費の約半分が、モーターによるものだという試算があります。これは、モーターが私たちの暮らしや産業にとっていかに不可欠な存在かということを物語っています。マブチモーターは、そんなモーターという製品を軸に、実直に小型直流モーター事業を展開してきました。

その一方で、1964年には香港に生産・販売会社を設立し海外進出を果たすという、当時としては非常に大胆な挑戦もしており、「実直さ」と「大胆さ」を併せ持った会社です。これからも社会に必要とされる存在であり続けるために、私たちは挑戦を続けていきます。私たちの志に共感し、共に未来を創っていただける仲間やパートナー企業との出会いを心から望んでいます。

編集後記

生産管理からキャリアをスタートし、海外工場のトップとして製造現場の最前線に立ち続けてきた高橋氏。その言葉からは、一貫した現場主義と、ものづくりへの深い情熱が伝わってきた。「実直さ」と「大胆さ」。この2つのDNAを受け継ぎ、体現するリーダーの下、マブチモーターは今、事業ポートフォリオの大変革に挑む。モーターという基幹部品の可能性を追求し、「動き」のソリューションで未来を切り拓いていく同社の挑戦から、ますます目が離せない。

高橋徹/1965年埼玉県生まれ。1988年、マブチモーター株式会社に入社。2012年に東莞道滘万宝至馬達有限公司総経理、2015年に万宝至馬達大連有限公司総経理に就任。製造本部生産管理部長、購買・生産管理本部長を務めたのち、2022年3月、取締役執行役員 購買・生産管理本部長に就任。2024年3月より現職。