※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

昇降機専業メーカーである、フジテック株式会社。海外売上高比率が6割を超えるグローバル企業であり、その事業展開は世界20以上の国と地域に広がる。2023年に同社のトップに就任したのが、代表取締役社長の原田政佳氏だ。入社2年目から香港に駐在し、約20年以上にわたる海外勤務で培った現場感覚と、コロナ禍の中国で現地法人をV字回復させた卓越した経営手腕を持つ。常に社員に寄り添う姿勢を貫き、「オールフジテック」で未来を切り拓こうとする同氏に、これまでの歩みと会社の未来像について話を聞いた。

海外挑戦の志とグローバルキャリアの原点

ーー貴社に入社された経緯についてお聞かせください。

原田政佳:
大学が語学系だったこともあり、若い頃から自分の力が海外でどれだけ通用するのか試したいという思いが非常に強くありました。就職活動の際に会社を調べていく中で、当社がグローバルに事業を展開していることを知りました。若手にも相応のチャンスがありそうだと感じ、「この会社で挑戦してみたい」と考えたのが入社のきっかけです。

ーー入社後はどのような経験を積まれていったのでしょうか。

原田政佳:
日本で勤務したのは入社後の1年あまりで、2年目には香港へ赴任しました。キャリアの半分以上が海外勤務になりますが、香港での約20年間がその土台です。当時の香港のオフィスは約50人規模で、組織がコンパクトでした。そのため、私は営業職でしたが、あらゆる業務に携わらざるを得ない状況でした。お客様との図面の打合せから、現場でのエレベータ・エスカレータの据付進捗の確認、メンテナンスに関する知識まで対応しました。実践の中で幅広い知識を得られたことが、現在の立場に非常に活きていると感じます。

ーーこれまでのキャリアの中で、特に印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

原田政佳:
香港のペニンシュラホテルでの経験です。ここは当時、アメリカの旅行雑誌で常に高い評価を受けていたホテルで、私がエレベータの提案から納入までを担当しました。その時の担当者の方が、一般的なビジネスライクな関係よりも、むしろ日本の「痒いところに手が届く」ような細やかな対応を求めていらっしゃいました。そこで、頻繁に顔を出して進捗を報告し、完成後もエレベータの状況をうかがうなど、常にコミュニケーションをとるよう心がけました。また、プライベートで家族と一緒に同ホテルへ宿泊し、お客様視点を体験することもしました。

ホテルのオーナーからは「ペニンシュラは世界一のホテルだ。だから関連する設備も全て世界一を採用した。フジテックのエレベータも世界一だ。」という言葉をいただくことができました。このとき、「自分のやってきたことが世界のトップクラスで通用するのだ」と確信し、今でも仕事に向かう上での軸になっています。

コロナ禍の中国で成し遂げたV字回復

ーーその後はどのような経験をされましたか。

原田政佳:
2019年6月に中国の現地法人で総経理(※)に着任しました。ただ、その年に新型コロナウイルスの感染が拡大し、中国法人の責任者を担当した4年間のうち、3年半がコロナ禍でした。

(※)総経理:中国などにおいて、経営の最高責任者を指す。

ーーその厳しい状況下で、社長として取り組まれたことをお聞かせください。

原田政佳:
赴任当時、それまでの中国の事業は厳しい状況でしたので、まずは事業の立て直しに全力を注ぎました。その甲斐あって、2019年には前年比で営業利益400%という成果を出せました。

しかし安堵したのも束の間、2020年からはコロナ禍が深刻化。さらに不動産不況や原材料高という三重苦が私たちを襲いました。ホテルから、リモートで工場の稼働状況を確認するなどした時期もあり、懸命に事業の継続を図りました。

こうした前例のない危機を乗り越える上で不可欠だったのが、社員の「心」と「安全」を守るマネジメントです。毎朝8時半にチャットグループで社員の健康を確認することから一日を始めるなど、何よりも安全を第一に考えました。この経験を通して、会社は社員に「寄り添う」ことで初めて一丸となれるのだと痛感しました。トップがその気持ちを持たずに「頑張ろう」と号令をかけるだけでは、誰もついてきてはくれないのです。

組織を一つにする「オールフジテック」という合言葉

ーー2023年に代表取締役社長へ就任されましたが、当初の心境はいかがでしたか。

原田政佳:
中国法人の総経理時代は、コロナ禍、原材料費の高騰、不動産不況の影響もあり、非常に難しい舵取りが求められました。しかしながら、私の在任中は増収増益を継続して達成してきました。そのときは、与えられた環境で最大限に何ができるか、従業員との対面でのコミュニケーションがままならないなか、当社の価値が最も発揮できる市場へ「選択と集中」を進めることで、事業を推進してまいりました。

フジテック社長就任はこうした国内外での経験を踏まえ、創業以来のフジテックの強み(“安全・安心”の追求、品質重視、人材育成)を守りつつ、新しい時代に合わせて、会社を大きく変革していくという「不易流行」の精神で、新生フジテックのかじ取りという、重責を託されたものと認識しました。

ーー経営の根幹には、どのような考え方があるのでしょうか。

原田政佳:
私は、京都の龍安寺にある「吾唯知足(われただたるをしる)」という禅の言葉を大切にしています。これは「不平不満を言わず、今ある現状に満足する」という意味です。私なりの解釈として、「今ある全ての現状を受け入れた上で、自分としてどうするのか、前向きに努力して現状を打破していく」という考え方を持っています。この思いが、「寄り添い、温かみのある会社を目指す」という経営の根幹にもつながっています。

ーー今後、どのような企業にしていこうとお考えですか。

原田政佳:
当社の規模組織となると、社長一人ではどうにもなりません。だからこそ、みんなで力を合わせていくことが重要です。そのために「寄り添う」という姿勢を大切にしています。就任当時は「オールフジテック」という言葉を意識的に使い、「みんなでやるんだ」という思いを社内の合言葉のようにしていました。会社の状況が少し不安定な時期だったからこそ、力を合わせれば乗り越えられるというメッセージを伝えたかったのです。

新興国市場を牽引するグローバル成長戦略

ーー貴社の事業の強みや特徴を教えてください。

原田政佳:
最大の強みは、研究開発から販売、製造、据付、メンテナンス、そして改修まで、全てを一貫して自社で手がけている点です。他社では製造は製造、販売は代理店、メンテナンスは別会社という形が多い中、当社は、全てが一直線でつながっています。だからこそ、社内の連携がスムーズになり、多くのメリットが生まれます。たとえば、現場でお客様からいただいたご要望をすぐに研究開発に反映するといったことが、当たり前にできるわけです。

それから、もう一つは「人」の部分です。特に、現場で据付やメンテナンスを担当する社員は、お客様から「非常にハートフルで人間として温かく、ホスピタリティーの心を持っている」と評価されることがよくあります。たとえば、メンテナンス作業中にベビーカーをご利用の方がいらっしゃると、自発的に作業を止めてエレベータを動かすといった対応が自然にできる社員が多い、という点は私の自慢です。

ーー貴社の経営理念やビジョンについてもお聞かせください。

原田政佳:
当社の経営理念は「人と技術と商品を大切にして、新しい時代にふさわしい、美しい都市機能を、世界の国々で、世界の人々とともに創ります」。これを短い言葉にしたブランドビジョンが「世界を、もっとフラットに。」です。エレベータを単に上下に動く機械としてではなく、物理的な段差や心のバリアを取り除き、世の中をフラットにする存在と捉えています。みんなに寄り添い、みんなが幸せになる、そうした思いを込めた会社にしていきたいと考えています。

グローバリゼーションと現場主義を徹底する人材育成

ーー業界の将来性をどのように見ていらっしゃいますか。

原田政佳:
エレベータやエスカレータは社会インフラの一つであり、今後も安定的に成長していく産業だと捉えています。日本では都市の再開発や老朽化した昇降機の改修需要が市場を支えています。

一方、今最も力を入れているのはインドのような新興市場です。高層建築物をはじめ、新しい建物が次々と建設されており、当社の調査では、日系の昇降機企業の中で当社はインドで圧倒的にトップのシェアを誇ります。このように国や地域の状況に応じて、新設とアフターマーケットに力を入れるバランスをとっていきます。

ーー現在推進中の計画について教えてください。

原田政佳:
「Move On 5」という中期経営計画を策定しました。日本の専業メーカーならではの美しさとおもてなしを、誰もが実感できる業界トップの信頼のブランドを確立することを目指しています。その達成のために、3つの柱で進めています。具体的には、「地域・事業ミックスの選択と集中」「高品質と高収益性の両立」そして「強靭な事業基盤の構築」です。

私が代表に就任して以来、売上高、営業利益ともに毎年過去最高を更新しています。これを継続し、お客様に「フジテックで良かった」と思っていただけるよう、丁寧に事業を推進しています。

人を育て、理念を形に 社会に寄り添い「世界をフラットに」する未来へ

ーー今後の人材育成についてのお考えをお聞かせください。

原田政佳:
人材は当社の全てであり、最大の財産です。当社の売上高の6割以上が海外であるため、今後の成長には「グローバリゼーション」が不可欠です。そして、現場に出て人に会い、物事を肌で感じる「現場主義」。この2つを徹底して社員の育成に励んでいます。単に英語が話せるだけでなく、現地に溶け込み、適応していくことが真のグローバリゼーションです。私自身が入社2年目で海外へ行ったように、挑戦したい人がしっかりと挑戦できる会社にしたいと考えています。

「人」が主役のブランド”への進化を目指し、刷新されたユニホーム。性別や職種、マタニティにも対応する多様性を尊重したデザインで、2025年度グッドデザイン賞を受賞。

ーーその他、新たに取り組んでいることがあれば教えてください。

原田政佳:
まず、約1年前に社内のユニフォームをリニューアルしました。多様性を尊重し、性別や妊娠中の方なども含め、一人ひとりの個性を大切にしながら選べるデザインにしました。

次に、この4月に新しい標準機種のエレベータ「エレ・グランス」を発売しました。これは主力商品である「エクシオール」の後継機種として、デザイン性、メンテナンス性、災害対策などを強化した最新モデルです。

そして、この新ユニフォームと「エレ・グランス」が、2025年度の「グッドデザイン賞」をダブル受賞しました。当社の「人と技術と商品を大切に」という姿勢が、社会課題の解決につながると評価されたのだと考えています。

空間品質と機能性を両立させた新標準型エレベータ「エレ・グランス」のデザイン例。災害対策やメンテナンス性も強化し、2025年度グッドデザイン賞を受賞した最新モデル。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

原田政佳:
私たちは“安全・安心”、品質重視、そして寄り添える人材の育成を本当に大切にしています。先ほど申し上げた通り、当社は「世界をもっとフラットに。」という新しいブランドビジョンを掲げ、これを世界中に広めていきます。長い歴史の中で培ってきた「思いを想像する力」と「寄り添う力」を武器に、さらに成長し、社会に必要とされる会社であり続けたい。これが私の思いです。

編集後記

入社後すぐに海外の最前線へ飛び込み、コンパクトな組織の中で営業から施工管理まで全てを経験した原田氏。その原体験は、世界最高峰のホテルオーナーから「世界一」と評価されるほどのサービスへと昇華された。赴任直後には中国事業の収益をV字回復させ、その後のコロナ禍では社員の命を最優先するマネジメントを貫いた。その根底にあるのは、常に現場に立ち、人と向き合う「寄り添い」の姿勢だ。禅の教え「吾唯知足」を胸に、現状を打破し続ける同氏の挑戦は、これからも続く。

原田政佳/1984年、フジテック株式会社に入社。入社2年目から約20年間香港に駐在し、グローバルキャリアの礎を築く。香港では、ラグジュアリーブランドホテル「ザ・ペニンシュラ」への納入を成功させ、同ホテルのオーナーから「フジテックは世界一」と評価された経験が、お客様に寄り添う姿勢への確信と今日の自信の礎となっている。首都圏・近畿圏など国内主要拠点の営業責任者、中国法人の総経理などを歴任し、2023年、代表取締役社長に就任。