※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

日本初の日本円ステーブルコイン(※1)発行事業者として、金融の未来を切り拓くJPYC株式会社。ステーブルコインを通じて新しいお金のあり方を提案する企業だ。同社は「社会のジレンマを突破する」というミッションを掲げ、規制という高い壁に挑み、ときにはルールメイキングにまで関与することで道を切り開いてきた。同社を率いるのは連続起業家として数々の事業を手がけてきた岡部典孝氏。同氏の起業家としての原点から、AIが経済の主役となる未来を見据えた日本円ステーブルコインの壮大なビジョンまで、その軌跡と価値観に迫る。

(※1)ステーブルコイン:日本円などの法定通貨と価値を1対1で保つよう設計された電子決済手段。ブロックチェーン技術を使っているが暗号資産ではない。

連続起業家を突き動かす 社会課題解決への強い意志

ーーこれまでのご経歴についてお聞かせください。

岡部典孝:
幼い頃から、将来は起業するだろうと漠然と考えていました。小学校の卒業文集にビジネスのアイデアを書くほどでしたから、大学時代に就職活動をせず起業したのは自然な流れです。

最初のビジネスアイデアは、当時普及し始めていたネットゲームの経済圏に着目したものでした。オンラインでのアイテム取引などが活発になる中、今でいうメタバースのような、リアルと融合した経済圏が発達すると信じて立ち上げたのが最初の会社です。

ーー最初に立ち上げた事業は、その後どのように展開されたのでしょうか。

岡部典孝:
事業の着想自体は、今振り返っても間違っていなかったと確信しています。しかし、タイミングが早すぎたため、収益化には大変苦労しました。何度も事業転換を繰り返しながら、なんとか会社を存続させている状態が続きます。世の中に認められない期間が長く続きましたが、その過程でエンジニアとしての実力はかなり磨かれました。

ーー現在のJPYCにつながるアイデアは、どのような原体験から生まれたのでしょうか。

岡部典孝:
2社目で、歩くと仮想通貨がもらえるブロックチェーンゲームを開発しました。このサービスで得た仮想通貨を使い、お茶を飲んだりスニーカーを買ったりする世界をつくりたいと考えていました。しかし大企業に決済導入の話を持ちかけても、価格が変動する仮想通貨は会計・税務・監査上の課題が多く、まったく受け入れてもらえません。この経験から、「価格が安定した日本円のステーブルコインが絶対に必要だ」と痛感したことが、JPYC(※2)のアイデアにつながっています。

(※2)JPYC:パブリックブロックチェーン上で発行・管理される日本円ステーブルコイン(電子決済手段)。価格変動のリスクが少ないため、日常の買い物など、幅広い用途で利用できるよう設計されている。2025年10月27日に発行開始された。

ーー貴社のミッションには、どのような思いが込められていますか。

岡部典孝:
弊社では「社会のジレンマを突破する」というミッションを掲げています。せっかく人間として生きてきたからには、世の中にない新しいものを生み出したい。その思いが強くあります。新しいことができない背景には、何らかのジレンマが存在するはずです。それを突破することで、新しい価値を創造できると信じています。

このミッションは特定の課題だけを指すものではありません。「世の中からジレンマはなくならない」という前提のもと、永遠に挑戦し続ける私たちの覚悟を表しています。私たちがつくった道具であるJPYCを使っていただくこと。それによってユーザーの皆さんがジレンマを突破することも、私たちのミッション達成につながります。

スタートアップだからこその覚悟とスピードが生んだ勝機

ーー事業の立ち上げにおいて、特に苦労したことは何ですか。

岡部典孝:
資金繰りのような一般的な苦労はありましたが、この事業で最も大変だったのは、金銭的な問題ではありません。「規制」によって事業そのものが潰されそうになることでした。既存のルールを書き換えようとする動きには、相当な抵抗が生まれます。しかし、そこで負ければ事業は続けられません。突破し続けるしか生き残る道はありません。ステーブルコイン事業でも、規制によって「もうダメかもしれない」という危機は何度も経験しました。それを一つひとつ乗り越えてきたのが、これまでの道のりです。

ーー許認可の取得にあたり、どのような点が突破口になったとお考えですか。

岡部典孝:
複合的な要因が重なっていますが、最も大きかったのは、良いタイミングでいち早く事業を始められたことです。日本の金利がゼロに近かった時代は、ステーブルコイン事業で利益を上げるのが難しかった。そのため、体力のある大手企業ほど本気での参入はしづらかったでしょう。

私たちは、いずれ金利が上がり、ステーブルコインが必要とされる時代が来ると信じて準備を続けました。そして、ブロックチェーンに精通した人材を役員から現場レベルまでそろえることができました。許認可の取得や事故のないシステム運用には、トップから担当者まで全員が深い専門知識を持つ必要があります。これは一朝一夕には実現できません。

ーーその他、貴社ならではの強みはありますか。

岡部典孝:
弊社は投資家から資金調達をしており、「この事業をやりきる」と約束をしています。そのため、撤退という選択肢がほぼありませんでした。また、許認可取得には膨大な量の規定やマニュアルの作成が必要です。私たちはそれをゼロベースでつくることができました。既存の金融機関が社内規定との整合性をとりながら作業を進めるのは、相当大変だと聞きます。結果的に私たちのやり方がスピードにつながったのかもしれません。

ーーご自身の経験を通して、特に伝えたいメッセージはありますか。

岡部典孝:
「ルールは変えることができる」ということです。多くの人は、ルールは上から与えられるもので、変えられないと思い込んでいます。しかし特に最先端の領域では、合理的な提案を適切なタイミングで行えば、国でさえもルールを変えてくれることがあります。

私たちも金融庁と対話を重ね、「このルールをこう変えられないか」といった働きかけをしました。結果的に事業を進めやすくなった側面が多々あります。おかしなルールは、変えようと働きかけるべきです。そうした活動こそ、私たちのようなスタートアップが新しいビジネスを立ち上げる上で非常に重要だと考えます。

手数料ゼロの世界を実現する ステーブルコインの可能性

ーー改めて、ステーブルコインとは何か、そして貴社がどのような役割を担うのか教えてください。

岡部典孝:
ステーブルコインとは、米ドルや日本円といった法定通貨の価値に連動する、ブロックチェーン上で使える決済手段です。現在、世界のステーブルコインの99%は米ドルに連動しています。日本円の存在感はデジタル決済の世界でほぼ失われているのが現状です。当然、日本の法人や個人にとっては日本円で決済できる方が便利です。だからこそ、日本円のステーブルコインは絶対に必要といえます。弊社は、その役割を担う社会インフラとして、日本のデジタル経済を支える存在を目指しています。

ーーステーブルコインが普及すると、社会はどのように変わるのでしょうか。

岡部典孝:
大きく3つのインパクトがあると考えています。

1つ目は、決済手数料がほぼゼロに近づくことです。店舗が負担するカード手数料などは利益を圧迫しますが、これが解消されます。国際送金も瞬時に、ほとんど手数料がかからず行えるようになります。

2つ目は、AIが取引を行う際の最適な決済手段となることです。プログラムとの相性が良いため、AIエージェントが私たちの代わりに買い物をし、自動で支払いまで済ませてくれる世界が実現します。

3つ目は、お金の流れが透明化され、社会全体の納得感が高まることです。たとえば、税金が何に使われているのか。取引相手がどれくらい手数料を取っているのか。現状では不透明な部分が多くあります。ステーブルコインが社会の基盤になれば、そうしたお金の流れが可視化されやすくなります。良くも悪くも取引が透明になり、誰もがおかしな流れに気づけるようになる。結果として社会全体の納得感が高まっていくと考えています。

ーー今後の事業規模について、どのようなビジョンを描いていますか。

岡部典孝:
まず3年後には、10兆円のJPYC発行を目指しています。そうなれば、弊社は約8兆円規模の国債を購入することになります。さらに将来的には、世界中の人々が今の米ドルのように日本円で取引できる世界をつくりたいです。そのときJPYCは、現在の米ドル建ての「USDT」「USDC」に次ぐ、世界で3番手のステーブルコインになっていることを目標としています。発行額が数百兆円規模になれば、日本の金利や皆さんの生活の安定にも貢献できるはずです。

ーーそのビジョンを実現するために、どのような戦略をお考えですか。

岡部典孝:
私たちはJPYCを、誰もが自由に使える社会インフラとして展開していきたいと考えています。そのために、JPYCを自身のサービスに簡単に組み込めるような開発キットを無料で公開しています。利用のハードルを下げる取り組みを進めています。また、技術面では、世界標準である米ドルステーブルコイン「USDC」と同じ規格を採用しました。これにより、世界の最新技術やイノベーションにJPYCがそのまま対応できるという強みがあります。この強みを活かし、時代の進化に乗り遅れることなくサービスを拡大していきます。

急成長と即行動 変化の時代を勝ち抜くための組織文化

ーー組織としての貴社の特徴を教えてください。

岡部典孝:
社員の大半は金融機関の出身者ではありません。だからこそ、金融業界の固定観念にとらわれることなく、分からないことは当局に直接聞きに行けました。結果的に、それが事業推進のスピード感につながったと感じます。自ら学び、課題を解決していく意欲のある人材が集まっている組織です。また、平均年齢が20代と非常に若く、10代で入社して役員になったメンバーもいます。働き方も含め、既存の金融機関の常識とは全く違う会社です。

ーー採用において、どのような人物像を求めていますか。

岡部典孝:
私たちが最も重要な価値観として掲げているのが「自律分散」というキーワードです。トップダウンではなく、現場のメンバーが自ら考え、判断できる組織を目指しています。そしてバリューとしては「急成長」と「即行動」を重視します。私たちが挑むのは、規制や法律、最新技術など常に学ばなければならない最先端領域です。だからこそ変化に対応して急成長できること、そしてまず一歩目を素早く踏み出す「即行動」のマインドが不可欠です。

ーー最後に、この記事を読む読者へのメッセージをお願いします。

岡部典孝:
現在、ステーブルコインの取引の95%がAIやBotによる自動売買です。1日に数十兆円という、人間には到底不可能な取引量に達しています。AIが主役となる「AIの経済圏」はすでに現実のものです。私たちはこの新しい経済圏で、日本円が確固たる地位を築くための挑戦をしています。

この挑戦を成功させるには、新しいことに挑む人々を応援する社会の機運が不可欠です。もしあなたが現状のルールに疑問を持ち、自ら行動して未来を変えたいと考えるなら、ぜひ私たちのようなスタートアップに挑戦してください。自ら考え、学び、すぐに行動できる。そんな方と一緒に、社会のジレンマを突破していきたいと願っています。

編集後記

「ルールは変えられる」。岡部氏がインタビューを通して何度も口にしたこの言葉は、単なる理想論ではない。金融規制という高い壁に、正面から向き合い対話を重ねた。ついには法律の成立にまで影響を与えた事実が、その言葉の重みを物語っている。同社の挑戦は、単一の金融サービスを世に送り出すことに留まらない。AIが経済活動の主役となる未来を見据え、日本円という資産を世界のデジタルインフラへと昇華させる。これは、まさに壮大な挑戦である。「自律分散」「急成長」「即行動」という価値観は、これからの時代を生き抜くすべてのビジネスパーソンへの力強いメッセージとなるだろう。

岡部典孝/2001年、一橋大学経済学部在学中に有限会社リアルアンリアル(現・株式会社リアルアンリアル)を創業。代表取締役や取締役CTOなどを歴任。2017年、リアルワールドゲームス株式会社を共同創業、取締役CTO/CFOを経て取締役に就任。2019年、日本暗号資産市場株式会社(現・JPYC株式会社)を創業し、代表取締役に就任。日本初の円建てステーブルコイン「JPYC」を発行。社外では、iU大学客員教授、ブロックチェーン推進協会副代表理事、BCCC「ステーブルコイン普及推進部会」部会長、日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)理事等を務める。