※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

リアルとデジタルを融合させ、空間そのものの価値を最大化する「空間DX」を掲げる株式会社ワントゥーテン。プロジェクションマッピングやXRなどの先端技術を使い、新たな体験価値を創出するリーディングカンパニーだ。その原動力は、代表取締役社長CEOである澤邊芳明氏の壮絶な体験にある。大学入学直後の事故による絶望の淵から、パソコンとの出会いを経てクリエイティブの世界へ。幾度もの時代の荒波を乗り越え、自社を「空間DXのトップカンパニーになる」と再定義した。同社が描く未来像に迫る。

(※1)XR(クロスリアリティ):VR(仮想現実)やAR(拡張現実)など、現実と仮想を融合させる技術の総称。

絶望の淵で見つけた光 PCから始まった事業への挑戦

ーーまず、澤邊様のキャリアの原点についてお聞かせください。

澤邊芳明:
大学に入学した直後、バイク事故に遭ったのが全ての始まりです。2年半にわたるリハビリもむなしく、体が思うように動かない中で自分に何ができるのかを模索する日々でした。そんな絶望の中にあった私に光を与えてくれたのが、パソコンとの出会いです。そこからウェブサイト制作の世界にのめり込み、数年後には、朝日デジタル広告賞を受賞しました。その時、「これを仕事にできるのではないか」と創業を決意し、未来への道が拓けたのです。

時代の変化への適応 Webからリアル空間への大胆な事業転換

ーー事業において、大きな転換期はいつでしたか。

澤邊芳明:
2010年頃に訪れた、iPhoneの登場です。それによって、弊社が強みとしていたAdobe Flash(※2)という技術が徐々に衰退。世の中はアプリ中心へと大きくシフトしました。弊社はPCブラウザでの体験づくりを得意としていたため、時代に合わせて事業転換する必要があると判断したのです。

そこで自分たちの技術を活かせる新たな領域として、プロジェクションマッピングやAI、XRの分野に進出しました。ウェブサイト制作から、リアル空間での体験を創造する会社へと移行したのです。

(※2)Adobe Flash:かつてウェブサイト上でアニメーションや動画などを表示するために広く使われた技術。

ーー近年で最も大きな危機はどのようなことでしたか。

澤邊芳明:
2020年から始まったコロナ禍です。弊社はリアル空間での体験を提供していたため、人が集まれなくなり、事業は深刻な影響を受けました。創業以来ほとんど赤字を出したことがなかったのですが、この2年間は大赤字で本当に苦戦しました。もし緊急事態宣言がもう半年続いていたら、会社は倒産していたでしょう。

ただ、苦しい時期ではありましたが、この期間は貴重な時間にもなりました。役員や社員と「ワントゥーテンは何を目指す会社なのか」を深く対話できたからです。その結果、私たちは自社を「空間DXのトップカンパニーになる」と再定義しました。この明確なビジョンが、苦境を乗り越え、次なる成長へ向かうための大きな力になりました。

人の心を動かす体験 技術で終わらない空間DXの本質

ーー貴社が手掛ける事業の主な領域を教えてください。

澤邊芳明:
弊社の事業は大きく3つの領域で構成されています。1つ目は、万博のパビリオンや企業ショールームなどを手掛ける「展示空間」です。2つ目は、店舗の体験価値を高める「商業空間」。そして3つ目は、日本のIP(知的財産)を活用した体験型施設をつくる「LBE(※3)」で、サンリオやポケモンのコンテンツなどを手掛けています。

(※3)LBE(ロケーションベースド エンターテインメント):特定の物理的な場所(ロケーション)に結びついた、体験型のエンターテイメントのこと。

JR WEST Parade Train
DISCOVER. by ASICS
Sentosa Sensoryscape「ImagiNite」

ーープロジェクトを手掛ける上で大切にしていることは何ですか。

澤邊芳明:
来場者にきちんと「伝わる」ことです。弊社は単に面白いものをつくるだけでなく、コンセプトを非常に大切にしており、プロジェクトの中に「社会課題」の視点を少しでも取り入れるようにしているのです。その結果として、クライアントからは話題性だけでなく、伝えるべきことがきちんと伝わるもの、という評価をいただいています。

空間DXの先に見る未来 テクノロジーで描く新たな社会

ーー5年後、10年後を見据えたビジョンをお聞かせください。

澤邊芳明:
弊社の事業は、商業空間や展示空間にとどまりません。移動空間や住空間など、あらゆる「空間」のデジタル化を目指しています。その領域でソリューションからコンサルティングまでを一貫して提供します。そして日本一の会社になることが目標です。将来的には都市開発の企画といった初期段階から参画したいです。そして、これまでにない体験設計そのものを手掛けられる会社を目指します。

ーー今後、海外展開も検討されていますか。

澤邊芳明:
海外展開については、主に2つの軸で進めています。1つは、日本のデベロッパーなどと連携したスマートシティ開発の海外提案です。もう1つはLBE事業です。海外のショッピングモールなど、体験型コンテンツの需要が高まっています。そうした市場に対し、日本の有名なIPと弊社のデジタル技術を掛け合わせたパッケージを提案しています。

完璧ではなく成長を 失敗を「学び」に変えるリーダーの哲学

ーー事業拡大を後押しするための、社内での取り組みはありますか。

澤邊芳明:
「シード開発」という仕組みを設けています。これは勤務時間の1割程度を、自分の好きな研究開発に使える制度です。弊社のエンジニアは、自身の技術でまだ世にない新しいものをつくりたいという欲求が非常に強いです。その好奇心と挑戦を後押しする文化が根付いています。

ーー最後に、目標に向かって挑戦する読者へのメッセージをお願いします。

澤邊芳明:
完璧を目指すと、どうしても失敗が怖くなります。そうではなく、成長を目指せば、失敗は「学び」に変わるのです。私が尊敬する経営者やアスリートも、皆たくさんの失敗を経験しています。それでも諦めずに成長を続けているのです。失敗を恐れずに、自分の目標に向かって少しでも成長し続けること。そうすれば、必ず到達できる「高み」があると信じています。

編集後記

大学入学直後の事故という壮絶な体験から、クリエイティブの世界で道を切り拓いてきた澤邊氏。その不屈の精神は、テクノロジーの進化と共に幾度も事業を変革させた。コロナ禍という最大の危機さえも乗り越える原動力となったのだ。同社が生み出す「空間DX」は、単なる技術の誇示ではない。それは、澤邊氏自身の人生から紡ぎ出された思いの結晶だ。困難を乗り越え、人に感動と価値を届けたいという強い思いが込められている。同社の挑戦が、未来の街や暮らしをどう彩っていくのか、その動向から目が離せない。

澤邊芳明/1973年東京都生まれ。1992年、京都工芸繊維大学に入学直後、バイク事故に遭い頚椎を損傷。首から下が動かせなくなる状態となる。約2年半にわたる入院・リハビリの後、復学。1997年、24歳のとき、個人事業として「ワン・トゥー・テン・デザイン」を創業。その後、大学卒業を機に、事業を法人化。現在はXRとAIに強みを持つ株式会社ワントゥーテン(1→10)を率いる。自身の体験から、現実と仮想空間を横断し、あらゆる人々が自由に知性を拡張できる未来の実現を目指している。