※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

「時間」という普遍的なテーマにソフトウェア開発で挑む、株式会社タイムラボ。同社は「複数のカレンダーを一元管理する」という現代のビジネス課題を解決するアプリなどを展開する会社だ。率いるのは、メガベンチャー子会社の代表というキャリアを経て起業した保積雄介氏。同氏が人生をかけて「時間」の課題解決に取り組む背景には何があったのか。ミッションに掲げる「世界の時間ロスをなくす」ため、同社は世界標準のプロダクトをいかに生み出すのか。その開発思想と組織の神髄に迫った。

人生を懸けるテーマを見つけた壮絶な原体験

ーー起業に至った経緯をお聞かせください。

保積雄介:
2013年に株式会社DeNA Games Osakaに入社し、2015年からは代表取締役社長として会社に尽力しました。そのため、当初は会社を辞めるつもりは全くありませんでした。

しかし2017年の年末、会社の戦略が変わります。DeNA Games Osakaがディー・エヌ・エー本体に吸収合併することが決まりました。私自身はゲーム開発の経験が豊富にあるわけではありません。組織の環境や仕組みをつくることが得意分野でした。新しい組織はゲームを面白くできる人が率いるべきだと考え、身を引く決断をします。

大学時代から「20代は目の前のことをがむしゃらにやりきって、35歳で起業する」と漠然と思っていました。そのため「今しかない」と考え、すぐに行動に移しました。

ーーさまざまな事業領域がある中で、なぜ「時間」をテーマに選ばれたのでしょうか。

保積雄介:
人生をかけて取り組むからには、自分が強く解決したいと思える事業でなければならないと考えました。その中で「時間」というテーマを選んだ背景には、二つの原体験があります。

一つは、長男を死産で亡くしたことです。あと1ヶ月で生まれるはずだった命が、お腹の中で亡くなりました。親として自分の命を分け与えたいと願っても、それは叶いません。このとき、「命とは時間そのものである」と痛感しました。お金と違って分け与えることも、取り戻すこともできないからです。この子に申し訳ないという思いが生まれ、「1秒たりとも時間を無駄にしたくない」と強く思うようになりました。

もう一つは、DeNA Games Osaka時代に行ったプロジェクトでの気づきです。社員の業務時間を分析したところ、その50%がミーティングに費やされていました。本来、創作活動に集中したいはずのクリエイターの時間です。その半分もが会議で削られていた事実がありました。個人と組織における時間の使い方は、ソフトウェアの力で解決できる課題です。世の中に大きなインパクトを与えられると考え、生涯をかけるテーマにしようと決意しました。

ユーザーの声から生まれた自動同期という革新

ーー貴社サービスが誕生した経緯についておうかがいできますか。

保積雄介:
弊社は、複数のカレンダーにまたがる全予定を同期できるアプリ「Lynx」を開発・提供しています。「Lynx」が解決するのは、予定管理の分散化という課題です。私自身、複数の会社と仕事をする中で多くのカレンダーを管理していました。プライベート用も含めると、その数は4つにもなりました。アカウントを切り替える手間がありました。また、ダブルブッキングが多発することに大きなストレスを感じていたのです。自分の時間が複数のカレンダーに分散し、管理コストが高くなっている。この状況を解決するソリューションとして「Lynx」の開発を始めました。

ーー「Lynx」が持つ独自の強みや、開発で特に重視した機能は何でしょうか。

保積雄介:
ユーザーとの対話から生まれた自動同期機能が、私たちの思想を最も体現しています。あるユーザーへインタビューした際、ある事実が判明しました。ダブルブッキングを防ぐため、複数のカレンダーに手作業で予定を登録していたのです。しかし、非常に手間がかかり、まさに時間の無駄遣いだと感じました。

この課題を聞き、「裏側で予定を自動検知して同期すれば、その手作業はなくせる」という発想が浮かびます。この機能はそうして生まれました。2023年4月にリリースして以降、ユーザーの熱狂度は一気に高まりました。「これがないと仕事にならない」という声を多くいただいています。

ーー現在のユーザー層や、今後のプロダクト展開について教えてください。

保積雄介:
現在は、フリーランスや副業をされている個人での利用が中心です。今後は、プロジェクトやチーム単位で使える共有カレンダー「ワークスペース機能」のリリースを予定しています。この機能が加わることで、チーム利用を促進し、法人単位での導入が本格的に進んでいくと考えています。

チームで使われるようになれば、招待機能などを通じて口コミ効果が生まれます。プロダクトの成長が加速すると期待しています。

純粋な想いが優秀な才能を引き寄せる組織の引力

ーー貴社の会社としての強みについてお聞かせください。

保積雄介:
会社としての最大の強みは、組織規模に対して国内トップクラスのソフトウェア人材が集まっている点です。各領域でスペシャリストと呼ばれる経験豊富なエキスパートたちがいます。彼らは世界を見据えてものづくりに取り組んでいます。私たちは単なる機能の優劣で競争するつもりはありません。私たちは「時間の課題を解決する」というミッションへの深い理解があります。その「思想」こそが独自の価値だと自負しています。

ーーその思想を開発に反映させるため、どのような文化を大切にされていますか。

保積雄介:
私たちはバリューとして「UX is King(すべてはユーザー体験のために)」を掲げています。ものづくりでは、時につくり手側のエゴが出てしまいがちです。しかし、私たちは常に議論の主語がユーザーになっているかを強く意識します。そして、最高の体験を追求しています。

この文化は、100%リモートワークという環境でも揺らぎません。コミュニケーションの濃度を保つため、3ヶ月に一度、2泊3日のオフサイトMTGを実施しています。寝食を共にしながらプロダクトについて徹底的に語り合うことで、ものづくりへの価値観を共有しています。

ーーそれほどユニークで優秀な人材は、どのようにして集まるのでしょうか。

保積雄介:
私自身には、何かをゼロから生み出す専門性はありません。だからこそ、素晴らしい才能を持つ人々を惹きつけたいと考えています。彼らが最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることに、全力を注いでいます。

求める人物像として共通しているのは、ユーザーファーストでものづくりに真摯に向き合えることです。そして、人として誠実であることも重視します。ここには大きな裁量とリスペクトがあります。だからこそ、自立したプロフェッショナルが集まってくれるのだと思います。

日本から世界へ ソフトウェア界の任天堂という目標

ーー今後、どのような会社を目指していきたいとお考えですか。

保積雄介:
「日本から世界で愛されるソフトウェアをつくること」が、私たちの究極的な目標です。今、仕事で使われている便利なソフトウェアの多くは海外製です。私は「任天堂」という会社が大好きです。彼らはエンターテインメントの分野で世界的なブランドを確立しました。同じように、弊社もソフトウェア分野で日本の代表となる存在を目指しています。「メイドインジャパン」の価値を世界に示すことが、私たちの目標です。

私たちがつくるのは、料理人にとっての「包丁」のような道具です。使う人の手になじむようなものでなければなりません。「これじゃないと気持ち悪い」と感じてもらえるほどディテールにこだわった「いい道具」を世界に届けたいです。

編集後記

メガベンチャー子会社の代表という立場を捨て、起業へと突き動かしたのは、我が子の死という壮絶な原体験であった。「命は時間そのものである」という強烈な実感は、単なる事業ミッションを超えている。「UX is King」を掲げ、ユーザーの無駄な時間を1秒でもなくすためにプロダクトを磨き上げる。その姿勢は、その思いの体現だ。トップクラスの人材が同氏の元に集うのは、その純粋で揺るぎない思いに共鳴するからだろう。メイドインジャパンのソフトウェアで世界を目指す同社の挑戦。それは、失われた命の分まで時間を慈しみ、世の中を豊かにしたいという、静かで、しかし決して消えることのない情熱に支えられている。

保積雄介/同志社大学卒業後、フリーペーパー事業を行う株式会社インデンクリエイティブに入社。2013年、株式会社DeNA Games Osakaに契約社員として入社し、ゲームタイトルのプロデューサーやPM、マネジメント業務などを経験。2015年に同社の代表取締役社長に就任し、開発運用拠点の代表として経営を担う。2018年、株式会社タイムラボを創業し、代表取締役CEOに就任。「時間をデザインする」をテーマに、複数カレンダーを自動同期するカレンダーサービス「Lynx」を開発・提供している。