
栃木県を拠点に、運輸や介護用品レンタルなど多角的な事業を展開する株式会社さがらグループ。主軸の一つである運輸事業は、縮小傾向にあった引越業界の逆風の中で成長を遂げてきた。その原動力は、家具の配送・組立という新たな活路を見い出したことだ。その根底には「人がやらないものをやる」「自分たちで値決めできる仕組みをつくる」という信念がある。また、「生涯働きたい企業」を理想に掲げ、ブランド力の向上と労働環境の整備に注力している。同社を率いる代表取締役の相良和司氏にこれまでの歩みと未来への展望をうかがった。
仕事の面白さに目覚めたアルバイト時代
ーー貴社に入社されるまでの経緯についてお聞かせください。
相良和司:
子どもの頃、両親はほとんど家におらず、家族で食事する時も話題は仕事の話ばかり。仕事のことで喧嘩している姿を見て、「家庭に仕事を持ち込むのは嫌だな」という思いが募り、家業を継ぐことは全く考えていませんでした。
家業に関わり始めたのは中学生の時。親に「人数合わせで来い」と言われ、引っ越しの作業を手伝ったのが最初です。高校時代は、アルバイト代の1万円に釣られて働いていました。当時ラグビー部で練習もきつかったのですが、引っ越しも同じくらいきつい。「それならお金がもらえる方がいい」と考え、部活を辞めてアルバイトに専念する中で、「仕事って面白いな」と感じるようになりました。
その後進学した専門学校では「後継者コース」のような場所で勉強しました。卒業後は一度、外の会社で経験を積もうと考えていましたが、引っ越しのバイトを頑張りすぎてヘルニアになり、入院することに。そのため外の会社には行けず、そのまま弊社に入社したというのが実際のところです。
そのため、親から「家業を継げ」とはっきり言われたことは一度もありません。自然と「自分が継がなくてはいけない」っていう雰囲気になっていた、というのが正直な印象かもしれません。その時は不思議と、他の事業をやろうとは全く思いませんでした。
競合他社との連携で実現した大規模案件

ーー入社後、特に印象に残っているお仕事についてお聞かせください。
相良和司:
20代の頃に栃木県庁の移転を手がけたことです。当時は怖いもの知らずで、県の入札に参加し、数千万円規模の案件を受注。受注した瞬間は、「これほど大きな案件を動かせるのか」と不安に思う一方、やり遂げられる自信もありました。
大規模な案件は1社では実行できないため、共同企業体(JV)を組む必要があります。当時、県内の大きな案件はほとんど特定の大手企業が受注する構図だったので、パートナー探しは困難を極めることに。最終的には競合であったアート引越センター様にも協力いただき、4社でJVを組むことができました。
各社との役割分担や現場での意見の衝突など苦労はあったものの、密なコミュニケーションで乗り越えました。同じ目的を持つ仲間と協調して仕事を進めるという貴重な経験となりました。最終的に事業を完遂できたことは大きな自信につながっています。
引越事業の危機を救った逆転の発想
ーー常務に就任された頃の状況についてお聞かせいただけますか。
相良和司:
2000年から2010年にかけて、引越会社が次々と倒産していきました。婚礼家具などの大きな家財道具を運ぶ需要が減っていたのです。その代わり、「冷蔵庫・洗濯機・テレビの3点だけ運んでほしい」といった依頼が増え、売上はどんどん下がっていきました。広告宣伝費ばかりがかさみ、父から「廃業したい」と言われたこともあります。
しかし、近所にニトリの店舗ができたことで転機が訪れます。「販売した家具を運べるかもしれない」と考え、営業をかけて配送と据え付けの仕事を獲得しました。これが現在まで続く事業の柱となっています。当初は運び込んだ家具の組立作業に慣れず苦労しましたが、「これを確立すれば誰も真似できないビッグビジネスになる」と信じて取り組んだのです。「人がやらないものをやろう」「自分たちで値決めできる仕組みをつくろう」という思いが、この挑戦の根底にありました。
大量離職の苦境から学んだ組織作りの核心
ーー会社経営にあたり、大切にされていることはどんなことですか。
相良和司:
トラックを増やして仕事が増えるにつれて、社員の労働時間が長くなりました。そして、一斉に辞めてしまった時期があったのです。お客様にも迷惑をかけ、売上が半減したこともあります。この経験を通じて、社員が働きやすい環境を整えなければならないと痛感しました。「生涯働き続けたい」と社員に選ばれる会社になることが重要だと考えています。
そのために実践しているのが、自分がやりたくない仕事は社員にさせないということです。たとえば、24時間365日稼働するような事業は、誰かの犠牲の上に成り立ちます。それを回避するため、拘束時間の管理を徹底しています。そうすることで社員が毎日家族と過ごせるような環境を整えています。
また、「さがらグループは品質が高い」と思っていただけるよう、ブランド力の向上にも全社で取り組んでいます。品質を高め続けることがお客様との継続的な関係につながります。ひいては社員の安定した待遇にもつながると信じています。
編集後記
アルバイトの面白さから家業の道へ足を踏み入れ、若くして県庁移転という大事業を成功させた相良氏。その行動力の源泉は、現状に満足せず、常に新しい道を切り開こうとする挑戦心にある。業界の常識に挑み、社員が誇りを持って働ける環境づくりに邁進する姿は、企業の持続的な成長の鍵がどこにあるかを示唆する。100年企業を目指し未来を走り続ける同社の挑戦に、これからも注目していきたい。

相良和司/1976年栃木県宇都宮市生まれ。東京商科学院専門学校卒業。1996年、相良運輸株式会社に入社。1998年、株式会社日本引越センターに転籍。2001年同社常務取締役、2012年代表取締役に就任。2023年6月株式会社さがらグループ代表取締役に就任。他、同年日本ローカルネットワーク協同組合連合会関東地域本部長拝命。