
1943年の創刊以来、日本の食産業と共に歩み続けてきた株式会社日本食糧新聞社。業界の「応援紙」としての役割を貫き、信頼される情報発信を続けてきた。紙媒体が転換期を迎える現代において「紙は減っても活字は増えている」と捉え、紙、デジタル、イベントなどを駆使した「ハイブリッド型メディアサービス」を展開する。82年の歴史のなかで60年という長きにわたり、業界の変遷を見つめてきた代表取締役会長の今野正義氏に、その揺るぎない信念とメディアの未来像について話をうかがった。
82年の歴史に刻むジャーナリズムの揺るぎなき理念
ーー貴社のこれまでの歩みと、貫いてこられた理念についてお聞かせください。
今野正義:
弊社は1943年、農林水産省の広報誌発行機関として始まり、戦後の1946年に民営化しました。以来、82年にわたって食品業界の発展への貢献のみを追求してきた会社です。食料が乏しい時代から、私たちは「食品産業の応援紙」として全国10の拠点から情報を発信し続けています。
私たちが扱う「活字」は「活き活きとする字」、「情報」は「情けを報せる」と書きます。この言葉を胸に、事実の報道を前提に、業界への深い愛情と敬意を込めた情報発信を心がけてきました。時代が変わっても、この食品産業を応援するという根本的な役割は変わりません。
ーー専門紙として、どのような価値を提供することを目指していますか。
今野正義:
私たちは、業界にとって欠かせぬ情報源、「唯一無二のメディア」でありたいと考えています。そのために、新聞や雑誌といった紙媒体だけでなく、電子版やセミナー、展示会など、あらゆる媒体と機能を使い業界を全方向から応援しています。
「食」という字は「人を良くする」と書くともいわれます。私たちは食品が消費者の口に入るまでだけでなく、体内で健康に寄与することまで見据えています。そのため、機能性表示食品の支援なども行っているのです。専門紙としての役割をさらに磨き、業界の発展に貢献し続けることが私たちの大きな方針です。
時代を捉え進化し続ける情報発信の新たな形

ーーメディアは大きな転換期を迎えていますが、どのように対応されているのでしょうか。
今野正義:
スマートフォンの普及などにより、メディアの価値は大きく変化しました。新聞発行部数のような「紙」はわずかに減少していますが、人々が電子版などを通じて触れる「活字」の総量は、むしろ増えています。私たちはこれを大きな機会と捉えているのです。2003年に電子版を開始し、今では専門紙の中で有料会員数がトップクラスにまで成長しました。
弊社では、紙の「紙面」に加え、電子版などの「画面」、そして展示会などの「場面」という三つの「面」をフル活用しています。これらを組み合わせた“食のハイブリッド型メディアサービス集団”として、読者が必要な情報にいつでも、どこでも、どんなときでも触れられる環境づくりを目指します。
ーー展示会などの「場面」の活用について、もう少し詳しくお聞かせいただけますでしょうか。
今野正義:
「場面」の活用は、メディアの価値を多角的に提供する上で非常に重要な柱となっております。特に、デジタルの活用によってその可能性は大きく広がりました。たとえば、弊社のセミナーでは、最近は会場に直接お越しになる方よりも、オンラインで参加される方が圧倒的に多くなっています。先日の新製品研究会では、会場でのご参加が20名だったのに対し、オンラインでは北海道から沖縄まで350名もの方にご参加いただくことができました。
また、29年前に開始した展示会事業も、今では1000社以上に出展していただき、5万人以上が来場する大規模なイベントへと成長しました。このように、場所や時間の制約を超えて情報をお届けすることで、その価値を最大化し、業界の活性化に貢献することが私たちの役割だと考えています。
ーー今後のビジョンについて、お聞かせいただけますか。
今野正義:
これからは「紙面」「画面」「場面」の先にある「未来面」を強化していきたいです。そして最終的には、全ての面が満たされた「満面」を目指します。これは、読者の皆様に満面の笑みをお届けしたいという私たちの思いの表れでもあります。そのために、AIのような最新技術を活用し、ただ読むだけではなくニュースを使い、体験できるような、新しい情報のあり方を追求していきます。挑戦に終わりがないように、私たちが扱う報道と情報にも終わりはないと肝に銘じ、常に進化し続ける必要があると考えております。
逆境を未来への力に変えた揺るぎない行動理念
ーー会長ご自身のキャリアにおける、転機となった出来事について教えてください。
今野正義:
大学時代、父の収入が低いことに加え、弟も病気を患っていました。学費と家族の生活を稼ぐため、弊社でアルバイトを始めたのが転機です。高校時代に新聞部と写真部に所属していた経験を買われ、学生服のまま営業に奔走しました。当時は成果に応じた報酬制度があり、人の三倍は働いたと自負しております。その中で活字と情報の世界の面白さに魅了され、大学は志半ばで退きましたが、営業と事業の両面で貴重な経験を積むことができました。
弟のために必死だった経験や、上司に厳しく鍛えられたことが、今の私の血肉になっています。私の好きな言葉に「運を運ぶ」というものがあります。これは、自ら行動を起こさなければ、幸運は巡ってこないということの表れでしょう。厳しい状況も、自分の行動次第で未来を切り拓く力になると信じています。
まだ見ぬ世界へ挑戦する若者たちへの熱きエール
ーー最後に、これからの時代を担う若い世代へメッセージをお願いします。
今野正義:
「まず夢を見ましょう。そして夢を追いかけましょう。そして夢を叶えましょう。」と伝えたいです。過去は変えられませんが、未来はすべて変えられます。そのためには、まず種を蒔かなければなりません。学びの世界に挑戦し、まだ見ぬ世界へ飛び込んでほしいです。
そして、「サイコウ」の自分を目指してください。「サイコウ」の「コウ」には最も高い「高」以外にも、考える「考」、幸福の「幸」、行いの「行」など、さまざまな「サイコウ」があります。たくさんの未来の引き出しを開け、自分だけの「最高」を実現してほしいと願っています。
編集後期
「紙は減っても活字は増えている」。今野氏のこの言葉は、メディアの形態がどう変わろうとも、情報の持つ本質的な価値は不変であると力強く示している。弟のために奔走した若き日の経験から生まれた「運を運ぶ」という信念は、自らの行動で未来を切り拓いてきた経営者の重みを持つ。業界への愛情を込めて「応援紙」の役割を全うし、その先に見据える「満面」の未来。その揺るぎない信念は、情報発信に携わる全ての者にとって、確かな指針となるだろう。

今野正義/1940年東京都生まれ。1959年に日本食糧新聞社へ入社。農林記者会、国会記者会などで中央官庁記者や食品・流通担当記者として活動後、営業局長、事業本部長などを歴任。1985年に取締役、1994年に代表取締役社長に就任。2012年より代表取締役会長CEOを務める(2024年CEO解除)。社外活動も多岐にわたり、2005年国連WFP協会顧問(2024年より理事)、2013年ASEAN食品産業人材育成協会理事長、2018年新潟食料農業大学客員教授などに就任し、食品産業の発展と国際貢献に尽力している。