
熊本に本社を構え、自治体向け情報システムで全国トップクラスのシェアを誇る株式会社RKKCS。同社は市町村合併の荒波の中、常識を覆す戦略で生き残りを果たし、飛躍的な成長を遂げてきた。その変革を現場の最前線で主導し、トップに就任したのが代表取締役社長の金子篤氏である。出版社から未経験でIT業界に飛び込んだ同氏は、いかにしてキャリアを切り拓き、会社を成長させてきたのか。未来を見据えた壮大なビジョン「プロジェクト2030」の全貌、そして社員一人ひとりが「挑戦と創造」を体現する企業文化の秘密に迫る。
異業種からの転身と全国の自治体を支える事業の核心
ーー社長のこれまでのご経歴と、貴社の事業内容についてお聞かせください。
金子篤:
大学卒業後は東京の出版社で営業を経験しました。27歳の時に地元熊本へのUターンを考えていたところ、弊社の求人を見つけたのが入社のきっかけです。IT業界は全くの未経験でしたが、営業職として採用されて以来、一貫して営業畑を歩んでいます。
弊社の主力事業は、全国の地方自治体が使用する住民情報や税務などを管理する中核的な情報システムの開発です。まもなく創業59年を迎えます。現在では九州のみならず、売上の半分以上を東日本が占めるなど、全国で事業を展開しています。大きな特徴として、弊社が直接販売するだけでなく、全国のビジネスパートナー様と連携している点が挙げられます。単なる販売代理店ではなく、システムの設計情報やソースコードも提供し、パートナー様自身が地域のお客様に合わせた改修やサポートを行える「水平連携」の仕組みを築いているのが、弊社の強みです。
絶体絶命の危機を乗り越えた常識外れの逆転戦略

ーー会社の歴史における大きなターニングポイントについてお聞かせください。
金子篤:
国の「e-Japan戦略」(※1)を機に市町村合併が急速に進んだ2000年代初頭が、最大のターニングポイントです。当時、3300あった市町村が一気に半減する可能性があり、特に九州では合併が凄まじい勢いで進みました。弊社の顧客は人口2〜3万人以下の町や村が中心で、合併の中心となる市は担当していませんでした。そのため、合併が進むと中心市のシステムに統合され、弊社の事業が成り立たなくなるという大きな危機に直面しました。売上の9割を自治体事業が占めていたため、もし合併案件の商談で負けていれば、会社は破綻していたと思います。
(※1)e-Japan戦略:2000年頃に日本政府が掲げた、「2005年までに世界最先端のIT国家となる」ことを目標とした基本戦略。
ーーその危機的な状況を、どのように乗り越えられたのでしょうか。
金子篤:
大手が採用する高性能コンピューターと同じ土俵で戦っても勝ち目はないと考え、真逆の戦略をとりました。当時、自治体市場にはまだなかったWeb技術を全面的に採用し、特定のハードウェアに縛られないフルオープンの次世代システムを開発するという挑戦でした。いわば、大手が得意とする土俵ではなく、弊社が創出した新しい土俵に相手を引きずり込む「ランチェスター戦略」のようなものです。この戦略が功を奏し、合併が絡む約30の商談のうち9割で勝利を収め、会社を存続させることができました。
顧客ニーズを先読みする次世代のサービス提供体制
ーー社長就任後、どのような取り組みをされましたか。
金子篤:
社長に就任した2021年に、「プロジェクト2030」と名付けた10年間のビジョンを策定しました。その柱の一つが、弊社のシステムをご利用いただく団体数を、当時の約250から500まで増やし、圧倒的なトップシェアを獲得することです。これまでシェアを目標に掲げたことはありませんでしたが、今後の自治体システムは国が定めた標準仕様に統一されるため、機能面での差別化が難しくなります。そのとき競争力の源泉となるのはコストパフォーマンスであり、ユーザー母数を拡大することが、お客様一団体あたりのコストを引き下げることに直結すると考えました。
ーービジョンを実現するために、具体的にどのような計画を立てていますか。
金子篤:
これまでの受託開発型のSIer(※2)からサービスプロバイダーへの変革を目指しています。お客様の要件を聞いてシステムを開発するのではなく、これからは私たちがお客様のニーズを先読みし、クラウド上でサービスとして提供していく形態に移行します。次々と機能をアップデートし、お客様にはその体験価値を味わっていただくことで、新たな顧客満足を追求していく考えです。社員数も現在のグループ全体750人から1000人体制へと拡大し、この大きな変革を実現していきます。
(※2)SIer:「System Integrator(システムインテグレーター)」の略で、顧客の要望に応じてシステムを開発する事業者。
成長の原動力となる「挑戦と創造」の企業精神

ーー貴社では、どのような人材が活躍できるとお考えですか。
金子篤:
プロジェクト2030で掲げたミッション「自ら創り自らサービスを提供し、挑戦と創造で持続的に発展する企業であり続ける」にもある「挑戦と創造」を体現できる人材を求めています。エンジニアであれば、新しい技術でゼロからものをつくりたいという探求心。営業であれば、新たな市場やお客様との出会いを自ら創り出していく開拓者精神が求められます。管理部門であっても、成長する会社を内側からどう支えるか、常に挑戦を続けていく姿勢が不可欠です。一人ひとりがプロフェッショナルとして、それぞれの分野で誰にも負けないスキルを磨くことを期待しています。
ーー最後に、この記事の読者である若手人材へメッセージをお願いします。
金子篤:
「何かを創造したい」「新しいことに挑戦したい」という思いを持つ方にとって、弊社は最適な環境の一つだと自負しています。私たちの仕事は、地方自治体の業務をシステムで支えることです。その先には、地域に暮らす住民の方々がいます。日本の社会インフラを根幹から支える、非常に社会貢献度の高い仕事であり、大きなやりがいを感じられるはずです。
今後は、弊社が持つ行政のデータを活用し、行政から住民へ向けた新たなサービスの展開も推進します。そうした未来を、挑戦心あふれる若い皆さんと一緒につくっていきたいと考えています。
編集後記
出版社からIT業界へ。畑違いの世界に飛び込み、営業としてキャリアをスタートさせた金子氏。その言葉の端々から、常に市場の変化を読み、リスクを恐れずに新しい土俵を自らつくり出してきた「挑戦と創造」の精神がうかがえる。市町村合併という絶体絶命のピンチを、大胆な発想の転換で乗り越えた成功体験は、同社の揺るぎないDNAとなっているのだろう。SIerからサービスプロバイダーへという次なる大きな変革に向け、同社の挑戦はこれからも続く。

金子篤/1962年生まれ。1987年法政大学を卒業。1989年、株式会社RKKコンピューターサービス(現・株式会社RKKCS)に入社。2015年に取締役、2020年に常務取締役、2021年6月より代表取締役社長に就任。