
労働安全衛生法に基づき、就業制限業務に不可欠な資格取得を支援する、コベルコ教習所株式会社。全国の拠点で技能講習や特別教育などを展開し、建設業や製造業をはじめ、あらゆる産業の労働災害撲滅に貢献。顧客ニーズを的確に捉えた柔軟な対応と、受講者を「お客様」として迎える丁寧な姿勢を強みに、高いリピート率を誇る。2025年、コベルコ建機グループとしては初の女性社長として澤乃里子氏が就任した。派遣社員からトップへと至る道のり、その原動力となった信念、そして会社の未来像に迫る。
派遣から社長へ キャリアを支えた企画力と行動力
ーーアパレル業界からキャリアをスタートされた後、どのような経緯で入社されたのでしょうか。
澤乃里子:
アパレルで営業として一般のお客様への接客を経験した後、全く異なる業種も経験しました。弊社へは派遣社員として入社したのですが、当時は事業内容を深く知っていたわけではなく、接客経験が活かせるフロント業務だったことがきっかけです。
派遣社員でありながら、当時の上司が非常に理解のある方で、会社のウェブサイト制作や資格の必要性に関する啓発を目的とした社内報の発行など、本来の業務範囲を超えた活動を自由にさせてもらえました。その中で仕事の楽しさや、やりがいを感じるようになったのです。ちょうどその頃、分社化の話が持ち上がり、準備室の業務に携わることになりました。そして分社化のタイミングで「責任ある仕事を任せたい」と声をかけていただき、正社員になることを決意しました。
ーーその後、社長にまで至るキャリアを築かれた要因は、どこにあるとお考えですか。
澤乃里子:
“企画力と行動力”、そして“諦めない粘り強さ”が評価された結果だと考えています。会社の行動基準に「シンプル・スピード・オープン・チャレンジ」とあるように、私は昔から、必要だと感じたことはゴールを目指して挑戦してきました。
たとえば、派遣社員時代に認知度不足を解決するため自らウェブサイトを立ち上げ、2008年にはお客様の利便性を考えて業界に先駆けて24時間予約可能な基幹システムを構築しました。さらに新拠点設立という手段に固執せず、2025年にはeラーニングという柔軟な発想で地理的な制約を乗り越えました。
そして象徴的なのが、5年越しで実現させた講師の働き方改革です。以前、講師は1日の講習を行うと、休憩時間を挟むためどうしても残業が発生してしまう勤務体系でした。そこで私は、週の総労働時間を変えずに「1日10時間勤務の週休3日制」にしてはどうかと、当時の社長に進言したのです。
しかし、「講習がない日など、10時間勤務でなくてもよい場合に早く帰れなくなるのは柔軟性に欠ける」といった理由で、なかなか受け入れてもらえませんでした。それでも諦めずに改善策を模索し続け、労務に詳しい社員のアイデアも取り入れました。具体的には「1時間単位で有給休暇を取得できる制度」を組み合わせることで柔軟性を確保し、ついにこの制度を実現させることができたのです。
ーーその粘り強い行動を支えてきた、仕事上の信念のようなものはありますか。
澤乃里子:
「自分の行動は正しいか、何度も胸に問いなさい」という、かつての上司の言葉を大切にしています。正しく行動し続けることが、お客様や社員からの信頼につながると信じて、ただ愚直に実践してきました。出世を意識したことはなく、会社のことを考えて仕事に取り組んだ結果、自然とリーダーという立場に立っていた、というのが実感です。
ーーコベルコ建機グループ初の女性、かつ生え抜きの社長として、どのような思いをお持ちですか。
澤乃里子:
グループ初の女性社長という点では少し重圧を感じます。それ以上に、生え抜きのプロパー社員が社長になれたことを「会社が親会社に認められた証」として、非常に嬉しく思っています。私個人だけでなく、社員全員が信頼された結果だと感じており、やる気に満ちあふれています。従業員の声を細やかに吸い上げる力を活かしていきたいです。
顧客視点と仕組み化が生む信頼。選ばれ続ける教習所の強み
ーー改めて、貴社の事業内容と独自の強みについてお聞かせください。
澤乃里子:
弊社は、労働安全衛生法で定められた就業制限業務に必要な「技能講習」を提供し、資格証を発行する事業を主軸としています。また、事業者が従業員に対し実施を義務付けられている特別教育と安全衛生教育を代行するサービスも展開しています。お客様の約8割が法人で、建設業や製造業だけでなく、今ではあらゆる業種の方に受講いただいています。弊社の最大の強みは、お客様のニーズを敏感に察知し、機動力と柔軟性をもって対応する点です。特に、急な需要に応えるためのきめ細やかな日程設定や、迅速な追加日程の提供は、他社には負けないと自負しています。
ーー多くのリピーターに選ばれる理由はどこにあるとお考えですか。
澤乃里子:
受講される方を「お客様」として社員全員でお迎えし、親切・丁寧な指導と応対を徹底している点だと考えています。教育現場はどうしても「先生と生徒」という関係になりがちですが、弊社では講師陣にもお客様視点を徹底させています。この姿勢がお客様からの高い評価につながり、「次もコベルコで」と思っていただける理由だと考えています。
ーー社員教育において、他社にはない特徴的な取り組みはありますか。
澤乃里子:
経験が浅い講師でも質の高い講習が提供できるよう、「仕組み化」を進めている点です。具体的には、全教材の統一化や、実技講習の詳細なマニュアル(要領書)の作成を行っています。これにより、講師個人の経験値に依存することなく、全社で安定した品質のサービスを提供できる体制を構築しました。これは、弊社の大きな魅力であり、他社にはない強みだと考えています。
若手採用とDXで描く未来。労働災害撲滅への挑戦

ーー今後の人材育成や採用について、どのようなビジョンをお持ちですか。
澤乃里子:
現在、社員の平均年齢が50歳と高めなので、今後は20代の人材も積極的に採用していきたいと考えています。弊社の社会的使命である「現場の労働災害の撲滅」に共感し、使命感を持って取り組んでくれる方を求めています。経験が浅くても、先ほどお話しした教育の仕組みが整っていますので、意欲さえあれば十分に活躍できる環境です。また、女性の活躍もさらに推進していきたいですね。
ーー事業の将来性について、どのような戦略を描いていますか。
澤乃里子:
労働人口の減少を見据え、新たな顧客層の開拓が不可欠です。その柱となるのが、Webで受講できる「eラーニング」の導入です。これにより、いつでも全国どこからでも弊社の講習を受けられるようになり、市場の拡大につながると期待しています。また、新商材として、特に中小企業向けの「危険体感教育」の提供も始めました。これにより、労働災害撲滅という社会的使命を、より具体的に果たしていきたいと考えています。
10年後の夢は、社員全員が自社に誇りを持つ会社になることです。そして社会の隅々まで、コベルコ建機グループのシンボルカラーである「ブルーグリーン」で染め上げられるくらい、社会に貢献できている状態を目指します。また、DXをさらに推進し、特にeラーニングを普及させることで、講師の労働負荷を軽減したいと考えています。これは、教習業界全体の課題である人材不足の解決にもつながる重要な取り組みです。私自身、会社の10年先をデザインできる後継者を育て、社員が安心して長く働ける会社であり続けるための体制を築いていきます。
編集後記
派遣社員から企業のトップへ。澤氏のキャリアパスは、まさに体現された「チャレンジ精神」そのものだ。その道のりを支えたのは、“企画力・行動力・粘り強さ”という個人の資質と、「常に正しくあれ」という仕事への真摯な信念である。現場の声を吸い上げ、5年越しで改革を成し遂げる執念は、会社を次のステージへ導く原動力に他ならない。労働災害撲滅という社会的使命を胸に、若手育成とDXで未来を切り拓く同社の挑戦から、今後も目が離せない。

澤乃里子/兵庫県生まれ。2000年に派遣社員として入社しフロント業務に従事。2005年の会社設立時(コベルコ建機より分社化)より正社員となり本社業務部にて管理業務に従事。2015年に企画グループ長、2023年に取締役を経て2025年7月代表取締役に就任。