
川崎重工業株式会社のロボット技術と、シスメックス株式会社が持つ医療分野の知見を融合させて誕生した株式会社メディカロイド。同社が開発した国産の手術支援ロボット「hinotori™ サージカルロボットシステム(以下、「hinotori™」)」は、医療機器産業に新たな可能性を提示している。長年、産業用ロボット事業の第一線で活躍し、「hinotori™」の製品化プロジェクトを牽引してきた代表取締役社長CEOの宗藤康治氏。エンジニアとしての歩みから、同プロジェクトの舞台裏、そして日本の医療産業の未来にかける思いまで、詳しく話をうかがった。
産業用ロボット開発で培ったエンジニアとしての礎
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
宗藤康治:
大学では制御理論を専攻していました。その知識を活かす形でキャリアをスタートし、最初に携わったのが自動車の車体を塗装するロボットのシステム設計です。国内外の自動車メーカーの工場に赴き、生産ラインの立ち上げに奔走する日々でした。特に、当時は韓国の自動車産業がロボットを大量に導入していた時期で、さまざまな企業の現場にも頻繁に足を運びました。
ーーその後はどのようにキャリアを歩まれたのですか。
宗藤康治:
産業用ロボットの頭脳にあたるコントローラーのハードウェアエンジニアとして長年携わった後、開発部門全体のマネジメントへと移行しました。ハードウェアだけでなく、メカニカルやソフトウェアを含めたロボット開発の統括指揮や、新製品の企画を含めた開発全体を俯瞰する立場です。その後、2018年から「hinotori™」製品化プロジェクトに関わることになりました。
国産の手術支援ロボット「hinotori™」誕生秘話

ーー「hinotori™」の開発過程において、特に大きな課題は何でしたか。
宗藤康治:
「hinotori™」の開発は2015年から始まりましたが、最初の3年間でコンセプト検討を進め試作品はできたものの、量産化に向けてはまだまだ厳しい道のりでした。
主な要因は、弊社の開発陣に臨床現場の知見が足りなかったことです。そこで、量産化に移行するタイミングで、改めて神戸大学をはじめとする先生方にご協力を仰ぎ、手術とはどういうものかを根本から教えていただくことで、手術ロボットに必要な設計思想を明確化し製品化を加速させました。
ーー産業用と医療用では、ロボット開発の考え方にどのような違いがあるのでしょうか。
宗藤康治:
産業用ロボットの基本設計は、何か異常があればすぐにロボットを「止める」ことです。一方、手術支援ロボットは可能な限り医師の操作の下「動き続ける」ことが求められます。私たちも最初は産業用ロボットの感覚で、何かあるとすぐに止まるように設計していましたが、それでは思うような手術ができないと開発に携わっていただいた先生方にアドバイスいただけたことが大きなポイントでした。

ーー「hinotori™」の強みについて教えてください。
宗藤康治:
「hinotori™」の特徴は、ロボットアームの関節が一般的な産業用ロボットより2軸多い8軸で構成されている点です。これにより、人の腕のように滑らかでスムーズな操作性を実現しています。また、アーム同士や、患者様の近くで手術をサポートする助手の先生方との干渉を軽減することで、手術のスムーズな進行に貢献しています。
また、手術のスペースを広く確保できる点も特徴です。「hinotori™」では患者様とロボットを物理的に固定しない構造になっています。これにより、患者様の周りに広いスペースが生まれ、助手の先生方が作業しやすくなる。これは手術全体の効率化を高める上で、非常に重要なポイントだと考えています。
患者様の負担軽減に貢献するということは最も大切な考えですが、それを実現する医師や医療従事者の方にとって使いやすいロボットを目指しています。現在も医師のご意見をもとに機能向上を続けており、その姿勢に高い評価をいただいています。
ーー「hinotori™」の製品名にはどのような思いが込められていますか。
宗藤康治:
私たちメディカロイドは、命と向き合う患者様、そのご家族、医療従事者をサポートし、誰もが自分らしく生きることのできる社会の実現を支えるために「hinotori™」を開発しました。手塚治虫先生の名作「火の鳥」が持つ「永遠の命」というテーマが、その考えと深く合致していたことから、製品化にあたってはその名前をつけたいと考えていました。
当時の役員が直々に手塚プロダクション様を訪問。弊社の命名への思いを伝え、「ぜひこの名前を使わせてほしい」とお願いし実現しました。
日本の医療産業の未来を担う世界への挑戦

ーーエンジニアとしての仕事の魅力や、大変な点はどこにあるとお考えですか。
宗藤康治:
自分が開発したものがまずは試作品となり、実際に意図した動作をした時は、エンジニアとして一番楽しい瞬間です。しかし、そこからが大変な点でもあります。試作品がすぐに製品として市場に送り出せるわけではないので、量産化に向けて評価や改良が続き、市場に送り出せるまでにはいくつもの困難が待ち受けています。
ーー日本の医療産業に対して、どのような思いを持っていますか。
宗藤康治:
日本の医療現場では、海外製の医療機器が多く使われています。私たちは、手術支援ロボットという分野において、「hinotori™」を選択肢の一つとして確立したいと考えています。そのために、まずは国内での導入実績や症例を一つひとつ着実に積み重ねていくことが重要です。日本の先生方の精緻な手術を支える機器を提供することで、医療の質の向上に貢献し、ひいては医療機器産業全体の発展につながるような活動をしていきたいと考えています。
ーー最後に、今後の事業展望をお聞かせください。
宗藤康治:
私たちは設立当初から、グローバルな事業展開を視野に入れてきました。2022年にアジアパシフィック市場の拠点としてシンガポール法人を設立し、2023年にシンガポール、2024年にマレーシアで販売を開始し、市場導入を進めています。次のターゲットは欧州で、現在CEマーキングの取得に向けた準備を進めており、認証取得され次第、速やかに販売を開始する計画です。そして、最大の市場であるアメリカも視野に入れています。各国・各地域の医療ニーズに応えながら、「患者さんの命を支えるために医療従事者の方々と共に歩む」という思いを大切に、世界を舞台に挑戦を続けていきます。
編集後記
医師には限りなく人の手に近い精緻な操作性を、患者様には負担を軽減する優しさを。一台のロボットに込められているのは、エンジニアとして歩んできた宗藤氏のものづくりに対する信念そのものだ。海外製品が席巻する市場において、国産技術の粋を集めた「hinotori™」で世界に挑む。その姿は、日本の医療機器産業の未来を担うという、静かな、しかし熱い使命感に満ちていた。その名に込められた生命への願いと共に、今まさに世界へ羽ばたき始めた。

宗藤康治/1968年兵庫県生まれ。1993年神戸大学大学院卒業。2001年川崎重工業株式会社に入社し、産業用ロボットの開発に従事。2019年より株式会社メディカロイドにて、「hinotori™」の開発を指揮。2021年、株式会社メディカロイドの取締役副社長執行役員に就任。2023年4月より同社の代表取締役社長CEOに就任。