※本ページ内の情報は2026年1月時点のものです。

明治43年の創業以来、100年以上にわたり米菓製造を手がける宮坂米菓株式会社。埼玉・川越の地で「草加せんべい」の伝統を受け継ぎ、「吾作割れせん」をはじめとする多くのロングセラー商品を生み出してきた。四代目として事業を率いる代表取締役の宮坂博文氏は、幼少期からの工場経験と15年間にわたる営業経験を持つ人物だ。製造と販売を知り尽くす宮坂氏に、価格競争に陥らない商品づくりへの思いと、社員の幸福を第一に考える経営論について話を聞いた。

幼少期からの現場経験と品質重視の経営原点

ーーこれまでのご経歴について、おうかがいできますか。

宮坂博文:
私のキャリアの原点は小学校時代にあります。いわゆる「門前の小僧」で、子どもの頃から作業員たちに混じって、おせんべいづくりを手伝っていました。どうすればどういう形になるか、柔らかくなるかといったことを遊ぶように学び、おせんべいのつくり方はすべて自然に覚えてしまいました。

そして大学卒業後、社員として正式に弊社に入社し、その後はまず工場で15年、その後、営業を15年経験しました。

ーー事業承継の最大の動機は何だったのでしょうか。

宮坂博文:
実は、入社当初は「父の仕事を手伝う」くらいの気持ちで、社長になることは考えていませんでした。社員として働く中で、自然な流れで社長になっていた、という感じです。

ただ、四代目として事業を引き継ぐ頃に、強く思っていたことがあります。それが、営業時代に感じていた「値引き」への強い抵抗感です。当時は、仕入れ交渉の時だけでなく、後から値引きを要求されることが当たり前のようにありました。それでは、つくる側は原料の質を落とさざるを得ません。それが嫌で、「いいものをつくって、値引きされない商品」「相手から『売らせてくれ』と言われるくらいの商品をつくろう」と。その思いが、私の経営の原点になっています。

ーー先代から守り続けている大切な精神はありますか。

宮坂博文:
「良い原料を使って、失敗なくつくる」ことです。たとえば「吾作割れせん」は、焼く人が常に見本を持ち、それと比べながら、大きさや焼き色がそろうよう管理しています。失敗すると味が落ちるので、良い原料を使い、いつも同じようにつくる。「これが一番おいしい」と決めた規格に合わせてつくり続けることが大切です。

現場の声から生まれたロングセラー商品と事業展開

ーー貴社の主力商品「吾作割れせん」はどのようにして生まれたのですか。

宮坂博文:
営業時代に値引き交渉で苦労した経験から、「値引きされない、売れる商品をつくりたい」と常々考えていました。そんな時に生まれたのが「吾作割れせん」です。社員たちから「割った方がお醤油が染みておいしい」という声があり、「それならつくってみよう」と考えたのです。「売れる商品をつくりたい」という思いと現場の声が結びついて誕生しました。

「吾作割れせん」はつくり始めてから20年ほど経ちますが、あるとき日経新聞が調査した「割れせん」部門で、トップになったことがありました。スーパーのバイヤーは常に売れる商品を探しています。そのため、その記事を見て「うちでも仕入れよう」と自然にお取引が広がっていったのです。

こちらから売りに行くと価格交渉になります。しかし、消費者が「おいしい」と買ってくれるからスーパーも置いてくれる。この「自然に広がっていくスタイル」が結果的にこの商品を育ててくれたのだと思います。

ーー通販事業を立ち上げたのはなぜですか。

宮坂博文:
問屋からの低価格要求が強かったことが背景にあります。「良い原料で、良いおせんべいをつくりたい」という思いを実現するための一つの挑戦として、約30年前に通販店「匠屋本店」を立ち上げました。現在、楽天市場などで販売されている多くの商品は問屋経由ですが、私たちは自社のホームページで直接販売する形を続けています。

技術と味の追求が支える100年企業の独自価値

ーー貴社の強み、独自の価値についてどのようにお考えでしょうか。

宮坂博文:
「技術」と「味」の両方だと考えています。おせんべいは米と醤油を合わせた味が命ですが、それを生かすには「技術」が欠かせません。噛んだときにちょうどいい食感になるための技術と、今の時代に合わせた「味」。この両方がそろって、はじめてお客様に選んでいただけるのです。

特に「味」については、感じ方が百人十色で、全員に好かれるのは不可能です。ですから、私たちは、お客さんの約6割が「おいしいね」と言ってくれたら、その商品は成功だと考えています。その基準を満たすために、たとえばお醤油も、こだわり抜いています。市販のお醤油をそのまま使っているわけではなく、すぐそばにある「笛木醤油」さんにご協力いただき、おせんべい用にブレンドした特製醤油を使っています。これらのこだわりこそが、独自の価値になっていると思います。

ーー長く愛される商品づくりの秘訣は何でしょうか。

宮坂博文:
「基本的なもので良い商品をつくると長続きする」という考え方を大切にしています。流行りものではなく、お客様が「この味じゃないと」と指名して買ってくれるもの。それを目指し続けることが、結果としてロングセラーにつながっていると思います。

社員の幸福を願う健全な経営と利益還元の姿

ーー今後の展望について、お聞かせください。

宮坂博文:
私たちは売上を急激に伸ばすことはしません。流行りもので急激に売れると、必ず他社が参入して競争になり、ブームが去ったときに落ちてしまいます。おせんべいは幸い、そうした急激なブームにはなりにくいものですが、だからこそ、着実な成長をずっと続けていく。これが一番健全なやり方だとこれまでの経験から学んでいます。

健全な成長を支えるため、伝統的な製法は維持しつつ効率化も重視しています。ただし、それは「人が要らなくなる」ためではありません。「人手を少しでも楽にする」ための機械化を積極的に進めています。たとえば自動包装機は、導入した機械1台で13人分の作業スピードを実現しました。機械化した方が失敗がなく、髪の毛などの異物混入リスクも防げます。無駄をいかに省くかを常に考え、現場の声を聞きながら改善を続けることが、安定した成長の基盤になると考えています。

ーー創業から100年を超える企業として、今後の展望をお聞かせください。

宮坂博文:
健全な企業であり、大手がつくれない企業であり続けること。これが未来像です。私は「和を以て貴しとなす」という聖徳太子の言葉が好きなのですが、まさに社員みんなが仲良く、和んで働ける会社を目指しています。社員に「この会社にいてよかった」と心から思ってもらいたいのです。

そのために、企業として健全な経営を続け、得た利益は社員にしっかり還元します。たとえば、毎年の新年会では勤続10年以上の社員に金貨を贈呈しています。そして、その際、受け取った本人が困らないよう、税金分も会社が負担しています。

この健全な姿勢は、お客様に対しても変わりません。利益とは、お客様が「おいしいね」と喜んでくださった結果もたらされるものだと考えています。ですから、お客様からいただく「こんなのできないの?」という、ふとした一言やきっかけを拾い上げる姿勢を、これからも守り続けていきます。

編集後記

急激な成長を求めず、堅実であることを貫く静かで強固な信念と、営業時代の悔しさを原動力に変え、品質で選ばれるものづくりを追求する姿勢。そして、「利益は社員の幸福のためにあり、お客様の喜びの結果でしかない」と語る言葉は、長い歴史を支えてきた誠実な経営の真髄そのものであると、強く感じさせられた。変化の激しい現代だからこそ、こうした揺るがない軸を持つことの本当の強さと大切さを、改めて教えられた。

宮坂博文/1945年生まれ。中央大学理工学部卒業後、宮坂米菓へ就職。工場でせんべいづくりの工程や機械について15年学んだのち、営業職に従事。通販事業として匠屋本店を立ち上げ、社長に就任。1990年3月に4代目として宮坂米菓社長に就任。