※本ページ内の情報は2025年12月時点のものです。

「笑顔を創造し続ける」という企業理念をのもと、顧客満足度を徹底的に追求した住宅事業を展開し、奈良県内でトップクラスの着工棟数を誇るアイニコグループ株式会社。同社は住宅事業だけではなく、自社開発したシステム提供や研修を通じて、事業で培った従業員満足度と顧客満足度のノウハウを他業界へも広げている。幼少期の体験から大工となり、業界の矛盾を痛感した末に起業した代表取締役の田尻忠義氏。その決断を正解に変えてきた信念と、理念経営による組織づくりの核心に迫る。

幸せの象徴である家づくりと現場の矛盾

ーーこれまでのご経歴についておうかがいできますか。

田尻忠義:
高校を中退した後、土木作業員などさまざまな仕事を経験しています。23歳で結婚したことを機に、大工に転職しました。

私はもともと団地育ちで、両親の仲があまり良くない家庭環境でした。そのため、家族が円満な友人宅へ遊びに行くたびに強い憧れを抱くようになったのです。その友人は一軒家に住んでおり、「幸せな家庭には一軒家が欠かせない」という考えが私の中に芽生えました。そして、「将来は家を建てて、良い家族を築きたい」という気持ちもあり、家づくりに関わる仕事を選びました。

ーー大工として働く中で、どのようなことを感じられましたか。

田尻忠義:
家づくりは、本来家族にとって幸せの絶頂であるはずです。しかし、私がお手伝いしていた現場では、家づくりを通じて不幸になっているお客様もいらっしゃいました。当時は情報も少なく、お客様は住宅会社の言いなりにならざるを得ない状況も多かったのです。

たとえば、キッチンのカウンターの高さが使いにくいから少し下げてほしいというお客様の要望をハウスメーカーの担当者に伝えたところ、「何を今さら。図面通りにやれ」と叱責されたことがあります。担当者はその説明をお客様にしないため、私がお客様から「なぜ調整してくれないのか」「高額な費用を出したのに、高ささえ変えられないのか」と怒られる。そんな板挟みが非常に多かったのです。

決断を正解にする ゼロから学んだ経営と組織

ーー起業を決意された経緯について教えてください。

田尻忠義:
お客様に喜んでもらうための仕事なのに、恨まれるような状況が続き、町でお客様に会ったら隠れなければいけない。そんな、子どもに背中を見せられない仕事は嫌だと思いました。このままお客様に胸を張れないような仕事は続けられないと決意し、起業しました。

起業してみたものの、契約書の作り方すら知らず、本当に何も分からないところからのスタートでした。いろいろな会社に頭を下げて学びに行きましたし、コンサルティングサービスなども積極的に活用し、知識を深めました。苦労も多かったですが、誰かにやらされていることではなく、自分で決めたことですから、学ぶことは全く苦ではありませんでした。会計なども当初は税理士任せでしたが、必死に勉強しました。

大工仲間からは「できるわけない」「どうせ3年で戻ってくる」と散々止められました。もちろん不安はありましたが、「自分の決断が正解だったと証明できるように行動しよう」と決めていました。できるかどうか不安でも、「やる」と決めたのです。

大量新卒採用と仕組み化がもたらした組織変革

ーー事業が成長したターニングポイントについてお聞かせいただけますか。

田尻忠義:
継続的に新卒採用を始めたことです。若い社員たちをいち早く一人前にするための教育・育成の仕組みづくりを、入社した新卒社員たち自身と一緒に行ってきたことが最大の転換点だと考えています。

業務フローの整備、動画マニュアルの作成といった作業は、私たち受け入れ側にとっては優先順位を上げにくいものです。しかし、入社したばかりの社員には時間があります。そこで、教えたことをその場限りではなく、クラウド上にきちんと残し、次の世代が迷わないための「型」として継承するよう徹底しました。

ーーなぜ、そこまで徹底する必要があったのでしょうか。

田尻忠義:
一度に多くの人材を採用したことで、当然ながらエラーも大量に発生しました。「今度から気をつけよう」という口頭注意だけで済ませていては追いつかないため、同じエラーを二度と起こさないための再発防止策を「型」として仕組みに落とし込む必要に迫られたのです。

教える側の既存社員の数が少ない状況だったため、新卒社員が中心となって仕組み化を進めてくれました。これが結果的に、仕組み化が急速に進んだ最大の要因だったと考えています。

顧客満足の追求が証す 揺るぎない信頼の実績

ーー現在の住宅事業の強みを教えてください。

田尻忠義:
現在、本社を奈良県に置いていますが、注文住宅の着工棟数は奈良県内でトップクラス(※)を維持しています。大手ハウスメーカーも競合としていますが、品質と顧客満足度には自信を持っています。

(※)出典:株式会社住宅産業研究所’23全国NO.1ホームビルダー大全集【西日本版】

注文住宅は形のないものを契約するため、お客様との信頼関係がすべてです。連絡が遅い、説明が不足しているといったことで、お客様の不満は募りやすくなります。私たちは、どんなことがあっても絶対に最後は喜んでいただく覚悟で臨んでいます。

過去には、家を建てる場所の境界を間違えてしまい、すべて壊してやり直したこともあります。しかし、その後の徹底した対応を見て、お客様は最終的に喜んでくださいました。その結果、700棟を超える引渡し実績に対して裁判になったことは一件もありません。

ーー特に印象に残っているお客様とのエピソードはありますか。

田尻忠義:
ご自身で検査の会社を経営されている、非常に厳しいお客様がいらっしゃいました。何度も厳しいご指摘を受け、そのたびに私たちはすべて対応し、社内の仕組みを見直し続けました。お引き渡しの際、そのお客様から「他の会社に依頼していたら、私たちの家づくりはそもそも進まなかったかもしれません。必ず奈良で一番になってくださいね」という感動的な言葉をいただいたのです。この瞬間、私は「奈良で一番を目指そう」と強く決意を固めました。

ロールモデルカンパニーを目指す企業のビジョン

ーー会社を経営される上で、最も大切にされていることは何でしょうか。

田尻忠義:
弊社の企業理念は「笑顔を創造し続ける」です。すべての事業の目的は、この理念の実現にあります。私は社員たちには「数字のために顧客を泣かせるようなら、会社を畳む」と常々伝えています。この目的に共感してくれる社員が集まっているからこそ、従業員満足度も高いのだと確信しています。

ーー今後の事業展開についてお聞かせください。

田尻忠義:
社内で培ってきた「仕組み化」の文化を標準化し、作業工程におけるエラー(ミス)の軽減を実現する業務管理SaaSツール「BOX JOB(ボックスジョブ)」を開発しました。自社業務の効率化に活用するだけでなく、同様の課題を抱える工務店・不動産業界の企業様にも提供し、DXに踏み出せていない企業の業務改善を支援しています。私たちが実践してきた業務最適化の知見を、システムや研修を通じて広げ、業界全体の生産性向上に貢献したいと考えています。

ーーグループ全体として目指す姿を教えてください。

田尻忠義:
弊社では「従業員満足度と顧客満足度を追求しながら事業成長し、各業界のロールモデルカンパニーになる」ことをビジョンとして掲げています。従業員満足度と顧客満足度を両立させながら成長する姿を実証し続ける。それによって、他の業界にも良い影響を与えられる存在になりたいと考えています。

住宅業界は残念ながらずさんな会社も少なくありません。だからこそ私たちは、弊社を選んでくださったお客様に心から喜んでいただける家づくりを追求し続けます。

編集後記

幼少期の原体験から「幸せな家庭には一軒家が欠かせない」という思いを抱いた田尻氏。その原点が、お客様から恨みを買う現場の矛盾を許さず、起業へと踏み切らせた。「笑顔を創造し続ける」という企業理念は、単なるスローガンではない。同氏が「子どもに背中を見せられない仕事は嫌だ」という覚悟から生まれた、経営の絶対的な軸である。大量採用によって顕在化した育成上の課題をチャンスと捉え教育・育成のプロセスを標準化し、仕組みに変え、会社を急成長させた実行力は圧巻だ。顧客満足度と従業員満足度を両立させながら、地域での信頼を積み上げ、そのノウハウを他業界へも広げる同社の挑戦は、既存の枠を超えた新しい企業の形を示している。

田尻忠義/大工として家づくりに関わり、2007年に株式会社楓工務店(現・アイニコグループ株式会社)を設立。奈良・京都南部を中心に注文住宅やリフォーム、不動産、介護、保育園、企業研修、SaaS事業などを手がける。組織の成長期に理念経営にシフトし、新卒採用・育成の仕組みを自社で構築。社員120名を超えるまで急成長を遂げた。顧客満足度と社員満足度を追求し、ITを駆使した斬新な経営に注目が集まっている。