
喫茶店やホテル、病院などにパンを届ける業務用パンメーカー、株式会社オリエンタルベーカリー。同社は顧客の課題に寄り添う提案力と、多種多様なニーズに応える守備範囲の広さを武器に成長を続けてきた。その躍進を製造部門の責任者として、そして社長として牽引してきたのが原田幸博氏である。売上高2.2億円、社員50人だった会社をいかにして1500人規模の企業へと成長させたのか。大手が敬遠する製法への挑戦、人材育成への情熱、そして「元気で明るく愉しい会社」を目指す経営の哲学に迫る。
他社での修業から家業へ 2.2億円からの挑戦
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
原田幸博:
大学卒業後、家業を継ぐ前に3年間のつもりで東京の「栄喜堂」というパン屋で修業しました。しかし、父親の体調が悪くなったため、1年で大阪に戻ることになりました。短い期間でしたが、この1年間は非常に良い経験でした。栄喜堂は当時、すでに十数億円の売上があり、当時の弊社とは規模が全く違いました。そこで食パンや菓子パン、デニッシュなど、複数の製造ラインを3カ月ごとに経験。幅広い製法を学べたことは、今思えばとてもありがたいことであり、当時の社長には大変お世話になりました。
ーー貴社に戻られた当時の状況についてお聞かせください。
原田幸博:
現在は計1500人近くの社員がいますが、私が入社した時、会社は売上高2億円強、従業員は50名ほどの規模で、まさに「町のパン工場」といった雰囲気でした。当時は喫茶店ブームの最中で、街中に喫茶店が次々とオープンしていく時代でしたが、弊社はまだ大阪市内の一部だけを商圏とする小さな業務用パンメーカーに過ぎませんでした。
そこから会社を大きく成長させるために下した決断が、「営業エリアの拡大」です。当時、多くの競合他社は自分たちの地盤を守ることに注力し、リスクを冒してまで商圏を広げようとはしていませんでした。そこで私たちは逆転の発想で、「ライバルが行かない場所」、つまり競合他社が配送を嫌がるエリアへあえて進出する戦略をとりました。
もちろん、遠方への毎日配送はコストも手間もかかります。しかし、私たちは顧客が点在している状態から、配送ルートを緻密に組み上げて「面」でカバーする独自の物流網を構築しました。「焼きたての高品質なパンを毎日届ける」という、他社が真似できないインフラを泥臭く作り上げたことが、その後のレストランやホテルへの販路拡大、ひいては現在の成長の原点になっています。
ーー事業拡大の大きな転機となった出来事はありましたか。
原田幸博:
いくつかありますが、一つは機内食に採用されたことです。当時は飛行機に乗ることが一つのステータスだった時代で、そうした場に採用されたことは会社のブランド価値を高める大きな出来事でした。また、イギリスのダイアナ妃が来日された際に搭乗した飛行機で私たちのパンが提供されたことも、良い宣伝になりました。その後、病院への販路拡大も大きな転機となりましたね。病院からは非常に高い衛生基準を求められましたが、それに応えることで、取引先が一気に増える結果に繋がりました。
成長を支えた製造の二大改革 製法と人材育成

ーー製造部門の責任者として、特にどのような点に注力されたのでしょうか。
原田幸博:
大きく分けて二つのことに注力しました。一つは製法の確立、もう一つは人材のレベルアップです。私が入社した当初、パン職人の社会的地位は決して高いとは言えませんでした。「きつい仕事」というイメージが強く、労働環境も厳しかったのです。私はその状況を変え、職人の技術レベルと給与水準を引き上げたいという強い思いを持っていました。幸い、大手のパンメーカーが成長する中で業界全体の地位が向上してきたことも追い風となり、優秀な人材が集まる環境を整えることができました。
ーー製法においては、どのような点にこだわってこられたのでしょうか。
原田幸博:
大手のパンメーカーと同じ製法では勝てないと考え、オリジナリティを出すことに注力しました。当時、多くのパン工場では小麦粉70%で種を作る製法が主流でしたが、私たちはあえて100%の粉で種をつくる「100%中種法」を採用しました。これは風味が豊かになるものの、生地の調整が難しく機械化に向かない製法でしたが、独自のノウハウを組み込んだ製造工程で量産化に成功しました。
また、20年ほど前からは「湯種法」も取り入れています。この製法でつくったパンは、ほんのり甘くふわっとした食感が特徴で、時間が経ってもパサつきにくいのです。病院の患者さんからも大変喜ばれました。
ーー人材成長のために、どのようなことに取り組まれてきましたか。
原田幸博:
当たり前のことですが、まずは自分たちがつくったパンを毎日必ず食べる、ということを徹底しました。パンは気温や湿度、水温に大きく影響されるため、日々その変化を感じ取り、記録することが非常に重要です。毎日食べ、記録し、改善を繰り返す。地道なことですが、これができる人が成長していきます。
また、社内での教育だけでなく、外部のパン学校が開催する100日間のコースに毎年社員を派遣するなど、新たな技術を積極的に取り入れることにも力を入れてきました。
社長就任と企業理念 守るべきものと進化するもの
ーー社長に就任された際は、どのような心境をお持ちでしたか。
原田幸博:
一番の思いは、先代である父が大切にしていた「安全・安心」の精神を正しく継承することでした。これは単に食品としての安全性だけでなく、お客様からの信頼、社員が安心して働ける環境、そして仕入先様とも安心して取引できる関係性を築くことを意味しています。私はこの土台を守りながら、業務用パンメーカーとして「もっと美味しいパンをつくろう」と改めて決意しました。
その実現に向けた具体的な羅針盤として、就任時に策定したのが「お客様第一主義」「小回り主義」「重点主義」「独創主義」という4つの行動指針です。規模の大きな大手メーカーには難しい、私たちならではの機動力や独創性を武器に、お客様の要望に徹底して応え、喜ばれる食品会社になろう。そう社員に呼びかけ、新たなスタートを切りました。
守備範囲の広さと提案力 オリエンタルベーカリーの強み
ーー業務用パンメーカーとしての特徴を教えてください。
原田幸博:
同業他社は、喫茶店やレストラン、あるいはホテルなど、特定の業態に特化していることが多いです。しかし、私たちは喫茶店、レストラン、ホテル、病院、老人ホームなど、あらゆる業態を対象にしています。その一番の理由は、自社で構築してきた配送網を維持・強化するためです。特定の業態だけを対象にすると、配送効率がどうしても悪くなってしまいます。幅広いお客様と取引することで、効率的な配送網を維持し安定供給を実現できるのです。これが私たちの大きな強みだと考えています。
ーーお客様からは、どのような点を特に評価されていますか。
原田幸博:
営業の提案力は、高く評価していただいていると思います。私たちはお客様から言われたものをただつくるだけでなく、そのお店がどうすればもっと繁盛するかを一緒に考え、ビジネスパートナーとして踏み込んだ提案を行っています。お客様自身も気づけていなかったお店の良さを引き出したり、新たなメニューを提案したりと、深く入り込んだお付き合いを心がけています。
ーーコストとのバランスはどのように取っていますか。
原田幸博:
弊社には1,000アイテムを超える豊富なNB品(ナショナルブランド商品)のラインナップがあります。この圧倒的な品揃えこそが最大の強みであり、お客様一人ひとりの細かなニーズに合致する商品を、膨大な選択肢の中からご提案することが可能です。
通常、こだわりを追求すればコストは跳ね上がりますが、弊社の場合はすでに確立された高品質なNB品をベースにするため、少量からでもお客様に納得いただけるコストでお届けできます。画一的な商品を売るのではなく、豊富なストックの中からその店に最適な一品を見極めてお届けする。この柔軟な対応力こそが、私たちの実情に即した競争力の源泉といえます。
目指すは200億円企業とその先へ 人が輝く“愉しい会社”

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。
原田幸博:
数字の目標としては、2030年にグループ全体で売上200億円規模の企業になることを目指しています。そのために、現在は関東エリアでのシェア拡大と、これまで手薄だった高級ホテルへの販路開拓に特に力を入れているところです。関西ではある程度の地位を築けていますが、関東ではまだまだ弱い状態です。だからこそ、お客様のどんな要望にも応えるという原点に立ち返って、挑戦を続けています。
ーー数字の目標以上に、大切にされていることは何でしょうか。
原田幸博:
売上目標はあくまで一つの指標です。それ以上に私が目指しているのは、「元気で明るく愉しい会社」を創ることです。「愉しい」というのは、やりがいや成長を実感できることを指しています。
チームで考え、個人が自律的に行動できるような組織が理想であり、社員一人ひとりの成長を何よりも大切にしたいと考えています。年齢は関係ありません。60歳を過ぎてから大きく成長する人もいます。チームで働く中で、そうした個々の可能性が引き出される会社でありたいです。
ーー今後、どのような方と一緒に働きたいとお考えですか。
原田幸博:
やはり、朗らかな人です。頭が良くて何でもできるけれど、どこか上から目線になってしまうような人とは、弊社は少し合わないかもしれません。みんなで一緒にやっていこう、という協調性のある方がいいです。その上で、当たり前のことですが、元気な挨拶ができること、そして身の回りの掃除をきちんとすること。この二つは、いつも社員に伝えています。
ーー最後に、読者の皆様へメッセージをお願いいたします。
原田幸博:
良い職場にするために、みんなで一緒に考え、実行していきたいと思っています。そのために必要なのは、会社の状況が社員みんなに見えることです。私たちは損益計算書をはじめ、会社の数字を部署ごとにも公開し、全員で情報を共有しています。こうした透明性があるからこそ、誰もが安心して発言できる「心理的安全性の高い職場」が保たれています。
その結果、社員が自ら主体的に考えて「こうすればもっと良くなる」という良いアイデアが次々と生まれるようになりました。それらのアイデアをチーム全員で形にし、協力して取り組むことで、確かな成果へと繋げています。会社の課題をみんなで認識し、解決のために協力し合える。そして、様々な業務を仕組み化することで生産性を上げ、生まれた時間で新たな挑戦ができる。そんな会社を、これからもみんなで創り上げていきます。
編集後記
売上高2.2億円、50人の会社から1500人規模の企業へ。その劇的な成長の裏には、大手が敬遠する製法にあえて挑む探究心と、“作ったパンを毎日食べる”という地道な実践に象徴される人材育成への強い意志があった。原田氏が語る言葉の端々からは、パンづくりへの深い愛情と、共に働く仲間への温かい眼差しが感じられる。売上200億円という明確な目標を掲げる一方で、その先にある“元気で明るく愉しい会社”というビジョンこそが、同社の真の原動力なのだろう。企業の成長と働く人の幸福を両立させるヒントが、ここにある。

原田幸博/1947年生まれ、神戸大学卒業。卒業後、他社パンメーカーで製造を学ぶ。1973年オリエンタルベーカリー入社。1998年に同社代表取締役社長に就任。