
国内トップクラスのシェアを誇るお菓子専門商社、株式会社山星屋。同社は商品を右から左へ動かすだけの卸売業にとどまらず、長年蓄積したデータやナレッジを駆使し、小売店の売上を向上させる提案力と独自の商品開発力を強みとする。その舵取りを担うのが、代表取締役社長執行役員の猪忠孝氏だ。大手商社や食品メーカーでの多彩な経験を経て就任した同氏は、「従業員主体の経営」と「菓子プライド」という独自の価値観を掲げ、組織の力を最大限に引き出してきた。菓子業界のリーディングカンパニーはいかにして築かれたのか。その軌跡と未来への展望に迫る。
再生現場で得た従業員主体の経営観
ーーまずはこれまでのキャリアについてお聞かせください。
猪忠孝:
丸紅株式会社へ入社したのが、私のキャリアの始まりです。入社当時は、約180人の同期がいたのですが、私一人だけ九州に配属されました。縁もゆかりもない土地でしたが、住めば都で、在籍した6年間は非常に良い経験となりました。
折しも円高で輸入食品が流行した時期と重なり、商品を輸入して販売先を見つけるという、ビジネスを組み立てる面白さを新入社員のころから学ぶことができ、私のキャリアの基礎になっています。
その後、1996年に東京本社へ転勤となり、翌年から株式会社山星屋を管轄する部署に所属しました。私が開発した輸入菓子を、山星屋の流通網や営業チームに展開していただく形で関わり始めたのが、同社との接点の始まりです。
ーー貴社の社長に就任されるまでの経緯を教えてください。
猪忠孝:
就任に至るまでには、キャリアの転機となる重要な経験がいくつかありました。特に大きかったのは、菓子メーカーの株式会社東ハトに再生担当として出向したことです。当時、経営権を持っていたファンドがありましたが、ファンドはいつか撤退するものです。
一方、従業員の方々はずっと会社に残ります。そのため、私は現場で働く従業員と一丸となって、「どうすれば数字を伸ばせるか」を必死に考えました。この経験から、現場の人たちと仲間として認め合い、共に汗を流すことの重要性を学びました。
その後、食品・酒類の総合卸売業を営む国分首都圏株式会社で専務を務め、卸売業としての経験も積みました。メーカー再生の現場経験や卸売業での経験を評価されて、社長就任のお話をいただいたと認識しています。
就任にあたり、まず考えたのは「従業員主体の経営」を実践することでした。東ハト時代に学んだ「従業員の力が集まれば組織はもっと強くなる」という確信があったからです。
意識改革の原動力となった誇りある言葉
ーー貴社の事業内容と、その特徴を教えていただけますか。
猪忠孝:
弊社は、菓子食品を主体とする卸流通事業を展開しています。業界内でもトップクラスの売上規模と利益を誇ります。しかし、最大の特徴は、単に商品を右から左へ流すだけでなく、取引先である小売店の売上向上に貢献する付加価値を提供できる点にあります。
具体的には、20年以上にわたって蓄積してきた全国の販売データや成功事例を集約した、独自のナレッジシステムを活用しています。これにより、世の中のトレンドをいち早く察知し、「今、何をどのように売るべきか」という具体的な売り場づくりの提案まで行える点が、弊社の最大の強みです。
ーー貴社が成長を続ける中で、その原動力となっているものは何だとお考えですか。
猪忠孝:
従業員一人ひとりの意識が変わったことが大きいと考えています。そのきっかけとなったのが、中期経営計画で掲げた「菓子プライド」というスローガンです。食品業界の中では、お菓子はどうしても下に見られがちな側面がありました。しかし、お菓子は人々を笑顔にし、幸せな気持ちにさせる素晴らしい力を持っています。その価値を社員自身が再認識し、誇りを持って仕事に取り組むようになったことが、会社の成長につながりました。
広告費に頼らない三方メリットの実現

ーー現在、特に注力している取り組みはありますか。
猪忠孝:
自社オリジナル商品の開発には特に力を入れています。これは単に経営を安定させるためだけでなく、消費者の皆様に本当に支持される商品を自らの手で送り出したいという思いからです。開発にあたっては、全国の販売網を持つ卸売業だからこそ可能な視点を大切にしています。たとえば、素材にこだわった健康志向のお菓子など、大手メーカーでは手が届きにくいものの、確かな需要がある領域を狙っていく。これが、弊社のスタイルです。
ーー商品開発には、どのような方針があるのでしょうか。
猪忠孝:
大きく分けて2つあります。1つは、弊社のブランドとして全く新しくつくる「オリジナル商品」。もう1つが、他社メーカーのブランド商品に対し、味や容量、形などを変更して独自商品を開発する「エクスクルーシブ商品」。この2つの柱を伸ばしていくことが、今後の成長の鍵になります。
特に「エクスクルーシブ商品」は、メーカー、小売店、そして我々の三方にとってメリットがあるユニークな取り組みです。従来、メーカーが商品の売上を伸ばすには、テレビCMなどの大規模な広告宣伝費や特売に頼るしかありませんでした。しかし、弊社が間に入って開発することで、小売店は自店だけの特別な商品として差別化ができ、積極的に販売してくれます。結果として、広告費をかけずとも売上が伸び、まさに「三方よし」が実現するのです。
4つのテーマで挑む事業の盤石化計画
ーー経営者として大切にされている価値観はありますか。
猪忠孝:
「モラル」を何よりも重視しています。従業員に高いモラルを求めるならば、まずはトップである私自身が、誰よりも高い基準で自分を律しなければなりません。ルールを守ることは大前提です。
お取引先様への感謝を忘れず、困っている社員がいれば手を差し伸べ、誰に対しても公平に接する。そうした姿勢こそが、会社の健全な風土をつくり、社員の士気を高める土台になると信じています。
ーー今後のビジョンや目標についてお聞かせください。
猪忠孝:
次期中期経営計画では、3年後に売上4200億円、営業利益60億円という目標を掲げています。これを達成するために、4つのテーマに注力していく計画です。
1つ目は、先ほどお話した商品開発です。特にエクスクルーシブ商品は、メーカー、小売店、我々にとってメリットがあるユニークな取り組みですので、積極的に推進する方針です。
2つ目は、物流です。人手不足や人件費・燃料費の高騰という課題に対し、効率化を常に模索しています。最も推進しているのは、メーカーにも協力を呼びかけるパレット物流の推進です。これにより、荷降ろし作業の時間が大幅に短縮されます。また、倉庫内での予約システムを導入し、トラックの待機時間をなくすことで、ドライバーの負荷軽減とスムーズな物流体制を構築します。
3つ目は、DXの推進。特に営業現場の負荷軽減を重視しています。営業担当者が提案書や企画書を作成する手間を減らすため、生成AIを活用した取り組みを始めています。現在、営業社員の約8割が利用しており、提案書作成のほか、画像作成やポスター制作などにも役立てています。この取り組みは、親会社である丸紅のデジタル部門の直轄サポートを受けるほど、グループ内でも進んでいる状況です。
4つ目は、人材教育で、これは全てのテーマの根幹となります。これまでOJT(※)がベースでしたが、今後は社外研修やお得意先への出向など、より体系的なプログラムを導入します。これは、社員が小売業の仕事内容を深く理解し、レベルを上げることを目的としています。
これらの取り組みを通じて、お菓子業界のリーディングカンパニーとしての地位を盤石なものにします。
(※)OJT:「On-the-Job Training」の略。職場での実務を通じて上司や先輩が部下や後輩に仕事の知識やスキルを教える、計画的な人材育成手法。
ーー最後に、読者へのメッセージをお願いいたします。
猪忠孝:
お菓子は食事の代替にもなり、いつでもどこでも人々を笑顔にできる、非常に将来性のある分野です。日本の人口が減少する中でも、お菓子市場はインバウンド需要の拡大などもあり、成長を続けています。
弊社は従業員が自ら考え行動する社風が根付き始めている、やりがいの大きな会社です。「平和の象徴」ともいえるお菓子を扱う喜びを、皆さんと分かち合えれば嬉しく思います。
編集後記
従業員への深い信頼と事業への強い誇りが、組織全体を突き動かす原動力となっている。インタビューを通じて感じられたのは、経営者が現場の力を信じ、その価値を最大限に引き出す環境を整備することの重要性である。トップダウンの指示ではなく、社員一人ひとりが自らの仕事に意味を見出し、主体的に行動できる土壌づくりこそが、企業の持続的な成長を支える秘訣である。人々の生活を笑顔にする商品を扱うリーダーが示す、温かくも力強い未来への展望が、読者にも希望を与えるに違いない。

猪忠孝/秋田県出身。1991年に丸紅株式会社に入社。株式会社東ハト駐在、株式会社ダイエー出向、イオントップバリュ株式会社駐在を経て、2014年に丸紅株式会社の食品流通部長に就任。2016年国分首都圏株式会社への出向を経て、2021年4月より株式会社山星屋の代表取締役社長執行役員に就任。