
書店業界はデジタル化やオンライン書店の台頭により、伝統的な実店舗が苦境に立たされている。特に実店舗の売上減少や読者の購買行動の変化は、長年の課題である。出版取次業者としての役割が大きく変化する中、書店をサポートし続けているのが株式会社鍬谷書店だ。経営者の視点から、書店業界の課題にどう立ち向かい、今後どのような戦略を描いているのか、代表取締役社長の鍬谷高志氏に聞いた。
幼少期から家業に触れ、育まれた仕事への思い

ーー幼少期から家業の鍬谷書店に携わっていたそうですが、継ぐことに対する迷いはなかったのですか。
鍬谷高志:
幼少期から父親に連れられてお客様のところへ配達に行ったり、配達先でお菓子をもらったりと、楽しい思い出が多く、その頃から漠然と「将来はここで働くんだろうな」と感じていました。このような経験ができたことは、今でも父親に感謝しています。
大学卒業後は、書店経営者の子息が集まる2年間の研修を受け、住み込みで書店業務を学びました。大変な環境でしたが、現場の厳しさや経営の視点も学ぶことができ、何よりも多くのすばらしい仲間たちに出会うことができました。この2年間は、今の自分に大きく影響を与えています。
実は20代の頃は音楽が好きで、別の夢を抱いたこともありましたが、いろいろ経験する中で、祖父や父親がこれまで築き上げた偉大さを感じ「自分のやるべき仕事はここだ」と、3代目として家業を継ぐ決心をしたのです。入社後は、事業を広げるために新しいジャンルの開拓や、経営の改善に取り組んできました。
書店メンテナンスサービスを通じて競争力を維持し、店舗運営を支える取り組み

ーー書店業界の課題に対して、どのような取り組みをしていますか。
鍬谷高志:
書店業界は、電子書籍の普及やネット書店の台頭など、従来とは大きく異なる環境に直面しています。特に、実店舗の売上減少や購買行動の変化は大きな課題です。しかし、私たちはその中でも「書店の現場」をサポートすることが重要だと考えています。具体的には、新規開店や棚構成の最適化をサポートする「書店メンテナンスサービス」を提供しています。店舗の効率的な運営を支援し、実店舗の価値を高め、競争力を維持することが目標です。
また、書籍の流通はスピードと正確さが重要です。弊社は「職人」とも言える専門知識を持つ管理スタッフの存在とDXとの両立で、書店や出版社のニーズに迅速に応えることが可能です。また、この迅速なレスポンスとサポート体制こそが、書店業界における私たちの使命だと考えています。
ーー貴社の強みはどのような点にありますか。
鍬谷高志:
弊社は、高い専門性を特長として、医学書や看護書といった専門書の取り扱いに特化しており、専門書市場では大きなシェアを持っています。これに加え、新規取引の出版社が増えたことにより、コミックやビジネス書、芸術書など、幅広いジャンルの書籍も取り扱うようになりました。このため、新しい取引先とのつながりを深めることができ、弊社のみが扱える商品を多く提供できるようになりました。
また、もう一つは職人が多いということです。システムだけに頼らず、取り扱う商品を人の手で丁寧に管理し、発送業務などを行っています。そのため商品知識も深めることができ、在庫情報や店着日をきちんと伝えることができます。私たちの業種はルーチンワークが主なので、それぞれの役割分担を発揮することで「こまめな流通」を心がけています。
業務効率化を実現する自社システム「Kni/Ght(ナイト)」

ーー独自の発注システムを開発されたとのことですが、その特徴を教えてください。
鍬谷高志:
「Kni/Ght(ナイト)」は、書店様専用のウェブ発注システムです。これにより、オンラインでリアルタイムに発注が可能となり、電話やFAXに頼ることなくスムーズに業務を進められるようになりました。このシステムは、特にスタッフの人数が限られている書店様で大きな効果を発揮しています。リアルタイムで在庫の確認もできますので、発注作業にかける時間が短縮され、売り場づくりや顧客対応に集中できるようになります。
さらに、出荷状況も確認できるため、お客様(読者)に商品をお渡しできる日をお知らせすることが可能となります。書店業界全体の業務効率化を図るためには、このようなIT技術の導入も必要不可欠だとも考えています。弊社は、お取引のある書店様が本業に集中できるような支援を今後も続けていきます。
ーースマホの活用方法も進めているとうかがいましたが、その狙いはどこにありますか。
鍬谷高志:
スマホでの活用は、書店様の現場からのニーズに応えた取り組みです。現在、FAXやDMで「新刊情報」や「売れ筋情報」を定期的に送信していますが、今後はスマホを使った取組みを考えています。これにより書店の担当者様がどこにいても情報の入手と発注をすることができます。たとえば、店内を移動しながらでも、スマホで簡単に発注できるので、現場での作業をより迅速かつ効率的に進めることが可能になります。
今後も働く方々の声を反映し、使いやすく、現場にフィットするツールとして開発していきたいと考えています。また、データ分析やマーケティング機能なども取り入れ書店経営をより包括的にサポートできるようなプラットフォームに進化できるようになるのが理想です。
従業員の自主性を重視し、責任感を持たせることで組織の成長を導く

ーー社風や評価制度への考え方について教えてください。
鍬谷高志:
従業員一人ひとりの自主性を尊重し、年功序列にこだわらない評価制度を導入しています。私たちは、各自が責任を持って仕事に取り組む姿勢を重視しており、成果や努力が正当に評価される環境を整えています。定期的に従業員アンケートを行い、その結果を経営に反映させることで、従業員が働きやすい環境を維持する努力もしています。
また、従業員同士が家族や友人のように支え合う風土を大切にしており、自由度が高い反面、責任感を持たせることで全体のバランスを保っています。このような環境が従業員の成長を促し、会社全体の発展にもつながっていると自負しています。
私の夢は、鍬谷書店を社員の「憧れの会社」にすることです。規模の大小は関係なく、「この会社で働きたい」と思ってもらえるような会社を目指しています。評価制度も、従業員の声を反映し、誰もがやりがいを感じられる環境をつくっていきたいと考えています。経営者としては、従業員同士が信頼し合い、家族や友人のように支え合える会社を目標としています。
編集後記
鍬谷社長のインタビューを通して伝わってきたのは、顧客や社員に対する深い思いやりである。現場のニーズを的確に把握し、業務を進行するのに役立つサービスを模索し続けている。常に新しい価値を提供し続ける姿勢は、今後の書店業界においても重要な役割を果たしていくだろう。

鍬谷高志/1977年、東京都生まれ。1999年、大学卒業後、埼玉県の須原屋書店学校で2年間の研修生活を送る。卒業後は医学書専門出版社、都内書店の勤務を経て2004年に株式会社鍬谷書店へ入社。2023年に代表取締役社長に就任。一般社団法人日本出版取次協会、出版再販研究委員会の役員を務める。