
京都に本社を構えるHORIBAグループは、世界的な分析・計測機器メーカーとして知られている。その中で、水・液体計測のスペシャリストとして独自の存在感を放つのが、株式会社堀場アドバンスドテクノだ。同社は、環境水質監視から最先端半導体製造プロセスの薬液モニタリングまで、社会インフラと幅広い産業を支える計測技術を提供している。
創業者の精神である「おもしろおかしく」を社是に掲げ、社員の自律と挑戦を推奨するユニークな企業文化も大きな特徴だ。博士号を持つ研究者として入社し、国内外で豊富なマネジメント経験を積んだのちトップに就任したのが、同社代表取締役社長の西方健太郎氏である。同氏に、独自のキャリアと経営論、世界中の水質を守るための未来戦略について話を聞いた。
新人時代に予算1億円のプロジェクトを経験
ーー貴社に入社された経緯についておうかがいできますか。
西方健太郎:
もともと私は、大学院で電子顕微鏡などのハードウェア開発を研究し、博士号を取得しました。ただ、当時は学位取得のための論文審査に追われており、就職活動をする余裕が全くない状況でした。
そんな時、たまたま学会で会った研究室の先輩に「うちを見に来ないか?」と誘われたのが株式会社堀場製作所でした。当時の堀場製作所が目指していた方向性と私の研究分野が近かったため、運よく即戦力として採用されました。そのため、内定式などで同期と一度も顔を合わせる機会がなく、入社式では「新入社員の中に、一人だけ年長者が混じっている」と同期から不思議に思われていたことでしょう。
ーー入社後、特に印象に残っている経験はございますか。
西方健太郎:
驚くべきことに、入社してすぐに年間1億円もの研究費を投じる国家プロジェクトのメイン担当を任されました。もちろん上司のサポートはありましたが、入社したばかりの新人研究者に、これほどの予算と裁量を委ねる会社は世の中にそう多くはないでしょう。計画通りに予算を執行し、プロジェクトを推進するプレッシャーは相当なものでした。しかし、この経験が私に度胸を与えてくれたうえ、何より「人を信じて任せる」という会社の懐の深さを肌で感じることができたのです。
その後、32歳で管理職となり、2011年の組織改編時には赤字事業の責任者に抜擢されました。当初は「研究開発を全て止めて黒字化せよ」という厳しい指示に悩みましたが、私は開発メンバーと対話を重ね、将来性のあるプロジェクトだけは残すという決断をしました。結果として2年で黒字化を達成できました。この一連の経験を通じて学んだ「まずは人を信じて任せてみる」という姿勢は、現在の私の経営において最も大切な価値観となっています。
創業者の精神が根付く「おもしろおかしく」という社是

ーー貴社の事業内容と、独自の強みについてお聞かせいただけますか。
西方健太郎:
私たちは、HORIBAグループ(以下、HORIBA)の中でも水・液体計測を専門とする会社です。HORIBAの創業製品であるpHメーター(水溶液の性質を示すpHを測る計器)をはじめ、浄水場や下水処理場、工場の排水処理などで使用される産業用の水質計測機器を開発・販売しています。2017年には親会社である堀場製作所の水質事業を統合し、より専門性を高めました。
他社との決定的な違いは、単に製品を売るのではなく、お客様のご要望に寄り添ってカスタマイズし、解決策として提供できる点です。この徹底した顧客志向の姿勢は私たちだけではなく、HORIBA全体の成長を支える大きな強みだと捉えています。ガス計測やデータマネジメントなどグループ内にある多様な技術と水質計測技術を組み合わせることで付加価値を生み出し、オンリーワンの製品やお客様のニーズに応じたソリューションを提供しています。
ーーそうした強みを生み出す、貴社ならではの組織文化や価値観について教えてください。
西方健太郎:
私たちHORIBAには、「おもしろおかしく」という社是があります。一風変わった言葉ですが、私たちの精神的な支柱となっています。この社是は創業者である堀場雅夫が定めたもので、「人生のうち多くの時間を費やす仕事が面白くなければ、人生そのものが豊かにならない。だからこそ、仕事も人生も主体的に楽しもう」という強い思いが込められています。会社として厳格な定義は設けていません。社員一人ひとりが自分なりに解釈し、実践することが求められます。
たとえば、HORIBAでは毎月、役員が従業員を祝う誕生日会を開催していますが、特徴的なのは、管理職は同席せず、役員と該当月が誕生日の社員だけで行う点です。そこでは、仕事の話だけでなく、プライベートな話題や社員による直談判も含めてフラットに会話が飛び交います。また、社員が企画する運動会や弊社の50周年を記念した社員旅行など、業務外の交流も活発です。
こうした活動を通じて、役職に関係なく意見を言い合えるフラットな関係性が築かれており、それが私たちの強みである「現場の活力」につながっています。
世界中に水質計測ビジネスを展開
ーーこれまでのキャリアの中で、深く印象に残っている出来事はありますか。
西方健太郎:
私にとって非常に大きな転機となったのは、2017年からのフランス駐在です。現地法人の創立200周年記念事業の指揮を執り、その後、コロナ禍におけるロックダウンも現地で経験しました。現地では、日本人の発想とは全く異なる切り口でアイデアが生まれる瞬間に何度も立ち会い、多様なバックグラウンドを持つ人々と協働する醍醐味を肌で感じました。この経験が、私の視野を大きく広げてくれたのです。
現在、弊社は「世界中のあらゆる水質を守る」というミッションを掲げています。私の野望は、すべての国に私たちの計測機器を届けることです。現在はアジアや欧米が中心ですが、まだアプローチできていない地域にも、貢献できる余地は大いにあります。そのためにも、国籍を問わず多様な人財が活躍できる環境づくりを、より一層推進していく考えです。
ーー最後に、今後の注力分野と、求める人物像についてお聞かせください。
西方健太郎:
HORIBAでは、現在、中長期経営計画「MLMAP2028」において「エネルギー・環境」、「バイオ・ヘルスケア」、「先端材料・半導体」という3つの注力分野を掲げています。今後弊社は、既存の強みである「先端材料・半導体」をさらに成長させるとともに、「エネルギー・環境」と「バイオ・ヘルスケア」でも新たな事業の柱を育てていきます。特にエネルギーやバイオ分野は成長の余地が大きく、私たちの水・液体計測技術が貢献できるフィールドは広がっています。
求めるのは、好奇心を持って探求し、失敗を恐れずに挑戦を楽しめる人です。HORIBAには、新人の私に大きなプロジェクトを任せてくれたように、手を挙げた人を信じて任せる土壌があります。日本全体に閉塞感が漂う昨今です。私たちと一緒に世界へ打って出て、日本を元気にしたいという気概のある方と働けることを楽しみにしています。
編集後記
研究者として入社し、国内外での豊富なマネジメント経験を経てトップに立った西方氏のキャリアは、「おもしろおかしく」という社是を体現する姿勢そのものである。緻密さと胆力、そして「人を信じて任せる」という経営者の信念が同氏には同居している。この「任せる」という言葉は、同社が単なる分析・計測機器メーカーではなく、社員の可能性を育む場であることを物語っている。世界中の水質を守るという壮大なミッションに向け、多様な個性が響き合う同社の航海は、今後も確かな前進を続けるだろう。

西方健太郎/1974年大阪府生まれ。大阪大学大学院工学研究科物質・生命工学専攻博士後期課程を修了後、2003年に堀場製作所へ入社。科学・半導体事業戦略室長、フランス現地法人駐在を経て、開発本部長、ジュニアコーポレートオフィサーなどを歴任。2023年1月よりHORIBAグループの水・液体計測事業を担う堀場アドバンスドテクノ社長、2024年4月より堀場製作所コーポレートオフィサーに就任し、現在に至る。