
神戸で140年の歴史を持つ老舗レストラン「モーリヤ」は、世界に誇る神戸牛と、目の前の鉄板で振る舞われる極上の時間を提供している。「金を払ってでも苦労は買えという信念がある」と語るのは代表取締役の森谷寛氏。大学時代からあえて楽な道を避け、苦労する道を選び抜いた経験は、現在の「足腰の強い経営」と、お客様に合わせた細やかなサービスに、どのように結実しているのか。一貫して「質の追求」にこだわる同氏のキャリアの原点、老舗ならではの食材へのこだわり、そして未来の事業を支える「人」への情熱について深く掘り下げる。
創業140年の老舗が持つ独自の信念
ーー社会人としてのキャリアの始まりについてお聞かせください。
森谷 寛:
学生時代は、石屋、引っ越し、工場など特定の業種にこだわらずさまざまなアルバイトを経験しました。私は「金を払ってでも苦労は買え」という考えを原点に、常に固定的な楽な道ではなく、自分のためになるような苦労する道を選ぶように意識していました。将来どんな仕事に就くのか具体的に決めていませんでしたが、「長男として実家が所有する土地とビルを活用して何か行わなければ」という使命感を持っていました。
大学卒業後、縁あってミニスーパーのボランタリーチェーン(※)であるケーマートチェーンに入社し、7年間勤めました。26歳でスーパーバイザー(SV)に就任するなど異例の若さで様々な経験をしました。常にプレッシャーを与えられていましたが、この苦労は将来の糧になると考えていました。とくにSV時代は、年上の加盟店オーナーを指導する立場でしたので、まずは掃除や商品陳列の手伝いなど、泥臭い現場作業を通じて、オーナーからの信用を得ることを意識しました。この7年間で現場と管理職の両方を経験したことが、今のモーリヤの経営における基礎となっています。
(※)ボランタリーチェーン:独立した小売店が、仕入れの共同化などの目的で、自主的に組織化し、協力関係を結ぶ事業形態。
ーーその後、貴社本店の立ち上げに向けた準備はどのように進められたのでしょうか。
森谷 寛:
「男は30にして立つ」という考えのもと、29歳を機にケーマートチェーンを退職し、家業を継ぐ準備を始めました。精肉店の強みを活かせる業態として父親と話し合い、ステーキ店を選択したのです。
退職後の1年間は、辻調理師学校へ通い、料理の技術と知識を習得しました。そして1990年7月、1階を精肉店、2階をステーキ店としてモーリヤ本店をオープンしました。当初、私自身もコック服を着て現場の鉄板に立っていましたが、「調理しているとお客様の表情やメンバーの動きが見えない」と気づき、1ヶ月でホール業務と店舗運営に専念しました。
神戸牛とモーリヤ厳選牛が織りなす「質」への飽くなき追求

ーー貴社の食材へのこだわりを詳しくお聞かせください。
森谷 寛:
弊社の最大の強みは、何といっても扱う肉の質です。神戸牛、または神戸牛の血統を80%程含むモーリヤ厳選牛を使用しています。モーリヤ厳選牛は美味しさは神戸牛に迫るレベルですが、価格は約4割に抑えられるため、コストパフォーマンスの良さが特徴といえます。口に入れた瞬間、他の肉とは比べ物にならない肉汁と脂の味の違いを感じていただけます。
また、お客様の目の前で調理する「全席鉄板」のスタイル(ダイニングを除く)を採用し、味だけでなく臨場感のある体験を提供している点も大きな特徴となっています。
ーーお客様へのおもてなしで最も大切にしている点は何でしょうか。
森谷 寛:
お客様は千差万別ですから、マニュアル通りではなく、お客様に合わせたグレードの高いサービスが必要だと考えています。メンバー一人ひとりが、お客様に不快感を与えない言動や所作、清潔感、表情を意識するよう指導しています。そこがプロのサービスであり、お客様に喜んで帰ってもらうことが、また来店してもらうための礎となるでしょう。こうした質の高いサービスと店舗体験の結果、SNSやGoogleなどを通じて海外の方への認知も高まり、多くのお客様にリピーターになっていただいています。
未来を担う人材育成への挑戦

ーー今後の目標についておうかがいできますか。
森谷 寛:
3〜5年後には京都で1〜2店舗の展開を検討していますが、店舗数を急拡大することはありません。「店舗と屏風は広げすぎたら倒れる」という考えのもと、質を重視した足腰の強い経営を目指しています。
その中で、経営における最重要課題は「人の育成と意識向上」です。人材育成では、役職者(現場の指導者)に対して、現場で人の話を聞くこと、自分で問題点を見つける観察力、そして気づいたことを伝える勇気を持つよう、指導に力を入れています。意識向上の面では、お客様に喜んでいただく意識に加え、自律的に収益を意識できるメンバーの育成に、継続して取り組んでいます。
また、既存取引先である牧場などとの連携深化を重要視し、メンバーには生産者の気持ちを理解するよう伝えているところです。
ーー貴社の採用方針と求める人物像についてお聞かせください。
森谷 寛:
現在はキャリア採用が主ですが、採用人数をむやみに増やさず、組織の核となる人材に集中して投資していきます。人柄については、真面目さ、嘘をつかないこと、そして素直な人を求めています。対面での接客業ですので、お客様と楽しく会話ができる話題の豊富さや、表情の良い人も重要だと考えます。
編集後記
140年の歴史を持つモーリヤの信頼は、森谷氏の「金払ってでも苦労は買え」という信念によって支えられている。あえて自らに負荷をかけ、現場で泥臭い経験を積み重ねてきたその姿勢こそが、現在の「質の高いサービス」と「足腰の強い経営」の礎だ。お客様の満足と、メンバーの自律的な成長を永遠の課題と捉え、真摯に向き合う同氏の情熱からは、老舗でありながら現状に決して満足しない挑戦者としての気概が感じられる。この真摯さこそが、老舗モーリヤの未来を確かなものにしていくに違いない。

森谷 寛/1960年兵庫県生まれ。近畿大学商経学部経済学科卒業。1982年ケイマートチェーン株式会社に入社し、スーパー直営店次長、店長、生鮮部、本部スーパーバイザー、本部仕入れを歴任、通算7年勤務する。1990年、家業である合資会社モーリヤに入社。レストランを開業し、1999年株式会社モーリヤを創業し、2010年に代表取締役社長に就任。