
京都の地で創業以来、京料理の真髄を今に伝える老舗料亭「たん熊北店」。初代が創始した板前割烹のスタイルを堅守しつつ、時代の変化に対応した革新的な事業展開で知られる名門だ。三代目として暖簾を継いだ栗栖正博氏は、料理人としての卓越した技術のみならず、食文化の探究者として、その普及と継承に並々ならぬ情熱を注いでいる。本記事では、栗栖氏が家業承継を決意した青年期から、京料理の本質を追い求める中でたどり着いた「食育」への想い、そして伝統を守りながら未来を切り拓く独自の経営哲学まで、その軌跡をひもとく。
迷いなき家業承継 現場での7年間と人脈が築いた経営の礎
ーー貴社に入社されるまでの経緯についてお聞かせいただけますか。
栗栖正博:
大学時代は将来の商売を見据え、学業よりも人脈作りに注力しました。他大学の学生とも積極的に交流し、そこで築いたつながりは今も店を支える大きな財産となっています。卒業後は他店での修業を経ずに、そのまま家業へ入りました。そこから社長に就任するまでの7年間は、父である先代の付き人として、あるいは厨房での業務を通じて、接客から調理技術、社会人としての振る舞いに至るまで徹底的に叩き込まれました。あの現場で得た多様な経験こそが、現在の私の経営の根幹を成しています。
ーー家業を継ぐことは、いつ頃から意識されていたのでしょうか。
栗栖正博:
中学二年生の頃には、この道に進むことを決めていました。祖父が創業し、父が二代目としてホテルへの出店など事業を多角化していく姿を見て育ったことが大きかったと感じています。単に一軒の料理屋を継ぐというよりは、「たん熊北店の料理をさらに世へ広めていくのだ」という強い使命感のようなものがありました。
通っていた立命館中学校・高等学校は、多様な背景を持つ生徒が集まり、皆が自由に将来の夢を語り合う環境でした。友人から「料理屋の息子だから料理屋になるのか」と問われることもありましたが、事業が成長期にあったこともあり、長男として暖簾を守り抜くことに一切の迷いはありませんでした。
現場で重ねた朝夜の学び 京料理の真価を「言葉」で伝える
ーー入社当時は、具体的にどのような研鑽を積まれたのですか。
栗栖正博:
父の側で仕事を手伝いながら、京料理の哲学や経営戦略を学びました。料理屋の修業には「夜の勉強」と「朝の勉強」という二つの側面があります。「夜の勉強」とは、お茶屋さんや寿司屋さんなど、近隣の名店に顔を出して交流を深めることです。お客様から「この後、どこか良い店はないか」と尋ねられた際、自分の実体験に基づいた的確なご提案ができるよう、常にアンテナを張っておく必要があります。対して「朝の勉強」は、市場での仕入れです。魚や野菜、それぞれの食材において最高の目利きを持つ店を見極め、極上の素材を手に入れるための知識と経験を積む。こうした日々の積み重ねがお客様からの信頼となり、次のご来店へと結びついていくのです。
ーー料理に対する考え方が大きく変わるような転機はありましたか。
栗栖正博:
ある時、お客様から「京料理とは何か」と問われ、即答できない自分に直面したことがありました。その悔しさをバネに歴史をイチから学び直し、知識を深めていくと、やがて調理師学校から食文化の講義を依頼されるようになりました。
その経験を通じて痛感したのが、「料理人が自らの言葉で語る重要性」です。かつてのように黙々と作るだけでは、料理の真価は伝わりきりません。例えば、野菜を氷水で急冷する際にも「色と食感を良くするため」と理由を添えるだけで、見る人の関心は変わります。和食の奥深さを知っていただくためにも、作り手が「なぜそうするのか」という理論を伝えることに、大きな意義があると考えています。
原点は食育 本物の「だし」の味が子どもの未来と社会をつくる

ーー食文化を次世代へつないでいく上で、大切にされているテーマについてお聞かせください。
栗栖正博:
私の活動の原点は「食育」にあります。特に子どもたちに、昆布と鰹節でとった「本物のだしの味」を体験してもらうことを大切にしています。幼少期に脳裏に刻まれた本物の味は、その後の人生における味覚の基準となります。本物とインスタントの違いがわかるようになれば、食への探究心が芽生え、より質の高いものを求めるようになります。この味覚の土台を育むことこそが、日本の食文化を守り、育てていく上で不可欠だと確信しています。
ーー「食」が持つ力は、子どもたちの成長や社会全体にどのような影響を与えるとお考えですか。
栗栖正博:
食は、子どもたちの健全な成長だけでなく、家庭の幸福、ひいては社会全体の好循環を生み出す根本です。朝食をしっかりとれば脳が活性化し、学習能力も向上します。大切なのはサプリメントに頼らず、バランスの良い食事を決まった時間にとること。これが健康な体をつくり、長寿にもつながります。また、美味しい料理は人を笑顔にし、家庭を明るく照らします。そうした環境で育った子どもは健やかに成長し、社会でも良い循環を生み出すでしょう。すべての根本は台所仕事にある。私たちは食を通じて、家庭円満や社会全体の幸福に貢献できると信じています。
変化し続ける時代で守り抜く 京料理の伝統
ーー現在、注力されている事業と、その背景にある戦略をお聞かせください。
栗栖正博:
現在は店舗運営に加え、お弁当や物販事業に注力しています。背景には人口減少や料理人不足といった時代の変化があります。店舗網をやみくもに拡大するのではなく、事業形態を柔軟に変えることで、より多くの方に「たん熊北店」の味を楽しんでいただきたいと考えました。お弁当であれば、高価格帯の店舗よりも手軽に味わっていただけます。形は変わっても、食を通じて喜びを提供する本質は変わりません。最もこだわっているのは、素材本来の味を最大限に活かすこと。そのため、防腐剤の使用は極力抑えています。味を隠すために味付けを濃くするのは本末転倒ですからね。「何時までに召し上がってください」と明確にお伝えすることで、美味しさと安全性を両立させています。
ーー伝統技術の継承には、どのような課題と対策をお持ちですか。
栗栖正博:
今の若い世代には、私たちがかつて経験したような長時間労働を前提とした修業スタイルは通用しません。一人前の料理人になるまでに長い年月を要してしまうのが現状です。この課題を解決するため、私たちはレシピの数値化を徹底しました。感覚に頼るのではなく、「何ccに対して何g」といった正確な配合を共有し、機械に任せられる工程は任せるようにしています。人の手でしか生み出せない繊細な作業に集中できる時間を確保することで、質を落とさずに育成期間を短縮する、時代に即したシステムの構築を目指しています。
ーー最後に、今後の展望についてお聞かせください。
栗栖正博:
私たちは今後、店舗を「究極の食体験を探求するお店」と位置づけ、お一人おひとりに寄り添った最高峰のおもてなしに特化してまいります。一方で、その磨き抜かれた美食の粋を、より多くの方々の日常にお届けするため、お弁当や惣菜といった物販事業を拡大いたします。特別な日の感動である「ハレ」と、日常の豊かな食卓である「ケ」。どちらにおいても、私たちの哲学が息づく価値を提供してまいる所存です。
また、国内だけでなく世界へ目を向けることも欠かせません。海外の方にも京料理の真の素晴らしさを知っていただくため、海外の料理人を日本に招へいし、技術や心を伝える活動にも注力しています。彼らが母国で本物の和食の魅力を広めてくれることでしょう。初代が「板前割烹」を、父が「ホテルでの和食」を確立したように、私も「物販」や「海外発信」という新たな柱を育て、変化し続けることで伝統を守り抜きたいと考えています。
編集後記
京料理の伝統を守る老舗の三代目。その言葉から見えてきたのは、単なる継承者ではなく、食の本質を深く見つめ、未来へとつなぐ革新者の姿であった。栗栖氏の哲学は、厨房の中だけにとどまらない。一皿の料理が人の味覚を育て、子どもの学びを支え、家庭に笑顔をもたらすという信念のもと、食育という壮大なテーマに取り組む。そして、時代の変化を的確に読み、料亭からお弁当、物販へと事業の形を柔軟に変える経営手腕は、多くの伝統産業が抱える課題への一つの答えを示している。日々の食事が人生を豊かにするという、自明でありながら忘れがちな真理を再認識させてくれるインタビューであった。

栗栖正博/1957年京都市生まれ。立命館大学経済学部卒業。1981年4月より株式会社たん熊北店入社。二代目主人栗栖 正一の指導のもと、自社内で修行を経て1988年4月より三代目主人として代表取締役社長に就任。2004年よりNPO法人日本料理アカデミー理事として活動。現在理事長を務める。