
京王線沿線を中心に、地域に根差した不動産事業を展開する京王不動産株式会社。京王グループの一員として、売買・賃貸仲介から管理、開発、アセットマネジメントまで、不動産に関するあらゆるニーズにワンストップで応える「総合不動産事業」を推進している。盤石な経営基盤を持つ同社だが、2024年に代表取締役社長に就任した金子伸雄氏は「現状維持は停滞の始まり」と警鐘を鳴らす。金融・不動産のプロフェッショナルとして激動の時代を歩んできた金子氏に、組織変革への覚悟と、人口減少社会を見据えた次なる成長戦略を聞いた。
激動の金融時代に培った「理不尽に耐える力」と多角的な視点
ーー金融業界での長年のご経験は、現在の経営にどう活きていますか。
金子伸雄:
私は大学卒業後、住友信託銀行株式会社(現・三井住友信託銀行)に入行しました。以来長きにわたり、不動産と金融が交差する領域を歩んでいます。入行当時はバブル経済の真っただ中。「不動産価格は下がらない」という神話が信じられ、市場は熱狂に包まれていました。しかしその後、バブル崩壊により市場はどん底を経験します。その後もリーマン・ショック(※1)など、山あり谷ありの激動の時代を最前線で見てきました。
こうした経験を通じて得たものは、「理不尽に耐える力」かもしれません。市場というのは、私たちの常識や予測を遥かに超える動きをすることがあります。そうした想定外の事態や、自分たちの力ではどうにもならない大きな波に直面したとき、ただ嘆くのではなく状況を冷静に受け止めました。そして、その時々で最適解を見つけ出す柔軟性が養われました。
また、不動産鑑定士や米国公認会計士としての知識、そして前職の研究所での経験から、データを客観的に分析する視点も養われました。いかなる市場変動にも動じない「胆力」と「論理的思考」が、今の私の経営判断の軸になっています。
(※1)リーマン・ショック:2008年に米国の投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻したことをきっかけに広がった世界的な金融危機。
“茹でガエル”への危機感と意識改革
ーー社長に就任されてから、社内にどのようなメッセージを発信されていますか。
金子伸雄:
弊社は京王グループという盤石な基盤を持っています。京王電鉄は東京と神奈川を結ぶ重要なインフラであり、その安定性は抜群です。しかし、だからこそ「新しいことにチャレンジする必要はない」という雰囲気が、社内に蔓延しているのではないかと危惧しました。
そこで私は社員に対し、「このままだと“茹でガエル”になるぞ」と伝えました。ぬるま湯に浸かっているうちは心地よいですが、環境の変化に気づかずにいると、いつの間にか取り返しがつかない事態になりかねません。現状に甘んじていては成長はないですし、お客様からの信頼もいずれ失ってしまいます。
だからこそ、今ある安定に安住せず、もっと良いサービスを提供するために何ができるかを考えよう、と呼びかけています。そのためのキーワードとして「社内連携」と「自己研鑽」を掲げました。縦割りの組織を越えて情報を共有し、社員一人ひとりがプロフェッショナルとしてスキルを磨くことで、弊社のポテンシャルはさらに解放されると信じています。
不動産の全機能を保有する唯一無二の総合力

ーー貴社の強みについて、どのようにお考えでしょうか。
金子伸雄:
弊社の最大の特徴は、真の意味での「総合不動産事業会社」であるという点です。不動産の売買仲介、賃貸仲介、住宅・オフィス・店舗の管理、さらには開発やアセットマネジメント(※2)に至るまで、これら全ての機能を保有しています。一つの窓口で提供できる体制こそが強みだと考えています。
通常、これほどの規模で多岐にわたる事業を一カ所に集約している会社は稀です。大手であっても機能ごとに分社化しているケースが多い中で、弊社はあえて機能を統合しています。これにより、具体的には、管理のお客様から売却の相談を受けた際にスムーズに仲介部門へつなぐなど、部門間の連携によるシームレスな提案が可能になります。この総合力こそが、他社にはない弊社の独自の価値であり、今後さらに磨いていきたい強みです。
(※2)アセットマネジメント:投資用不動産などの資産を、所有者に代わって管理・運用し、資産価値の最大化を図る業務。
人口減少社会を見据える海外展開への挑戦
ーー今後の展望についてお聞かせください。
金子伸雄:
まずは2030年に向けて、京王線沿線での圧倒的な信頼と収益基盤を確立することを目指しています。地域の皆様に「不動産のことなら京王不動産」と一番に思い出していただける存在になりたいと考えています。
その一方で、日本の人口減少という避けられない現実も見据えなければなりません。将来的には沿線内だけでなく、海外への展開も視野に入れています。具体的には、増加する外国人労働者や留学生の方々に対し、日本の住まいや文化を伝える“架け橋”となるサービスを提供します。
文化や習慣の違いによるトラブルを防ぐためのルール作りや生活サポートなど、弊社が長年培ってきた管理ノウハウを活かせる場面は多くあります。日本で快適に暮らした彼らが母国に帰ったとき、「京王不動産にお世話になってよかった」と感じていただければ、将来的に京王グループが海外進出する際の大きな無形の資産になります。沿線の足元を固めつつ、こうした未来への種まきも積極的に行いたいと考えています。
編集後記
「理不尽に耐える力」という言葉の裏に、激動の金融市場を生き抜いてきたプロフェッショナルとしての自負が感じられた。盤石な基盤を持ちながらも、それに甘んじることなく「社内連携」と「自己研鑽」で組織を変革しようとする金子氏の姿勢は、同社に新たな風を吹き込むだろう。国内市場の縮小を見据えた海外展開の構想も含め、老舗企業の枠に収まらない挑戦的なビジョンに、今後の飛躍への期待が高まる。

金子伸雄/1965年東京都生まれ、早稲田大学政治経済学部卒業後、住友信託銀行株式会社(現・三井住友信託銀行)に入行。株式会社三井住友トラスト基礎研究所社長等を歴任し、2024年に京王不動産株式会社の代表取締役社長に就任。不動産鑑定士、米国公認会計士。