※本ページ内の情報は2026年1月時点のものです。

インターネット黎明期の1995年から電子書籍の可能性を追求してきた株式会社パピレス。同社が運営する電子書籍レンタルサイト「Renta!」は、時代の変化を的確に捉え、独自のサービスモデルで多くのユーザーの支持を集めている。30年にわたり業界の先駆者として走り続ける同社の強みは、出版社との粘り強い交渉を重ねた歴史、システムやビューアーを自社開発する高い技術力にある。そして「作品が好き」という社員たちの純粋な情熱が根底を支えている。創業期から同社を支え、現在は代表としてグローバル展開を率いる代表取締役社長の松井康子氏に、これまでの軌跡とコンテンツの未来について話を聞いた。

創業期の苦境を突破した信念と原動力

ーーどのようなきっかけで現在の道を選ばれたのでしょうか。

松井康子:
きっかけは、大学時代に感じた「情報のデジタル化」への強い関心と、偶然目にした弊社の求人広告でした。当時はインターネット普及前のパソコン通信(※)が主流の時代です。私は大学で海外の歴史を研究していましたが、資料を海外から取り寄せたり、図書館で一冊ずつ本を請求したりすることに多大な手間を感じていました。「自宅のパソコンから自由に書籍を閲覧できれば、どれほど便利だろうか」と、電子化の可能性に関心を寄せていました。

そのような中、求人誌で電子書籍の配信事業を手がける弊社の募集を偶然見つけました。私自身は理系ではありませんでしたが、アルバイトで書誌情報の整理に携わった経験から、デジタル管理の利便性は肌で実感していました。「この事業には、自分の理想を実現する未来がある」と直感し、すぐに応募を決意。面接で創業者の天谷幹夫(現・取締役アドバイザー)が語った未来のビジョンに強く共感し、創業直後の弊社へ参画いたしました。

(※)パソコン通信:インターネット普及以前に電話回線を使って、事業者のホストコンピューターに接続し、利用する会員制のネットワークサービス。

ーー事業の立ち上げにあたり直面した困難についてお聞かせください。

松井康子:
最も苦労したのは、出版社から配信の許諾をいただくことでした。当時はインターネット上のコンテンツは無料が当たり前という風潮が強く、デジタル化された作品に対価を支払う文化がなかったのです。作品を配信する際に必要な「自動公衆送信権」という認識も一般的ではなく、何度足を運んでも断られ続ける日々が続きました。最初の1年で許諾を得られたのは、著作権フリーの古典作品を含めても100作品に満たない程度でした。

さらに追い打ちをかけたのが、当時は作品のデジタルデータがそもそも存在しなかったことです。そのため、本を一冊ずつ見ながら文字を手打ちして入力しなければならず、私自身も夏目漱石の作品をずっと打ち込んでおり、最終的には文章を暗記していたほどでした。

そのような苦境の中で、いち早く弊社のビジョンに賛同してくださったのがSF作家の先生方でした。当時、世間では「パソコンで本を読む人などいない」という否定的な声が大半を占めていました。しかし、SF作家の先生方は「いずれ本は電子化される」という未来の姿を、すでに想像の世界で描かれていました。

ーー厳しい局面でも、挑戦を続けられた原動力は何だったのでしょうか。

松井康子:
新しい取り組みは簡単には理解されないものだと、当初から覚悟していました。当時は他に同じ事業を手がけている企業がなく、周囲の目を気にせず試行錯誤できる気楽さがあったことも事実です。競合がいない分、自由な発想で工夫を凝らすことができました。

また、どれほど優れた技術があっても、中身となる魅力的なコンテンツがなければ、人々を惹きつけることはできません。「デジタルという未知の道具を使い、いかにしてエンターテインメントを楽しんでもらうか」を追求することに、大きな意義を感じていました。未知の領域を切り拓き、新たな価値をつくり上げていく過程そのものが、私にとっての原動力となっていたのです。

市場の変化を成長へつなげた提供価値の変遷

ーー事業におけるターニングポイントについてお聞かせください。

松井康子:
大きな転機は、携帯電話、いわゆる「ガラケー」の普及です。それまではユーザーの多くが専門知識を持つ男性でした。しかし、ガラケーは誰でも簡単に操作できて持ち歩けるという利便性から、ユーザー層が女性へと一気に広がったのです。

画面が小さいガラケーは、細かい文字を読むより漫画のようなビジュアルコンテンツに向いていました。そこで、それまでのSF作品などに加えて女性に人気の恋愛漫画のラインナップを強化したところ、これが大きな反響を呼びました。ユーザー層の変化に合わせてコンテンツを最適化できたことが、成長のきっかけになったと考えています。

ーー社長就任にあたってどのような展望を掲げられたのでしょうか。

松井康子:
大きく分けて「グローバル化」と「次世代の表現の追求」という2つの柱を据えました。当時は現在よりも市場が小さく、電子書籍といえば過去の作品や、紙の本では販売が難しい作品が中心という認識が一般的でした。私はそうした状況を変え、デジタルならではの独自の価値を確立したいと考えたのです。

まずグローバル化については、日本のコミックが持つポテンシャルを世界へ広めたいという思いがありました。電子書籍は物理的な距離に縛られないため、国内にとどまらず海外へも配信しやすいという強みがあります。2011年に開始した英語版サイトを皮切りに、世界中の人々へ作品を届ける体制を整えてきました。

また、次世代の表現については、単に紙の本をデータ化するだけでは不十分だと感じていました。音や動き、声などを加えることで、これまでの枠にとらわれない新しい表現が可能になります。将来的にデバイスはスマートフォンの形に限定されず、眼鏡型やVRのように進化していくはずです。どのような形であれ、その時代に合わせた最適な見せ方で、楽しませる空間を提供し続ける姿勢を大切にしています。

技術と感性が共鳴する次世代コンテンツ

ーー改めて、貴社の事業内容についてお聞かせください。

松井康子:
弊社は1995年の創業以来、電子書籍のパイオニアとして業界を牽引してきました。現在は主力サービスである「Renta!(レンタ!)」の運営を中心に、電子書籍の企画・製作から配信、さらには海外市場への展開までを幅広く手がけています。単にデジタル化された本を届けるだけでなく、読者の皆様に「これは面白い」と心から楽しんでいただける作品を提供することが、弊社の何よりのこだわりです。その実現に向け、オリジナル作品の開発や新技術の導入にも、現在積極的に取り組んでいます。

ーー現在、特に注力されている新しい取り組みはありますか。

松井康子:
現代は多くのエンターテインメントが人々の可処分時間を奪い合っています。そこで私たちは、短い時間で気軽に楽しめる、短編のドラマやアニメの配信を始めました。これまで宣伝用につくられることが多かった数分間の動画を、一つの独立した作品として提供しています。短い時間でも、見た人の心に何かしら残るような質の高いコンテンツを届けることを目指しています。

また、「アニコミ」という新しい表現手法にも挑戦しています。これは、原作コミックの絵を活かしながら、声や動き、音などを加えてアニメのように楽しんでいただくオリジナルの次世代動画コンテンツです。現在では、オリジナル作品がテレビで放送されるまでになりました。特徴としては、漫画と同じように画面に吹き出しが表示される点です。最初はアニメファンの方に受け入れられるか不安でしたが、「文字があるから話が分かりやすい」と意外にも好評でした。「アニコミ」は海外でも手応えを感じており、新しい表現の可能性を広げる挑戦として、今後も注力していきたいです。

個人の熱意を尊重し挑戦を後押しする風土

ーー社員の方々と向き合う上で大切にされている価値観は何ですか。

松井康子:
自分が心から「面白い」「楽しい」と思えることを仕事にするという姿勢を大切にしています。多少の困難があっても、自分が心から好きでやっていることであれば乗り越えられ、何より仕事のクオリティが格段に上がると信じているからです。

ですから、社内ではあまり強制するようなことは言いません。もちろん目標は設定しますが、数字が達成できなかったから駄目というような文化にはしたくないのです。それよりも、失敗を恐れずに新しいことに挑戦できる環境の方が重要だと考えています。

ーー貴社ならではの社内文化や制度があれば教えてください。

松井康子:
未知の領域への挑戦を後押しし、失敗を許容する文化が根付いています。たとえ問題が起きても、決して隠さず正直に共有してくれるメンバーばかりです。これは「ミスを報告しても不利益を被ることはない」という、会社への信頼があるからこそだと考えています。

大切なのは、「なぜその問題が起きたのか」という背景を分析し、誰が担当してもミスが起こりにくい体制を整えることです。現場からの素直な報告があるからこそ、私たちは速やかに仕組みを見直し、組織としての対応力を高め続けることができています。

また、とにかく作品好きな社員が多いのも特徴です。特にBL(ボーイズラブ)のジャンルに詳しい者が多く、驚くことに、合格率1.4%という難関の「BLソムリエ検定」という資格を取得した社員までいます。こうした熱量の高い社員たちが、国内外のファンとネットワークを築き、独自のコミュニティを形成しているのです。

ーー他には真似できない独自の優位性はどこにあるとお考えでしょう。

松井康子:
一つは、先ほども話したような作品の魅力を追求する、職人気質な組織文化です。数字や割引率を追求するだけでなく、作品そのものの面白さをどうすれば深く伝えられるかを真剣に考えるマニアックな姿勢が、私たちのサービスの根幹にあります。

もう一つは、技術的な強みです。弊社は創業当初から、配信システムや作品を読むためのビューアーなどのほとんどを自社で開発してきました。これにより、新しい技術の導入やサービスの改善を業界でも最速レベルで実行できます。海外事業も他社に先駆けて10年以上前から取り組んでおり、そこで培った経験とノウハウも大きな財産です。

日本の創作力を未来へつなぐ継続的な挑戦

ーーグローバル展開の現状と将来の構想を教えてください。

松井康子:
弊社の英語版サイトは、来年で15周年という大きな節目を迎えます。現在はアメリカやヨーロッパ、台湾など、世界各地で事業を展開しております。中でも、アメリカを中心とした英語圏のユーザーは非常に購入意欲が高いことが特徴です。海外市場全体では、違法な海賊版サイトが横行し、無料で読んでしまうユーザーが多い中、英語圏の一部では作品に対価を支払う土壌が育ちつつあり、確かな手応えを感じています。

今後は、自社で制作するオリジナル作品についても、当初から海外展開を視野に入れてつくっていく方針です。日本の漫画は、ヒーローものだけでなく、スポーツや日常の友情を描いたものなど、ジャンルの幅広さが魅力です。この多様性を武器に、さらに市場を広げていけると信じています。

ーー海外展開を進める上で課題視されていることは何でしょうか。

松井康子:
最大の課題は、韓国企業との競争です。韓国ではコンテンツ事業が国策として位置づけられており、政府や財閥から巨額の投資を受けています。そのため、採算を度外視した事業展開が可能なのです。

このままでは日本の持つ優れたコンテンツ力が、資本力の差によって埋もれてしまうという危機感を持っています。何とかこの状況を打開し、日本のコンテンツを世界に届け続けるためのビジネスモデルを構築していくこと。それが今まさに取り組むべき大きな課題です。

ーー最後に、読者へメッセージをお願いします。

松井康子:
電子書籍のパイオニアとして、「伝えたい想いを、届けたい人に届ける」という姿勢をこれからも貫いていきたいと考えています。時代の変化とともにデバイスや表現方法は変わっても、作品を通じて生まれる感動は普遍的なものです。日本国内だけでなく世界中のユーザーに向けて、便利でワクワクするような新しい体験を提供し続けられる存在を目指します。これからの弊社の挑戦に、ぜひご注目ください。

編集後記

数字や効率のみを追うのではなく、一つの作品が持つ面白さをいかに最大化して届けるか。松井氏の話から浮かび上がったのは、自社開発のシステムを駆使し、作品の細かなニュアンスを読者へ届けることに心血を注ぐ、職人気質な姿勢である。難関資格を持つ社員の存在に象徴されるような、作品への純粋な愛着こそが、巨大資本を背景とした海外勢との競争における最大の武器となるに違いない。技術が進化し、デバイスの形が変わろうとも、作り手の想いを世界中の読者へ届ける飽くなき挑戦は、これからも続いていくことだろう。

松井康子/新潟県出身。慶応義塾大学大学院修了後、1995年日本初の電子書籍販売事業を開始した株式会社パピレスに入社。WEB編集部から経営企画室業務執行取締役に就任。電子マンガのレンタル販売サイト「Renta!」を開始し、2010年株式公開後、2012年代表取締役社長に就任。海外子会社の経営にも携わる。2011年英語圏、2014年繁体字圏で直営サイトを開始し、2019年海外取次事業会社、アルド・エージェンシー・グローバル株式会社を設立。