
マニュアル作成・共有システム「Teachme Biz(ティーチミー・ビズ)」を軸に、販促実行管理支援などの多様なソリューションを展開し、企業の生産性向上を支援する株式会社スタディスト。画像や動画をベースにしたステップ構造のマニュアルは、作成の手軽さと更新の容易さで多くの支持を集め、国内外で2300社以上が導入している。同社を率いる鈴木悟史氏は、前職時代に直面した課題とリーマンショック後の社会への危機感を原動力に、活力ある社会の実現を目指して起業した。単なるツール提供に留まらず、労働人口減少という社会課題に「リーンオペレーション」という壮大な構想で挑む同氏に、事業の転換点と未来への展望を聞いた。
リーマンショック後の社会に活力を 前職での課題意識から生まれた起業への道
ーー社会人としてのキャリアのスタートと、当時のご経験についてお聞かせください。
鈴木悟史:
新卒で株式会社インクス(現・SOLIZE Holdings株式会社)に入社し、製造業向けのコンサルティング業務に従事しました。「テクノロジーを駆使して世の中に影響を与える仕事がしたい」という強い思いがあったからです。20代で億単位のプロジェクトを任され、経営者に直接提案するなど、非常に得がたい経験を積むことができました。
一方で、現場業務を通じて「マニュアルの課題」も痛感していました。WordやPowerPointで作られた手順書は、更新や差し替えの手間が膨大です。次第に形骸化し、棚に飾られるだけの「歴史書」となってしまっていました。その結果、現場は問い合わせ対応に追われ、本来の業務に集中できない。当時は専用ツールの構想までは至りませんでしたが、多くの企業が運用に深い課題を抱えていることを実感した原体験となりました。
ーーそこから起業に至った、直接的なきっかけは何だったのでしょうか。
鈴木悟史:
前職がリーマンショックの影響を受け、民事再生手続に入ったことが大きな転機です。かつての成長企業の活気は失われ、社内は重い空気に包まれていました。周囲のメンバーだけでなく、当時の社会全体から活力が失われているように感じました。
その状況を目の当たりにし、「もっと人々が生き生きと知的活動に取り組める、活力ある社会を創りたい」と強く願うようになりました。社内で新規事業を提案しましたが、再生計画中の状況では難しく、「それなら自分でやってみるか。死ぬわけではないし。」と起業を決意したのです。会社設立と同時に掲げた「知的活力みなぎる社会をつくるために」というビジョンは、今も変わらぬ私たちの指針です。
売るのではなく届ける カスタマーサクセス重視への転換点が成長の鍵
ーー主力製品である「Teachme Biz」は、どのように生まれたのですか。
鈴木悟史:
iPhone 3Gが日本で発売された初日に購入し、利用してみたのですが、「写真も撮れて文字も入力でき、インターネットにも常時つながる。この端末で業務のあり方を変えられるはずだ」と直感しました。そこから、ビジュアルをベースにしたマニュアルを端末一つで簡単に作成・共有できたら便利ではないか、というアイデアがひらめいたのです。
開発は自社で行うことにこだわりました。自分自身が最新のガジェット好きだったこともありますが、万が一事業がうまくいかなくても、社内に開発知識・経験が資産として残ると考えたからです。
ーー事業が拡大する中で、特に大きな転機となった出来事はありますか。
鈴木悟史:
転機はいくつかありますが、株式会社すかいらーくホールディングスへの導入による信頼性の向上と、地域金融機関が取引先支援を強化する流れに着目し、銀行との提携を推進したことは、特に大きなインパクトがありました。このアライアンス戦略によって、お客様の数は一気に拡大しました。
しかし一方で、当時は一時的に「月次解約率が上昇する」という深刻な壁にも直面しました。SaaS(※1)ビジネスとして看過できない数値です。原因は、私たちの意識が「売ること」に偏り、お客様の本質的な課題解決がおろそかになっていたことでした。ツールが活用されずに終わるケースが増え、このままではいけないと痛感しました。
(※1)SaaS:「Software as a Service」の略。ソフトウェアをPCなどにインストールして利用するのではなく、インターネット(クラウド)経由で必要な機能を利用するサービス形態のこと。
ーーその課題を乗り越えるために、具体的に何を変えられたのですか。
鈴木悟史:
「売るのではなく、お客様に価値を届ける」という考え方に大きく舵を切りました。そのために、私自身が部長となり「カスタマーサクセス」部門を立ち上げたのです。それまでは問い合わせに対応するカスタマーサポート的な役割でしたが、お客様が成果を出せるように能動的に支援する組織へと変えました。
導入計画を共につくり、活用が定着するまで伴走するオンボーディングの仕組みを整備した結果、解約率は劇的に改善しました。この経験は私にとって最大の学びであり、この転換がなければ今のスタディストはなかったかもしれません。
ーー他社サービスと比較した時の「Teachme Biz」の強みは何でしょうか。
鈴木悟史:
「Teachme Biz」において最もこだわっているのは「ステップ構造」です。手順は順番が命ですから、一つひとつの工程がステップとして明確に分かれていることが重要になります。動画マニュアルだと、見たい箇所を探すのに手間がかかったり、一部を修正するのに動画全体を編集し直したりする必要があり、メンテナンス性が低い。その点、ステップ構造なら更新も簡単です。
もう一つの強みは、国内外で2300社を超えるお客様から日々いただく豊富なフィードバックです。これを開発に活かすことで、どこよりも速いスピードで機能を進化させられることが、我々の競争力の源泉になっています。
労働人口減少に挑む リーンオペレーションで日本の未来を変える

ーー現在注力されている新たなサービスや取り組みについてお聞かせください。
鈴木悟史:
これまでの主力事業である「Teachme Biz」に加え、現在は企業のオペレーション全体を最適化する「リーンオペレーション(※2)」の実現に向けた多角的なソリューション展開に注力しています。
その一環として先日、現場の点検業務をデジタル化する「iCheckup!(アイチェックアップ)」をリリースしました。製造現場などでは、手順を教えた後の「正しく行われたか」という点検工程において、未だに膨大な紙のチェックシートが使われています。これをデジタル化することで、手戻りや設備の停止といったトラブルを未然に防ぐことが可能になります。
私たちが目指しているのは、業務プロセスの可視化から人材育成、さらにはAIによる自動化までを統合的に支援する「9つのステップ(ナインステップス)」の構築です。「iCheckup!」はこの全体構想における重要なピースの一つに過ぎません。労働人口が減少の一途をたどる日本において、あらゆる産業の無駄を削ぎ落とし、人々がより知的で付加価値の高い活動に集中できる社会を、一連のプロダクトを通じて実現していきたいと考えています。
(※2)リーンオペレーション:業務オペレーションから「ムリ・ムダ・ムラ」をなくし、最適なリソースで最大限の価値を生み出し続けること。単なる効率化にとどまらず、生み出された余力をより付加価値の高い領域に集中させることができる環境を作ることを目的とする。
多様な産業の裏側を知る スタディストで得られる唯一無二の成長機会
ーー今後の事業拡大について、どのような展望をお持ちでしょうか。
鈴木悟史:
現在のお客様は国内外で約2300社ですが、日本国内だけでもお役に立てる企業はまだまだ多く、伸びしろは非常に大きいと確信しています。国内では関西拠点に続き、地域の拠点展開を進め、地方のお客様との関係性を深めていきます。また、タイやベトナムなどのASEAN地域でも労働人口の減少が始まっており、海外での事業拡大も積極的に進めていきます。
ーー共に働きたいと考える人物像についてお聞かせください。
鈴木悟史:
自身の原体験として、「もっとこうだったらいいのに」という課題意識を常に持っている方に来ていただきたいですね。日本の労働人口減少といった大きな社会課題の解決に、ビジネスを通じて貢献したい方もきっと活躍できるはずです。
弊社では、多様な産業の現場に入り込み、課題解決の実行までお客様と伴走する経験が得られます。人間だからこそ提供できる価値ある仕事を通じて、ご自身のキャリアの可能性を大きく広げてほしいと思います。
編集後記
鈴木氏の話から一貫して感じられたのは、社会課題に対する強い当事者意識だ。リーマンショック後の閉塞感から生まれた起業。急成長の裏で直面した壁を、「顧客への価値提供」という原点回帰で乗り越えた経験。そして今、日本の未来を左右する労働人口減少という課題に「リーンオペレーション」という壮大な構想で挑んでいる。単なるSaaS企業ではなく、社会のOS(※3)をアップデートしようとする同社の挑戦は、多くのビジネスパーソンに勇気と希望を与えるだろう。
(※3)OS:「Operating System」の略。通常はコンピュータを動かすための基本ソフトウェアを指すが、ここでは社会や企業活動を根底から支える「仕組み」や「基盤」の比喩として用いられている。

鈴木悟史/明治大学大学院卒。株式会社インクスにて、3DCADの機能仕様検討業務や設計システムの開発に従事し、製品開発プロセス改革のプロジェクトリーダーを歴任。その後、同社パートナー職を経て、2010年2月インクスを退社。同年3月に株式会社スタディストを設立。