※本ページ内の情報は2026年1月時点のものです。

「イース」や「軌跡」シリーズなど、数々の名作RPGを世に送り出してきた日本ファルコム株式会社。従業員数70名弱という少数精鋭ながら、企画から開発、販売までをほぼ内製で完結させる独自のスタイルを貫いている。同社を率いる代表取締役社長の近藤季洋氏は、一介のファンから入社し、現在も現役のクリエイターとして開発の最前線に立つ経営者だ。同社が世界中のファンを魅了し続ける理由は何なのか。デビュー作「空の軌跡」の知られざる開発秘話や、組織の強さについて話を聞いた。

一人のファンから社長へ 経験を問わず挑戦させる現場主義

ーーまずは、貴社に入社された経緯をお聞かせください。

近藤季洋:
大学生の頃に自分で立ち上げた、日本ファルコムのファンサイトがきっかけでした。当時はまだインターネットの黎明期でしたが、そのサイトが創業者の目に留まり、「一度会社に来なさい」と声をかけていただいたのです。

私は経済学部の出身で、ゲーム制作の知識は全くありませんでした。しかし、入社後はサーバー管理から始まり、シナリオ作成、広報、販売と、あらゆる業務を経験しました。弊社には、経験がなくても「やりたい」という意欲があれば、「やってごらん」と背中を押す文化があります。私自身、入社当時は素人でしたが、現場で揉まれる中で適性を見いだしてもらいました。

その経験があるからこそ、現在も社長業の傍ら、シナリオライターとしてストーリー制作を行ったり、開発現場でプロジェクトの相談に乗ったりしています。現場の感覚を持ち続けることは、経営判断をする上でも不可欠だと考えています。

未完成品の批判を熱狂へ デビュー作「空の軌跡」の逆転劇

ーーこれまでのキャリアの中で、特に印象に残っているエピソードはありますか。

近藤季洋:
私のデビュー作となった「空の軌跡」での経験が、今でも強く心に残っています。この作品は弊社の人気タイトルである「軌跡」シリーズの第一作目なのですが、実はストーリーが半分の状態で発売されました。これは、開発開始から3年が経った頃に創業者から進捗を聞かれた際に、「半分です」と答えたところ、「半分でいいからもう出そう」という判断が下されたのです。

当時は「前編」と明示せずに発売してしまったため、お客様からは「物語が終わっていない」「未完成品だ」と厳しいお叱りを受けました。しかし、出してしまった以上は後戻りできません。次につなげるためにエンディング後に次回予告を入れるなど、必死に工夫を凝らしましたが、後編が出せなかったらどうしようというプレッシャーは相当なものでした。

ーーお客様からの反響はどのようなものだったのでしょうか。

近藤季洋:
その後、信頼を取り戻そうと必死の思いで後編をつくり込みました。そこからさらに2年を要しましたが、2作揃ってきちんと物語が完結したとき、お客様から「これはすごいタイトルだ」と、それまでとは全く異なる熱狂的な評価をいただくことができました。もしかすると創業者は、2作に分けてでも完結させたときの大きなインパクトまで見越していたのかもしれません。

この経験から、最初から完璧な条件が揃っていなくても、最後までやり遂げる覚悟と工夫があれば、お客様の心を動かせるのだと学びました。20年前の作品ですが、最近フルリメイク版を発表できたのも、当時の私たちが苦しみながらも「やるべきことをやる」ことにこだわった結果だと感じています。

日本の「作家性」を磨き、巨大資本に挑む世界的戦略

ーー競合他社と比較した、貴社の強みは何でしょうか。

近藤季洋:
あえて「素人」のスタンスを貫くことで生まれる「手作り感」が、私たちの最大の強みです。創業者はよく「うちは素人なんだ」と言っていました。これは、多くの大手企業が敷いている完全な分業体制とは異なり、特定の専門分野だけに固執するのではなく、全員が領域を超えて知恵を絞る組織だという意味です。

そのため、私たちは「専門家がいないからできない」とは考えません。「自分たちにできる範囲で、どうすれば最高のものに見せられるか」を徹底的に考え抜きます。たとえば、他社のような派手な映像がつくれなくても、一枚絵の演出を工夫することで、また違った感動を生み出すことができるのです。

また、社内には「時間をかけない、でも手は抜かない」という標語がありますが、これは納期を延ばさず、限られたリソースの中で品質に妥協しないという覚悟です。この泥臭い試行錯誤のプロセスこそが、他社の製品にはない独特の温かみを生み出し、お客様からの支持につながっているのだと思います。

ーー今後について、どのようなビジョンをお持ちですか。

近藤季洋:
私たちは、規模の大きさで勝負するのではなく、日本独特の「作家性」「独自性」を磨くことで世界と渡り合っていきたいと考えています。現在、ゲーム開発の規模は世界的に巨大化しており、資本力が問われる時代になりました。中国や韓国のメーカーなどは、私たちには太刀打ちできないほどの規模と資本を持っています。しかし、彼らが「日本のコンテンツにはかなわない」と口を揃える部分があるのです。それが「作家性」や「独自性」です。

組織全体で合理的につくることも大切ですが、個人のセンスや「どうしてもこれを作りたい」という尖った思いが込められた作品には、独特の魅力が宿ります。この強みを最大限に活かして挑戦し続けることが、私たちのこれからの戦略です。

ーー「作家性」を生み出し続けるために、どのような組織を目指しているのでしょうか。

近藤季洋:
効率を求めてシステム化された分業体制を敷けば、たしかに失敗は減りますが、どうしても画一的なものになりがちです。だからこそ弊社は、個人のこだわりや、いわゆる「属人性」をあえて大切にしています。もちろん、個人の感性がぶつかり合う現場では活発な議論が起こりますし、非効率な面もあります。しかし、それを避けてシステム化してしまえば、私たちの良さは消えてしまうでしょう。

「ものづくりが好き」という人間が集まり、泥臭く工夫を凝らしてつくった作品の「熱」こそが、ファンの心に届くと信じています。「永遠の素人」として、手づくりの面白さを追求し続ける会社でありたいです。

編集後記

近藤氏の姿勢からは、経営者としての俯瞰的な視点と、ものづくりに懸ける純粋な情熱が伝わってきた。効率化が進む時代に、あえて専門分野に固執しない「素人」のスタンスを貫くことで、独自の「手作り感」を生み出し、強みとしている。規模や資本力に頼らず、知恵と工夫で世界に挑むその戦略は、唯一無二だ。この組織の泥臭くも熱量の高い挑戦は、これからも多くの人の心を打ち続けるだろう。

近藤季洋/1975年愛知県生まれ。1998年同志社大学経済学部を卒業後、日本ファルコム株式会社に入社。制作企画委員会部長、取締役制作企画委員会部長を経て、2007年に同社代表取締役社長に就任。現在もプロデューサー、ディレクターとして、開発現場で自らゲーム制作の陣頭指揮を執っている。