
木質資源の有効活用から事業を始め、サステナブルな素材開発を強みに成長を続けるDAIKEN株式会社。同社は住宅建材のみならず、公共施設や産業資材など幅広い領域で社会を支えている。若手時代から営業一筋でキャリアを重ね、社長へと就任した億田正則氏。その経歴の中で培われた経営信念、素材メーカーとしての揺るぎない強み、そして長期ビジョンが示す未来像について、話を聞いた。
現場で学んだ「あるべき姿」と経営者の姿勢
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
億田正則:
実家が家具製造業を営んでおり、長男としていずれは継ぐのだろうと考えていました。ただ、一度は外の世界で社会経験を積むべきだと考え、1974年に弊社へ入社しました。建材業界は、大手企業がシェアを競い合う環境にあり、現在では業界のリーディングカンパニーを自負する弊社ですが、当時は状況が違っていました。「同じ業界に行くなら、二番手の会社に入り、1番を目指せる環境で働きたい」という思いがあったことが、入社を決めた理由の一つです。
入社後は営業職に配属されたのですが、当時は知識も経験もありません。そこで、まずは自分という人間を信頼してもらおうと考え、朝7時に得意先へ出向いて掃除を手伝うなど、泥臭く人間関係を築くことから始めました。
転機となったのは、入社して10年ほど経った頃です。弊社が手がけるクローゼットなどの「造り付け家具」が普及していく様子を見て、家業でつくっていた「置き家具」の需要は先細りすると直感しました。そこで父に「この商売は今後厳しくなるかもしれない」と率直に伝え、1年かけて説得した末に、父は家業を黒字解散するという決断をしてくれました。これによって、私自身も戻る場所がなくなり、弊社で営業一筋に生きていく覚悟を決めました。
ーー社長就任までに経験した、印象的なエピソードがあれば教えていただけますか。
億田正則:
57歳までは一般社員として営業の仕事に没頭していたのですが、当時の社内には、販売会社に対して月末に多くの売上を立てる慣習がありました。私はその慣習に疑問を抱き、「お客様が必要な時に、必要なものを使っていただくのがメーカーのあるべき姿だ」と、上司に対して訴え続けていました。
そのため、当時の経営層と考えが合わず衝突することもあり、決して順風満帆なキャリアではありませんでした。しかし、主流から外れた場所で泥臭く現場を回った経験が、結果として特定の業務に限らず、幅広い領域の仕事を深く知る貴重な機会となりました。その後、57歳の時に役員に抜擢されてからは、統括部長、執行役員を経て社長に就任しました。遠回りをしたようですが、現場で健全な商売のあり方が浸透していく過程を肌で感じられたことは、大きな財産です。
ーー経営者として大切にされている考えをお聞かせください。
億田正則:
「人に学び、仕事に学ぶ」という姿勢を大切にしています。社内外を問わず、新しいものは人との対話から生まれると考えています。また、滋賀県出身なのもあり、近江商人の商売の哲学である「三方よし」の精神も根付いています。自分たちだけでなく、取引先や社会全体も良くなる形で事業を進めることが、企業としてあるべき姿だと考えています。
未利用資源を活かす素材開発の歴史と優位性

ーー貴社の事業内容と強みについて教えてください。
億田正則:
弊社の事業は、未利用資源などを活用する「素材」、その素材を活かした「建材」、そして建材を使った空間をつくる「エンジニアリング」という3つの領域で成り立っています。
特に、「素材」に大きな強みを持っており、現在は国内だけでなく海外にも展開中です。成長が見込まれるアメリカ市場を中心にさらなる拡大を計画しており、北米の新工場では、新たな木質ボードの発売も予定しています。これを足掛かりにグローバルでの存在感をさらに高めていく考えです。
ーー「素材」の強みとは、具体的にどのようなものでしょうか。
億田正則:
弊社の歴史は、サステナブルな素材開発の歴史そのものです。1958年に岡山県で、木材の製材時に出る端材をチップ化したあと、繊維状にまでほぐし、「インシュレーションボード」という建材に変える事業を始めました。これまで廃材として燃やされていた木材を、燃やさず、繊維板に変えてマテリアルリサイクル(※)するこの取り組みは、CO2を炭素として木の中(建材)に留めて固定することになります。今でいうサステナブルな活動の先駆けでした。
その後も、鉄鋼製造時の副産物であるロックウールを原材料とする天井材「ダイロートン」や、ロックウールと火山灰を原材料とする不燃建材「ダイライト」を生み出すなど、未利用資源を有効活用する技術を磨き続けてきました。
(※)マテリアルリサイクル:廃棄物を燃やすのではなく、素材(マテリアル)として用いることで、新しい製品の原料に再利用する方法。
ーー住宅市場の変化には、どのように対応されてきたのでしょうか。
億田正則:
私が入社した頃に年間約190万戸あった新設住宅着工戸数は、現在では半分以下にまで減少しています。こうした市場の変化は予測できていたため、早くから住宅以外の領域へ事業を広げてきました。ビルや公共施設などの非住宅分野や海外市場への進出など、多様なポートフォリオを構築したことが、現在の安定した事業基盤につながっています。
「モノ」から「コト」へビジネスモデルの刷新
ーー社長に就任後、どのようなことに取り組まれましたか。
億田正則:
まず着手したのは、会社の進むべき方向性を明確にすることです。社長就任翌年の2015年に、10年後の2025年を目指した長期ビジョン「GP25」を策定しました。これまでの「住宅用建材のメーカー」という姿から、国内の住宅市場にとどまらず、非住宅分野や海外にも積極的に展開する「建築資材の総合企業」へと成長し、輝くことを、ありたい姿・企業像として掲げました。
そして、創立80周年となる2025年には、次期長期ビジョン「TryAngle 2035」を策定しました。「GP25」で目指した「建築資材の総合企業」という姿を引き継ぎつつ、「TryAngle 2035」では「サステナブル(環境)」と「ウェルビーイング(快適)」を強みとした事業展開を進め、「ずっと ここちいいね」を実現する企業を目指すことを示しました。
現在は、「ずっと ここちいいね」をコーポレートメッセージとして掲げ、五感に訴える空間提案を行っています。単に建材という「モノ」を売るのではなく、快適な空間という「コト」を提供するビジネスモデルへの転換を図っているところです。
ーー昨年、社名を変更されたのはどのような背景があったのですか。
億田正則:
創立80周年という節目を迎え、会社が大きく変わるという意思を明確に示す必要があったからです。具体的には、先ほどお話しした「モノ売り」から「コト売り」への事業転換を、社内外へ宣言したいと考えました。また、海外展開を加速させるという背景もあります。アルファベット表記に刷新することで、グローバル市場での認知度をより一層高めていく狙いです。
多様な働き方を可能にする新人事制度の導入
ーー人材育成において、どのような取り組みを進めていますか。
億田正則:
2026年4月から新しい人事制度を導入します。これは経営戦略の一環である「人的資本経営」のさらなる加速として、自ら学び、考え、挑戦し、成果を出していく「自律型人財」と、海外・技術・営業・DXなどのスキルを持った「戦略的人財」を確保・育成することが目的です。ジョブローテーションの活性化、昇格・評価・報酬制度の見直しのほか、キャリアコースとして、転勤の有無の選択や、特定分野を極めるコースなども新設します。これにより、社員一人ひとりの生活環境やキャリアプランに応じた多様な働き方を可能にします。教育面でも、自律的・挑戦的な人材の成長を会社として応援する各種研修を用意しています。
ーー最後に、今後の事業に対する意気込みをお聞かせください。
億田正則:
「衣食住」の中でも、「住」は家庭や仕事、遊びの場ともなり、人の暮らしにおいて非常に重要な要素です。私たちはこれからも、この「住」における「心地よさ」を追求し続けていきます。
そのためには、まだ見ぬ新しい価値を一緒に見出し、挑戦してくれる仲間の存在が欠かせません。入社時点での特別なスキルは求めていません。スキルは誰もが潜在的に持っているものですから、それを引き出すのが会社の役目だと考えています。明るく前向きな気持ちを持った方と、共に未来を創っていけることを大いに期待しています。
編集後記
営業一筋でキャリアを重ね、常に現場の視点で健全な商売のあり方を追求してきた億田氏。その姿勢は、未利用資源の活用という創業の精神から続く、環境配慮型の事業展開と深く結びついている。「モノ売り」から「コト売りへ」という変革の旗印のもと、社員の挑戦を促す組織づくりにも力を注ぐ。素材の強みを活かし、人が「ずっと ここちいいね」と感じられる空間をいかに創造していくのか。事業を革新し続ける企業の動向に今後も注目したい。

億田正則/1950年4月25日生まれ、滋賀県出身。1974年に大建工業株式会社(現・DAIKEN株式会社)に入社。建材営業、畳材営業などを担当し、2008年に同社取締役 上席執行役員、2014年に代表取締役社長に就任。2024年には現職の代表取締役 社長執行役員 CEOとなる。