
飲食店運営を主軸とし、飲食店の経営コンサルティングやブライダル事業の受託なども手がける株式会社ブロスダイニング。同社を率いる代表取締役社長の鈴木一生氏は、名門「なだ万」でキャリアをスタートさせた生粋の料理人である。料理長、営業本部長を経て経営者となった鈴木氏に、職人としての視点と経営者としての視点の違い、そして「気持ちよく働ける環境」を追求する組織づくりについて話を聞いた。
「なだ万」修業時代に培われた料理人としての原点
ーーこれまでのご経歴について教えてください。
鈴木一生:
父の幼馴染が辻調理師学校の先生だった縁もあり、自然と料理に興味を持ったのが料理人を目指したきっかけです。もともと偏食だったため、自分で料理をつくっていましたし、勉強が得意ではなかったというのも理由の一つです。
学校では一年目は幅広く学び、進級時に和食や洋食などの専攻を選んでいく形でした。ただ、学生時代、本気で料理の勉強をしていたかというとそうではありませんでした。私にとっては、むしろ卒業後に「なだ万」に入社できたことの方が大きかったと思います。
ーー「なだ万」ではどのような経験をされましたか。
鈴木一生:
私が入社した頃は、まだ修行が厳しい時代でした。新入社員は15人ほどいましたが、最初はキッチンにさえ入れず、ひたすら雑用をこなす毎日だったのです。ご飯を炊いたり、料理を温める器を準備したりすることが中心の下積みから始まり、徐々にステップアップしていきました。
国内では大阪の店舗も経験し、海外では香港で働いた経験もあります。当時私は海外旅行の経験がなく、正直、乗り気ではありませんでした。しかし、日本とは全く違う世界観に触れることができ、結果的には行ってよかったと思っています。
たとえば、当時の香港では、日本人と地元スタッフの働き方に対する考え方に大きな違いがありました。日本人は勤務時間が過ぎても終わっていなければ残って片付けをする一方、地元スタッフは時間になればすぐに仕事を終えて帰宅する。そうした文化の違いを目の当たりにし、視野が大きく広がりました。
資金枯渇の現実が育んだ経営者としての視座
ーー経営者としての視点はいつ頃養われたのでしょうか。
鈴木一生:
経営者としての考え方の原点という意味では、株式会社ノバレーゼに入社する前の27歳頃の独立経験が非常に大きいです。当時、「料理の鉄人」でも知られる中村孝明氏の独立に伴い、先輩と2人で立ち上げから経営陣として参加させていただきました。
休みなく働いても店舗の利益は思うように出ず、立ち上げ当初は師である中村孝明氏の料理イベント等の収益に大きく頼っていた状況でした。店舗の運営を任せられている一人として、「今のままではいけない」と強く痛感したのです。
当時は売上があっても、会社の資金繰りという点では知識が不足していました。売上を上げることと、会社を維持・成長させるために利益を管理することは別次元のスキルだと、この時痛感しました。経営とは、お金がなければ何もできません。
この経験を通じて、自分の好きな料理をつくって自己満足に浸るのと、会社として利益を生み出し、組織を維持していくのは全く違うと痛感しました。素晴らしい料理がつくれても、いざ自分で店を持つと立ち行かなくなる人は少なくありません。会社を立ち上げたならば、単に料理の腕を磨くだけでなく、経営者として利益を生み出し、会社を持続させるという現実と向き合う必要があるのです。
ーーノバレーゼに入社された背景を教えてください。
鈴木一生:
香港から帰国した後、師である中村孝明氏の独立に伴い、10年間、役員として経営を勉強させていただきました。その後、次のキャリアを考えていた時、ある紹介会社を通じて転職の相談をしたところ、紹介されたのがノバレーゼでした。面接で自分の思いを率直に話したところ、当時の役員が「面白い」と興味を持ってくれ、それが縁で入社することになりました。
ーーノバレーゼから分社化されましたが、どのような体制を構築されましたか。
鈴木一生:
弊社はもともとはノバレーゼのレストラン事業部でしたが、別会社として分社化することになりました。ノバレーゼは何十年もかけて大きな会社になりましたが、設立したばかりの弊社が、その大きな会社の制度や仕組みをそのまま導入しようとしたら、経営を維持することは困難になってしまいます。そのため、分社化のタイミングで、それまでの制度を一度すべてリセットしました。
具体的には、福利厚生の仕組みは大企業のものをそのまま適用することはできません。まずは自分たちで地盤を固め、しっかりと利益を出していく。その上で、会社の成長に合わせて新しい制度をつくっていこうと考えました。インセンティブ制度も、ノバレーゼとは変え、年間利益を一部分配する形を昨年から始めています。
未完成だからこそ面白い 仲間と創る未来の組織

ーー会社として大事にされていることは何でしょうか。
鈴木一生:
やはり、働く環境が一番だと考えており、そのために無駄な働き方はなくしたいと考えています。たとえば、勤務時間が決まっていても、やることが終わっているのに時間を潰すために漫然と会社に残る必要はなく、早く終わったなら早く帰る。その分の時間が無駄だと感じるからです。
もちろん、まだ完全にできているわけではありません。正直なところ、分社化したばかりということもあり、本社機能をはじめ、まだまだ煩雑な部分は多く、福利厚生なども含めてこれから一つひとつ整えていかなければならないことばかりです。そうした体制を整備することも含めて、社員が気持ちよく働ける環境を追求していきたいと考えています。
ーー今後の展望や、求める人物像をお聞かせいただけますか。
鈴木一生:
求める人物像としては、何もないところから、一緒に会社を創っていきたいという人が一番合うのではないでしょうか。大企業はすでに全ての仕組みが決まっていて、その枠の中で働くことになります。しかし、弊社はゼロからつくっている段階です。これは会社もレストランも同じで、すでに10年続いているような店舗は、グラスの置き場所から鍋の配置まで決まっています。でもゼロからつくるなら、それを全部自分で決めていける。会社と一緒に自分も成長していく過程を楽しいと思える人、しんどくてもそれが自分の力になると信じられる人が、弊社にはマッチすると思います。
また、今後はこうした仲間たちと一緒に会社を大きくしていきたいです。そして、今の社員の中から役員を育てていきたいと考えています。今はまだ生え抜きの役員がいない状態なので、次の世代が活躍できる場をつくっていくことが目標です。
編集後記
料理人として道を極め、経営者として新たな挑戦を続ける鈴木氏。その言葉は、職人としてのプライドと、経営者としてのシビアな現実認識に裏打ちされていた。「自己満足では会社は続かない」という言葉は、理想と現実の狭間で戦う全てのビジネスパーソンに響くに違いない。同社は、まだ成長途上の若い会社だ。しかし、「ゼロから創る」という困難な道を選び、それを楽しもうという情熱こそが、同社を未来へ推し進める最大の原動力なのだろう。

鈴木一生/1972年大阪生まれ。辻調理師学校卒業後、株式会社なだ万に就職し、料理の道をスタート。香港駐在を経て、株式会社中村孝明の「中村孝明 ARIAKE」の立ち上げに参加、ARIAKE店副料理長、横浜店料理長を経て、取締役総料理長に就任。株式会社ノバレーゼに招かれ、広島の老舗料亭「三瀧荘」料理長を経て、執行役員営業本部副本部長 兼 統括総料理長取締役に就任。2018年、同社より分社創業した株式会社ブロスダイニングの代表取締役社長を兼任。