
食肉製品の業務用製造を主軸に、とんかつやハンバーグなどを大手飲食店チェーンに供給するショウエイフーズ株式会社。自動化が進む業界において、あえて「手仕事」の工程を残すことで顧客の細かな要望に応え、高い付加価値を生み出す独自の地位を確立している。同社を率いるのは、板前として10年以上のキャリアを積んだ後、30歳で家業を継いだ山田至亮氏。個人商店から企業への変革、社員が誇りを持てる自社ブランドの展開など、独自の取り組みを進める山田氏に、その経営観と未来への展望について話を伺った。
30歳で料理人の道から家業承継へ
ーー家業を継ぐ決意に至った経緯についておうかがいできますか。
山田至亮:
父は創業者として弊社を経営していましたが、私は家業を継ぐことはあまり考えていませんでした。しかし、子どもの頃から料理には興味があり、特に寿司職人に憧れを抱いていました。加えて、勉強よりも手を動かすことのほうが向いていると感じ、19歳から板前として割烹や寿司店などで働きました。
そして、飲食の世界で働くうちに「いつか自分でも飲食店を開きたい」という思いが強くなりました。しかし、個人で一から開業するのは、資金や労力など大変なことが多いと考えました。そこで、父の会社が食品製造の基盤を持っているのだから、そこを活かして事業として展開したほうが、より大きな挑戦ができ、会社としても成長できると考えたのです。中途半端な気持ちを断ち切るためにも、30歳という節目に家業に戻る決意をしました。
「個人商店」から「企業」への変革

ーー入社してから社長就任まで、どのように経験を積まれたのかお聞かせいただけますか。
山田至亮:
入社してから約10年間は、営業も製造も現場の仕事を一通り経験し、会社で多岐にわたる業務を学びました。当時、周りの同世代の経営者が代替わりしていくのを見て、自分も早く経営を担いたいという思いを抱きました。
しかし、当時は社長業の本当の厳しさを知らず、父の仕事の表面だけを見て「自分にもできる」と浅い考えで突っ走ったのが正直な気持ちです。実際にやってみると、見ているのとは大違いで、すぐに壁にぶつかりました。責任の重さを痛感し、父が堅実に事業を拡大してきたことの重みを思い知らされました。
ーー社長就任後、どのような組織づくりに取り組まれたのでしょうか。
山田至亮:
父の代は、社長が中心となってすべてを采配する「個人商店」のスタイルでした。私はそれを「組織的な企業」へと変革したいと考え、まずは積極的にキャリア採用を進めることにしました。会社を大きくするためには、自分と同じ熱量を持ってくれる仲間を増やしていくことが必要だと考えたのです。そして、社長がすべてをやるのではなく、それぞれに役割がある仕組みづくりに努めました。
「手仕事」が生むプロの取引先との確固たる信頼

ーー貴社の事業内容と、大手メーカーとの差別化ポイントについてお聞かせください。
山田至亮:
基本は、業務用の食肉製品の製造業です。とんかつ、チキンカツ、ミンチカツ、ハンバーグといった加工品や、スライスなどのお肉(テーブルミート)を飲食店などのお客様に納めています。
弊社の強みは、大手メーカーさんの多くが自動化されている中で、あえて重要なところで必ず「手」が入る体制をとっていることです。たとえば、うどん屋さんから「このカツ丼の器にぴったり合うカツがほしい」という要望があれば、お肉の厚みを変えたり、筋切りや整形の技術で形を整えたりして、お客様の要望に合わせた商品をつくります。
ーー「手仕事」にこだわるのはなぜですか。
山田至亮:
「手仕事」は、以前は「大量生産できない」「手間がかかる」という弱点だと考えていました。しかし、考え方を変え、安さを求められる先ではなく、こだわったものがほしい飲食店に絞って営業するようにしました。すると、「10円高くてもいいもの」を求めるお客様に選んでいただけるようになったのです。
誇りを持てる「仕事」への転換
ーー製造業の現場で大切にしている考え方はありますか。
山田至亮:
社員には「作業ではなく仕事をしてほしい」と伝えています。「作業」は生活のためのルーティンになりがちですが、「仕事」をすれば充実感ややりがい、この会社で働く意義が持てるはずです。私たちは一日何万個も商品をつくりますが、それを食べるお客様にとっては、その一個がすべてです。「何万個のうちの一つだから」ではなく、すべてに気持ちを込めてほしい。私たちは、人を幸せにする、喜ばれるものをつくっている。そう考えるだけで、同じことをしていても「仕事」の意味合いはまったく変わってくるのです。
個人向けの自社ブランド展開については、もともと持っていた「自分のお店を持ちたい」という夢の実現でもありますが、同時に、現場で働く仲間たちへの思いもあります。食品工場で日々同じ作業を繰り返していると、自分たちの仕事の価値をなかなか感じられません。自分たちのブランドで直接商品を売り、お客様から「おいしかった」という反応をいただくことで、働くモチベーションにもつながると考えました。
ーー商品力やこだわりについて、具体的にお聞かせいただけますか。
山田至亮:
「手仕事」にこだわってつくる商品ですから、味には自信があります。「商品が営業してくれる」と考えているため、あまり積極的に営業をしていません。まずは食べてもらう。そうすれば商品の良さが伝わり、ファンになっていただけると信じています。
お客様のことを思って手間をかければ、利益を出すのは下手になるかもしれません。ですが、それをやり続けることで、じわじわと信頼がついてくると最近は思えるようになりました。
熱量をつなぐ未来の組織像

ーー今後の体制づくりについて、どのようにお考えですか。
山田至亮:
今後は営業部門の強化もテーマですが、外部から営業マンを雇うのではなく、社内の製造現場の人間を営業に登用したいと考えています。弊社の商品のことを一番理解しているのは、現場で製造している人間です。大好きで誇りを持っている商品を売るのが一番伝わると信じています。
将来的な事業承継については、私は世襲でしたが、次の世代は会社の中から適任者を登用する方針です。会社にとって一番合う社員に継いでもらう。そのために今、人材育成に力を入れています。
ーー最終的に目指す会社の姿についてお聞かせください。
山田至亮:
最終的に、弊社で働いてくれている社員が、自分の子どもたちに「お父さん(お母さん)は、こんなすごい会社で働いているんだ」と自慢できる会社にしたいです。
父は一人で頑張ってきましたが、私は仲間を増やし、その仲間たちが皆、同じ熱量で会社のことを思い、自分の人生を豊かにしたいと思ってくれれば、会社はさらに大きくなれるはずです。日々、会社に来るのが楽しみになるような、充実感を持って「仕事」ができる。そんな集団でありたいです。
編集後記
板前時代の経験と家業の基盤を融合させ、独自の強みを確立した山田氏。その根底にあるのは商品への絶対的な自信と働く仲間への深い思いだ。弱みを価値に変え、ルーティンになりがちな作業に「誇り」という名の魂を吹き込む。これこそが、手仕事による高付加価値戦略を確立した同社の姿である。社員が自社の商品と仕事を愛し、次の世代へとその熱量を伝えていく。同社の堅実な成長は、これからも続いていくに違いない。

山田至亮/1971年大阪府生まれ。19歳から30歳まで大阪で板前として働き、2001年にショウエイフーズ株式会社に入社。2010年に同社代表取締役に就任。新規事業、お弁当屋、通販を立ち上げる。