※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

大手メーカーのパートナーとしてシステム開発を手がけ、1983年の創業以来、IT業界で確かな信頼を築いてきた「世界に0をONする株式会社」。同社は近年、社員有志による「漫才部(通称:えんまん企画)」の設立や、社員自らが給与を決める「オーナーシップ制度」など、ユニークかつ革新的な組織文化で注目を集めている。事業領域も中小企業のDX支援や地方創生へと拡大中だ。コピーライター、カメラマンという経歴を経て同社を率いるのが、代表取締役の松井佑介氏である。幾多の挫折と葛藤の末にたどり着いた「自分の人生は自分で決める」という信念。その情熱はいかにして生まれ、会社を変革しているのか。松井氏の軌跡と未来へのビジョンに迫る。

「自分の人生、自分で決めてますか?」コピーライターからIT企業社長へ

ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。

松井佑介:
大学時代、世の中にどのような仕事があるかを全く知らず、ただ漠然と「文章を書きたい」という思いから広告業界に興味を持ちました。学生時代にコピーライターのアルバイトを始め、業務委託のような形でキャッチコピーを考える日々を送っていました。その経験から、卒業後も広告制作会社へ就職したのが私のキャリアの原点です。

ーーそこから、なぜIT業界へと進まれたのでしょうか。

松井佑介:
就職した会社は、クライアントも社風も非常に堅実でした。自分が書いた文章には毎回真っ赤な修正が入り、次第に「自分は人の下書きをしているだけではないか」と感じるようになったのです。やりがいを見いだせず、上司に相談しても状況は変わらず……結局、広告業界を離れました。その後、知人の紹介でカメラマンに転身しましたが、それも4年ほどで挫折してしまいます。一度クリエイティブな仕事から離れようと、体力勝負の配送アルバイトをしていた時、父から声がかかりました。それが「世界に0をONする株式会社」です。実は、父が創業メンバーの一人であることや、会社がIT企業であることも、その時に初めて知りました。

ーーキャリアにおける最大のターニングポイントについてお聞かせください。

松井佑介:
ある時受けたコーチングで、「松井さんは、今まで自分の人生を自分で決めてこなかったのではないですか?」と指摘されたことです。その言葉に頭を殴られたような衝撃を受けました。思い返せば、進路も就職も、どこか親や周囲の意見に流されていた。父の会社に入ったのも「呼ばれたから」であり、自分で決断したようでいて、実は決めていなかったのです。その事実に気づき、その場で人目もはばからず号泣しました。しかし、底まで落ち込んだおかげで、翌日から劇的に変わることができました。「これからの人生は、すべて自分で決める」。そう固く心に誓った瞬間でした。

社長になるために起こした行動とは 「直談判」と「背水の陣」

ーーご自身の意識が変わった後、社内での行動はどのように変化しましたか。

松井佑介:
「何でもやる」と腹を括り、管理部門から自ら志願して営業職へ出ました。現場に出ることで、社員がどんな課題に直面しているかがリアルに見えてきたのです。当時はメーカーからの下請け業務が100%で、理不尽な条件をのまされることも少なくありませんでした。そこで私が交渉の矢面に立ち、断固として戦うことで社員を守ることに徹しました。その頃だったかもしれません。社内で私を応援してくれる社員が増え始めたのは。

ーー社長に就任されるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

松井佑介:
会社を良くしたいというビジョンはあるのに、「自分は社長じゃないから」と言い訳にするのが嫌でした。そこで当時の社長に「社長をやらせてください」と直談判したのです。社長は賛成してくれましたが、会長である父が猛反対し、話は一度白紙に戻りました。自分の本気度が伝わっていないと反省し、最終手段として、信頼する若手社員たちに「一緒に会社を辞めてくれないか」と頭を下げました。いわば背水の陣で会社に辞意を伝えたところ、ようやく父も私の覚悟を認め、真剣に話を聞いてくれたのです。そうして2020年、正式に社長就任が決定しました。

漫才部と「オーナーシップ制度」が育む 独自の組織文化

ーー貴社独自の取り組みや制度についてお聞かせください。

松井佑介:
私の原体験である「自分の人生は自分で決める」を具現化したのが「オーナーシップ制度」です。日本では「ジョブ型雇用」への移行が議論されていますが、欧米とは文化の違う日本企業にそのまま導入することには違和感がありました。従来のメンバーシップ型から脱却するなら、次は「オーナーシップ型」であるべきだと考えたのです。

具体的には、社員が自身の貢献内容と希望年収を年に2回自己申告し、給与を決める仕組みです。導入当初は戸惑いもありましたが、今では特に若手・中堅層がこの制度を活用し、これまで言えなかったチャレンジやキャリアプランを宣言するようになりました。社員の主体性が確実に育っています。

ーー制度の刷新以外に、組織の活性化や人材育成において独自に取り組まれていることはありますか。

松井佑介:
実は社内活動として「漫才部(通称:えんまん企画)」を設立し、力を入れています。現在は社内外から10名ほどが参加し、本気でネタを書いて演じているんです。単なるレクリエーションではなく、漫才は「伝える力」と「その場の空気を作る力」が問われる究極のトレーニングだと捉えています。この活動を通じて社員のコミュニケーション能力や言語化能力が飛躍的に高まり、それがビジネスの現場でも大きな武器になっています。漫才がきっかけで仕事の受注につながることもありますし、最近では日本経済新聞社が主催する学生お笑いイベントからスポンサー依頼をいただくなど、対外的な認知拡大にも貢献しています。

「地方×中小企業×IT」で描く日本の未来

ーー貴社が大切にされている、企業理念について教えてください。

松井佑介:
私たちは「世界に0をONする会社」というスローガンを掲げています。実はこれ、「ゼロをオンする」という、私が入社当初に考えた言葉がベースになっているんです。たとえば100万円の仕事でも、そこに1000万円の価値、つまり桁を一つ増やすような(ゼロをオンする)価値を提供する気概を持とう、という意味でした。ただ、この言葉の持つ意味はそれだけではありません。「0(ゼロ)」には「原点」「無限の可能性」「和(輪)」など多様な意味があります。社員一人ひとりが「自分にとってのゼロをオンするとは何か」を問い続けることこそが、会社の未来を創ると信じています。

ーー今後の事業展開と、3年から5年後のビジョンを教えてください。

松井佑介:
AIの進化により、ITはもはや特別な技術ではなく、課題解決のための当たり前の「手段」となりました。今後はIT技術そのものを売るのではなく、顧客の根本的な課題に寄り添い、私たちならではの解決策を提案できる企業へと進化していきます。その主戦場が「地方創生」です。地方にはまだ光の当たっていない魅力や課題が多く眠っています。それらを、私たちのような中小企業がITの力で解決していく。そんな未来を描いています。

ーー最後に、キャリアを考える若者や経営者へのメッセージをお願いします。

松井佑介:
これからの日本で一番面白いことが起きる場所、それは間違いなく「地方」です。そして、その主役は「中小企業」です。「地方×中小企業×IT」。この掛け算にこそ、日本の未来を切り拓く大きな可能性があります。私たちはこの領域で挑戦し、中小企業でもしっかり稼ぎ、社会に大きな価値を提供できることを証明していきます。この考えに少しでもワクワクした方は、ぜひ私たちのような会社に目を向けてみてください。

編集後記

取材を通じて強く感じたのは、松井氏の言葉の端々に宿る「覚悟」の熱量だ。過去の受動的な自分と決別し、主体的であることを選び取ったその姿勢こそが、組織に熱狂を生み出す原動力となっている。漫才や独自制度といった手法は、あくまでその発露に過ぎない。地方から日本を変えるという「0をONする」挑戦は、私たちに「仕事とは、人生とは何か」という根源的な問いを投げかけているようだ。

松井佑介/1977年大阪生まれ、大学卒業後、コピーライター、カメラマンという職歴を経て現職に入社。2020年に代表取締役に就任。企業理念を刷新し、地方拠点を4つ設ける。「世界に0をONする会社」をスローガンに中小企業のソーシャル・イノベーション(社会課題の解決と自社の経営革新を統合)を実践している。