
glafit株式会社は、次世代の電動モビリティ開発と、その社会実装に向けた法改正への働きかけに一貫して取り組んでいるベンチャー企業である。同社は規制のサンドボックス制度を活用し、電動バイクと自転車の切り替えを可能にするなど、業界の新たな基準を創出してきた。その原動力は、代表取締役CEOである鳴海禎造氏の「好きを追求した結果、誰かの役に立つ」という思いにある。弟子入りした経営者から学んだ100年ビジョンを胸に、同社がどう未来を切り拓くのか、話を聞いた。
「好き」の追求が導いた起業家精神の原点
ーー社長が経営を意識し始めたきっかけを教えてください。
鳴海禎造:
学生時代、純粋に服や車などの欲しいものを手に入れたいという思いがはじまりでした。当時、私が通っていた学校はアルバイトが禁止されていましたが、お金を増やす手段として自分で「商売」を始めることにしたのです。
ーー具体的にはどのようなビジネスから始められたのですか。
鳴海禎造:
当時は服に興味があり、入手困難な限定品を手に入れるために、前日の夜中から並んだり、年始の福袋を買ったりしました。ただ、買って自分で使ったらそれで終わりで、次に買うためのお金がありません。そこで、手に入れたものを一度売ることでお金を増やし、「自分用」と「売る用」で2つ以上買うということを行っていました。お金を稼ぐこと自体も楽しかったですが、それ以上に「欲しいものが手に入る」ことが嬉しかったのを覚えています。
ーーその後は、どのようなキャリアを歩まれたのですか。
鳴海禎造:
学生時代の延長で車の修理販売を始め、そこを皮切りに今度は海外向けに車の輸出も手がけました。さらには、オリジナルの自動車用品を海外で製造して日本で販売するようにもなり、そこまでの事業展開で、会社も3つほどに分かれていったのです。

ーー貴社を創業したきっかけをおうかがいできますか。
鳴海禎造:
自動車用品を扱う事業を展開する中で、次第に「車そのものをつくりたい」という思いが強くなっていきました。そんな中、2011年に株式会社フォーバルの創業者である大久保秀夫氏に弟子入りしたことが転機となったのです。そこで学んだことが、弊社の原点になっています。
彼はかつて、孫正義氏と共に事業を立ち上げた方です。彼から3年かけて、「100年かけてどういう会社を築くのか」という思考法を徹底的に叩き込まれました。具体的には、事業を社会性・独自性・経済性の順番で考えるというものです。この教えを突き詰めていった結果、行き着いたのが「自分たちの乗り物をつくる」ということでした。
弊社の「glafit」というブランド名も、その経営塾の中で生まれました。「glafit」は、「Glad(うれしい)」と「Fit(適合する)」という英単語を組み合わせた造語です。「Glad」は、単なる喜びというより「Happy(幸せ)」に近い意味合いで捉えています。
一方の「Fit」は、トレーニングなどのフィットネス(Fitness)ではなく、「生活にフィットする」「その人にフィットする」「利用するシーンに合っている」といった、まさに「ぴったり合う」という状態を示しています。つまり、自分たちのライフスタイルにぴったりと合ったモビリティやサービスが存在することで、人々が笑顔になり、結果としてハッピーになる。glafitというブランド名には、そうした世界を実現するという思いが込められています。
開発から法改正まで 一貫体制が築く独自の価値
ーー創業期に最もご苦労されたのはどのような点ですか。
鳴海禎造:
創業当初、クラウドファンディングで製品がヒットし、話題性をつくることはできました。しかし、その話題を一過性で終わらせるわけにはいきません。私たちが目指すのは、新しいモビリティを「社会に根付かせる」こと。このスケール拡大こそ、最も苦労した点です。
日本中に浸透させるには、大企業を巻き込んで社会を動かす必要があると判断しました。そこで、ヤマハやパナソニックなどに対し、具体的な仕事の提案という形で大胆に挑戦したのです。これらの挑戦を進める中で、法律の矛盾という避けては通れない壁にも直面しました。新しい電動モビリティが市民権を得るため、私たちは2018年に法改正への挑戦を決断したのです。
ちょうどその頃、「規制のサンドボックス制度」(※1)が偶然にも始まったタイミングでした。私たちはすぐに申し込み、そこから4年がかりで2022年に法律の解釈変更を実現したのです。具体的には、私たちが開発したモペット(※2)を、電動バイクと自転車で用途を合法的に切り替えられるようにすること。そして、この実績を足がかりに、その後の特定小型原動機付自転車の車両区分新設時には、電気の乗り物に特化した新しい車両区分を作ることや、弊社のようなベンチャー企業も活用できる新しい乗り物の安全性を審査する制度を構築することという、3つの提案すべてを実現させることができました。
(※1)規制のサンドボックス制度:新しい技術やビジネスモデルが既存の規制に抵触する可能性がある場合に、期間や参加者を限定して規制の適用を受けずに実証実験を行うことを認める制度。
(※2)モペット:ペダルも付いているが、アクセル操作で原動機(エンジンやモーター)のみで走行できる原動機付自転車のこと。
挑戦と変化を促す「3C」と予定調和をしない組織

ーー法改正などのルールづくりに取り組む背景には、どのような思いがあるのでしょうか。
鳴海禎造:
根本には、大久保氏から学んだ「自分の好きなことを追求した結果、誰かの役に立つ」という強い思いです。自分たちの「好き」を突き詰めるために法律が壁になるなら、変えればいい。そう刷り込まれていました。自分の「好き」が、社会課題の解決につながっていく。そのスケールが少しずつ大きくなっている感覚です。
ーー貴社の強みについて、どのようにお考えですか。
鳴海禎造:
最大の強みは、開発から社会実装までを一貫して行うことです。その体制があるからこそ実現できることがあります。たとえば、弊社の特定小型原付は、東京にも多い日本の坂道をしっかり登れる性能を持たせました。これも私たちが常に使う人の視点に立ち、それを具現化するために開発の上流から下流まで全て手がけているため、実現できたことなのです。
中国などから既存の電動モビリティを見つけてきても、そのままでは日本の利用シーンやニーズにはフィットしません。自分たちの手で日本のニーズに合わせて開発・適応させていく力こそが、私たちの強みだと考えています。
ーー組織として大切にしている文化はありますか。
鳴海禎造:
「3C」という三つの行動指針を掲げています。これは「チャレンジ」、「チェンジ」、そして「コ・クリエーション」を意味するものです。守りに入らず、常に変化に対応し、社内だけで閉じるのではなく外部と共につくり上げていくことを重視しています。
特に「チャレンジ」と「チェンジ」の精神は組織の核です。私自身がこれまで「やめたほうがいい」と周囲から反対されるようなことばかり実践してきました。弊社をスタートした時のクラウドファンディングもそうです。法改正に挑んだときも、最近の海外展開も、当初は反対されました。ですが、大多数の人が思うような順当なステップを踏んでいたら、今はなかったと確信しています。
「買いたい」から「乗りたい」へ モビリティの体験価値を国内外へ
ーー今後のビジョンについて教えてください。
鳴海禎造:
まずは、国内でこれまでの「買いたい」「買ってもらいやすい」という視点から、「glafitに乗りたい」と思ってもらえる存在になることだと思います。所有欲だけでなく、体験価値の部分を強化していく方針です。
すでに「WANDERIDE(ワンダライド)」というサービスを立ち上げました。これは製品を販売するのではなく、シェアリングなどのシステムを含めたサービス自体を提供するものです。城崎温泉など観光地のホテルや自治体と連携し、単なる移動手段としてではなく、その町自体を楽しむアクティビティとして展開しています。
そして海外展開についても、バングラデシュに現地法人を設立し、途上国での展開を始めています。この一年は実証フェーズです。現地は非常に親日的で、ものすごいスピード感と熱量があります。私たちのモビリティが、彼らの生活基盤となるような形で浸透する可能性を感じています。

ーー今後、どのような人材と一緒に働きたいですか。
鳴海禎造:
私たちが発信する考えに共感してくれる人を求めます。先ほどお話しした「3C」のマインドを持ち、モビリティ領域でグローバルな思考で挑戦したい人。やる気に満ち溢れ、サプライズを生み出せるような人材にぜひ来てほしいです。
編集後記
「好き」という言葉は、時に趣味の領域を示す。しかし、鳴海氏のそれは「バグを見つけるまでやり込む」という執念に近い熱量を持つ。その熱量が、4年がかりで法律をも動かし、新たな市場を創造した。師から受け継いだ100年ビジョンという揺るぎない軸と、「やめたほうがいい」と言われる道を選ぶ反骨精神。その両輪が、glafitを単なるメーカーではなく、社会のインフラを創るゲームチェンジャーへと押し上げている。同社の挑戦は、まさにこれからが本番だと感じた。

鳴海禎造/2017年に「日本を代表する次世代乗り物メーカー」を目指し、glafit株式会社を設立。電動パーソナルモビリティの開発・製造・販売までワンストップで手がけている。モビリティ開発に留まらず、業界団体(一社)日本電動モビリティ推進協会を立ち上げ、ルール作りや啓発活動、政策提言などにも注力。地元和歌山へTGC開催誘致を行うなど地方創生にも情熱を傾けている。