
京都・祇園の一角に店を構え、独創的な料理と「劇場型」とも称されるあふれる活気で、世界中の食通を魅了し続ける祇園さゝ木。同社は、伝統と格式を重んじる京都の地において、カウンター越しに料理人の所作すべてを見せる大胆なスタイルを確立し、京料理の新しい可能性を広げてきた。6年連続ミシュランガイド三つ星獲得の高評価や予約困難店としての名声に甘んじることなく、常に進化を追求する同社を率いるのが、代表取締役の佐々木浩氏だ。料理人としての意外な原点から、顧客を楽しませることへの徹底したこだわり、そして次世代の才能を開花させる独自の組織論まで、佐々木氏に話を聞いた。
料理の力で人を笑顔に 原点は「喜び」の発見
ーー料理人を志した経緯についてお聞かせください。
佐々木浩:
実は、最初は料理人になることが一番嫌でした。親族全員が料理人という家系で育ち、みんなが休みの日に働いている姿を見て、「自分は絶対にこの仕事はしない」と子ども心に思っていました。当初はパイロットになる夢を持っていましたが、成長するにつれて自分の能力では難しいかも知れないと、その夢は諦めてしまいました。目標を見失ってからは、中学時代は周囲とぶつかることが多く、荒んだ日々を過ごしていました。
転機となったのは、たまり場になっていた自宅での出来事です。冷蔵庫の残り物を使って友人にチャーハンなどを振る舞いました。お腹を空かせた友人たちが「うまい、うまい」と笑顔で食べてくれる姿を見て、衝撃を受けました。「自分のような人間でも、料理を通じて人を喜ばせることができるのだ」と気づいたのです。そのときに感じた喜びが忘れられず、料理の道に進むことを決めました。
ーー修業時代はどのように技術を磨いていかれたのですか。
佐々木浩:
性格上、誰かの下で働くのは嫌だと考えていました。一般的な会社に入った場合、たとえ努力をしても、上司との兼ね合いがあり、自分の実力だけでは組織に埋もれてしまうのではないかと考えていました。しかし、料理の世界は、自分の技術を磨けば上にいける世界です。料理の世界の方が私の性格に向いていると考えたため、料理の道に入ってからは、必死に仕事に取り組みました。
具体的には、勤務先のお店での修業に加え、親方に頼み込んで休みの日は他店へ研修に行かせてもらいました。同世代の料理人がいる店へ行き、「自分は通用するのか」を確かめる、いわば道場破りのようなことをしていました。
また、寮では先輩たちが寝静まった後に、音を立てないよう静かに包丁を研いだり、大根の桂剥きを練習したりしていました。親友でありライバルでもある仲間と切磋琢磨し、滋賀、京都、神戸と店を渡り歩きながら、がむしゃらに腕を磨き続けました。
伝統への挑戦 「劇場型」で切り拓く京料理の未来

ーー「祇園さゝ木」の特徴は、どのような点にあるでしょうか。
佐々木浩:
私の店はよく「劇場型」と言われますが、2年前に改装した際、キッチンをフルオープンにしました。お客様に料理をただ味わっていただくだけでなく、その空間や時間すべてを楽しんでいただきたいと考えたからです。
料理人が隠れる場所をなくし、調理から盛り付けまで一から十まですべてをお客様の目の前で行います。すべてを見られるという緊張感は、スタッフにとって大きな刺激になりますし、活気も生まれます。営業時間を12時から一斉スタートにしたのも、全員のお客様にベストな状態で料理を提供し、店全体の一体感やライブ感を楽しんでいただくためです。当初は批判もありましたが、結果としてお客様に集中して楽しんでいただける環境がつくれたと感じています。
ーー新しい試みに挑戦し続ける原動力は何でしょうか。
佐々木浩:
「京料理の枠を広げたい」という強い思いがあります。私が自分の代で、京料理の可能性を少しでも広げることができれば、次の世代にバトンを渡したとき、彼らはそこからさらに広げていけるはずです。そうすれば、日本料理や京料理はもっと奥深いものになるでしょう。
私は自分の中に「ニンニクやチーズは絶対に使わない」というようなルールを設け、その制約の中で何ができるかを追求しています。たとえば、京料理の店で寿司を提供したり、コースの最後に洋菓子の要素を取り入れたスイーツを出したりすることも、その挑戦の一つです。伝統を重んじながらも、自分の料理をストレートに表現し続けることで、京料理というジャンルに新たな風を吹き込みたいと考えています。
ーーお客様への「おもてなし」で、特に大切にされていることは何ですか。
佐々木浩:
「美味しかった」と言われるだけでは、まだ十分とは言えません。「楽しかった、また来たい」と言っていただけて初めて、本当の意味でお客様に満足していただけたのだと考えています。料理が美味しいのはあくまで前提です。そこに、ワクワクするような演出やスタッフとの会話、店内の活気が加わってこそ、お客様の心に残る体験になると信じています。
私はスタッフによく、「飲食やサービスの世界では、100引く1は0だ」と伝えています。どんなに素晴らしい料理を出しても、たった一つの接客のミスや不快な思いがあれば、お客様の満足度はゼロになってしまうからです。だからこそ、予約の電話対応からお見送りまで、一瞬一瞬が真剣勝負であり、チーム全員でお客様を楽しませることに全力を注いでいます。
チームで進化する 次世代と共に描く「全員主役」の組織論
ーー次世代の育成やチームづくりで、意識されていることはありますか。
佐々木浩:
今の時代、親方が決めた献立をただつくるだけでは、店も料理人も進化しません。私の店では、献立をスタッフ全員で考えています。若いスタッフのアンテナや感性は非常に鋭く、彼らの意見を取り入れることで、今の時代に合った新しい料理が生まれるのです。私は指揮者のような役割で、彼らのアイデアを吸い上げつつ、自分の経験に基づいて「今はその時期ではない」「もっとこうした方がいい」とアドバイスを加え、まとめていきます。全員が参加してつくり上げた献立だからこそ、スタッフ一人ひとりが責任と自信を持ってお客様に説明できますし、モチベーションにもつながります。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
佐々木浩:
若いスタッフたちには、どんどん独立して成功してほしいと願っています。彼らが活躍し、その店を巡ったお客様が、「佐々木の料理を食べてみたい」と感じて本店に戻ってきてくださる、そんな好循環をつくりたいです。私自身も、彼らに負けないよう常に挑戦を続けていきます。
海外展開では、パリやニューヨークなどへの出店を視野に入れています。京料理を世界に発信するためにも、まずは目の前のスタッフを育て、彼らと共に「祇園さゝ木」という舞台を進化させ続けること。それが、料理界全体の活性化にもつながると信じています。
編集後記
「料理を通じて人を喜ばせたい」という純粋な原点から、伝統の街・京都で革新を続ける佐々木氏。その言葉の端々から、尽きることのないエネルギーと、関わる人々への深い愛情が感じられた。「100引く1は0」という厳しいプロ意識は、顧客への誠実さと、スタッフを信じて任せる度量の大きさである。全員で献立を考えるという「全員主役」の組織づくりは、伝統産業における人材育成の新たなモデルケースと言えるだろう。同氏が切り拓く京料理の未来に、今後も注目していきたい。

佐々木浩/1961年奈良県生まれ。高校卒業後、料理界に入る。滋賀や京都で修業をし、27歳で京都先斗町「ふじ田」の料理長兼店長を務める。35歳で独立し、祇園町北側に「祇園さゝ木」を開店。2006年に現在の八坂通に移転。2025年9月に「祇園さゝ木」開店より28年を迎える。