
株式会社オイシルは、スーパーマーケットをはじめとする生鮮業界に特化した人材紹介事業を展開する企業だ。「生鮮業界の頼れるパートナーになる」をビジョンに掲げ、業界が抱えるアナログな構造や人材のミスマッチ解消に挑んでいる。代表取締役を務める葛川英雄氏は、水産市場の競り人からキャリアをスタートさせたが、営業個人として利益を上げながらも、その努力が正当に評価されない業界の構造に直面した。「他人の船に乗って不満を漏らすのではなく、自らが『船長』として理想の目的地へ導く組織をつくる」と決意した背景には、葛川氏が抱く強い覚悟があった。同氏の信念と、生鮮業界の未来を切り拓く情熱に迫る。
実績と待遇の乖離から芽生えた独立への志
ーーキャリアの原点についてお聞かせいただけますか。
葛川英雄:
私のキャリアは、高校卒業後に入社した水産市場の会社からスタートしました。就活軸は「営業職だけは避けたい」だったのですが、配属先が営業だと知ったときは正直、絶望に近い心境でしたね。しかし、現場でお客様と深く向き合う中で、考えが大きく変わりました。お客様は商品の良さ以上に「自分」という人間を信頼して購入してくださっており、その喜びに気づいたのです。
相手の懐に飛び込み、親密な関係を築く。そんな営業の醍醐味を知ってからは無我夢中で、最終的には一人で年間8億円ほどを売り上げるまでになりました。この信頼を成果につなげる経験が、私のビジネスパーソンとしての原点です。
ーー起業を意識されたきっかけについて教えてください。
葛川英雄:
会社が公開した損益計算書(PL)を目にしたことが大きなきっかけです。当時の私の年収はわずか280万円ほどだったのですが、私は年間4000万円から6000万円ほどの粗利を稼いでいました。PLを見ていくと、もっと売上を上げる方法はないか、利益を出す方法はないか、経費削減できる箇所はないか、そのお金はどこに使われているのかなどを、自分事として捉えるようになりました。
しかしながら、自分の出している粗利に対する年収額に強い疑問を感じ、会社に給与の改善を求めましたが、真剣には取り合ってもらえませんでした。このとき、利益をどう分配し、どこに投資するかを決める権利が自分にない現実を痛感しました。自分の努力で得た成果を自らの意思でコントロールしたい。そう考えたことが、独立を志した決定的な理由です。
自身の転職経験から生まれた事業の着想
ーーなぜ次のキャリアとして、人材業界を選ばれたのでしょうか。
葛川英雄:
もともとは「新規営業のスキルを磨きたい」という一心で、二社目に水産商社に転職しましたが、そこは労働環境があまり良くなく、さらには理不尽な経験もしました。
そういった背景から再び転職を考えるようになったのですが、そのとき利用した転職エージェントとの出会いが、私の人生を変えるきっかけとなります。というのも、担当者が企業の詳細を理解しておらず、私を「成約すれば年収の約3割の報酬が入る商品」としてしか扱っていないように感じたのです。一方で、実体のない無形商材でありながら、魚屋で魚を売るのに比べての20倍もの粗利を出せるビジネスモデルに衝撃を受けました。「集客のノウハウさえ学べば、この業界で独立できるかも」。それが、この道を選んだ大きな理由です。
ーー独立を見据え、次はどのような環境に身を置かれたのでしょうか。
葛川英雄:
将来の起業を見据えた実践の場として、急成長中だったベンチャー企業への入社を決めました。当時は、あえて仕組みが完成されていない組織に身を置き、会社が形づくられていく過程を肌で感じたいと考えたのです。
そこでは、企業の開拓から求職者の方とのマッチングまで、一貫して担当しました。地道に試行錯誤を続けた結果、入社2年目には売上高と契約件数の年間目標を同時に達成。部署内で唯一の達成者としてMVPも受賞し、「転職エージェントとして結果を出せた」と大きな自信を得ることができました。
業界の未来を自ら描くための起業
ーー起業に踏み切った、決定的な出来事はありましたか。
葛川英雄:
所属していた会社で、掲げているビジョンと実際の行動が伴っていないことに違和感を抱いたからです。目的地を掲げながらも、そこへ向かうための投資や挑戦を避ける姿勢に、強いもどかしさを感じてしまいました。
他人の船に乗っている以上、進む速度や方向を自分の意志で変えることはできません。それならば自らが責任者となり、理想の目的地へ最短距離で導く組織をつくるべきだと考えたのです。
ーー創業するにあたり、最も注力したことは何ですか。
葛川英雄:
根底に、スーパー・生鮮業界全体の地位を向上させたいという思いがあります。そのためには、これまで業界に不足していた、情報の透明性を高める情報発信が不可欠だと考えました。求職者や企業のリアルな声を届けるメディアをつくることは、かつて「何のためにマッチングをしているのか」と葛藤した私自身への答えでもあります。ただ成約を目指すだけの会社ではなく、業界に光を当てる存在でありたいのです。
得られた利益は、給料や環境への投資はもちろん、何よりも業界を良くするためのコンテンツ発信に投下します。それが結果として、業界全体を盛り上げることにつながると信じているからです。
目指すは生鮮業界のあらゆる課題を解決するインフラ

ーー競合他社と比較した際の、貴社の独自の価値は何だとお考えですか。
葛川英雄:
自社でYouTubeや記事制作を行い、一次情報を発信し続けている点です。この業界に参入してくる企業の多くは、生鮮業界を単なる「稼げるマーケット」の一つとしか捉えていません。対して、弊社は業界全体を盛り上げたいという明確な覚悟を持っています。
たとえば、他社が敬遠するような現場の厳しい現実も、私たちは「生の声」として包み隠さず発信します。真実を伝えることで、深い信頼関係を築けると考えているからです。単なるマッチングの仕組みではなく、この業界への情熱の差こそが、他社には真似できない独自の価値だと考えています。
ーー将来的にはどのような組織を目指していますか。
葛川英雄:
スーパーマーケット業界にとっての「スーパーマーケット」でありたいと考えています。かつて消費者は買い物をするために精肉店、鮮魚店、八百屋と個別に回っていましたが、スーパーマーケットの誕生によって、これがワンストップで完結するようになりました。私たちも同様に、人材紹介だけでなく、求人広告、派遣、さらには仕入れやM&Aの支援まで、スーパーマーケットが必要とするあらゆるサービスをワンストップで提供できるインフラを目指しています。
バリューを軸にした独自の組織づくり
ーー組織として大切にされている価値観について教えてください。
葛川英雄:
「期待・挑戦・凡事・誠実」という4つのバリューを掲げています。当たり前のことを、当たり前のように毎日やり遂げる。その上で、期待値を超える成果や新しいことへの挑戦を重視しています。
特に人材業界は、求職者との間に情報格差が生まれやすい構造にあります。だからこそ、その格差を利用した不誠実な営業をしないことが求められます。「家族や友人に胸を張って話せる仕事ができているか」。常にそうメンバーに問いかけています。社員一人ひとりがこの価値観の象徴となり、自らの行動で組織を牽引するプロフェッショナルな集団でありたいですね。
ーーその価値観は、具体的にどのように反映されていますか。
葛川英雄:
独自の評価制度に、明確に反映されています。弊社は一般的な営業会社とは異なり、個人の売上による定量評価は全体の15%しかありません。残りの85%は、能力評価、行動評価、バリューをどの程度体現できているかといった点で評価します。
売上高はあくまで、正しいプロセスを歩んだ結果としてついてくるオプションです。成果を出した人にはインセンティブで報いますが、昇格や給与は、主に定性評価部分で決まります。数字さえ上げれば何でもいいわけではなく、会社が求める行動、バリュー体現が出来ているかを何より重視しています。
言行一致の姿勢で未来を切り拓く強い信念
ーーキャリアを通じて貫いている信念についてお聞かせください。
葛川英雄:
「選択肢を正解にする」ということです。私のキャリアは高校卒業後に水産市場で働くというところから始まりましたが、当時は正直いって、失敗だったと思ったこともあります。
しかし、置かれた場所で誰よりも成果を出すことに執着し、役割を全うした経験が、間違いなく今の自分につながっています。どんな選択も、その後の自分の行動次第で正解に変えることができると信じています。だからこそ、掲げたビジョンを実現する「言行一致」の姿勢を何よりも大切にしているのです。
ーー最後に、読者へメッセージをお願いします。
葛川英雄:
3年後に、「あのときの自分の選択は正しかった」と胸を張って言えるよう、今を全力で生き抜いてほしいです。過去の選択に後悔することがあったとしても、未来の行動でそれを覆すことはできます。目の前の課題に真摯に向き合い続けることが、必ず次の道を開くと信じています。
編集後記
どれほど高い利益を出しても、決定権がない現実に絶望した過去。その痛みが葛川氏の経営の原動力だ。自らが船長となり、理想を掲げるだけでなく利益を業界の向上へ投じる。その覚悟が、情報の透明性という形になり信頼を集める。数字はあくまで誠実な歩みの結果に過ぎない。売上至上主義とは一線を画す評価制度が、仲間の誇りを守る。自らの選択を正解に変えようとする熱意は、停滞する業界に新風を吹き込むことに違いない。

葛川英雄/新卒から魚市場の競り人を4年、水産商社の営業4年を経て、転職エージェントを経験。2022年にオイシルを設立。スーパー生鮮業界に特化した人材紹介事業「オイシルキャリア」、スーパー業界の情報発信「オイシルメディア」を運営。