※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

300年以上の歴史を誇り、京料理の伝統を今に伝える株式会社美濃吉。同社は「のれんをくぐれば、そこは京都」をコンセプトに、全国で店舗を展開している。代表取締役社長の佐竹洋吉氏は、社会人として当初は商社に就職し、海外で勤務した経験を持つ。外から日本を客観的に見つめたことで得た独自の視点を生かし、顧客との関係を深化させる改革や、コロナ禍を乗り越えるための新たな経営戦略を打ち出してきた。伝統を守りつつ革新を続ける佐竹氏に、その歩みと今後の展望を聞いた。

一度は離れた家業 海外での経験が芽生えさせた伝統への使命感

ーーどのようにしてキャリアをスタートされたのでしょうか。

佐竹洋吉:
大学時代は家業を継ぐつもりは全くありませんでした。就職活動の際もその意思は変わらず、両親の反対を押し切って商社へ入社しました。その後ベトナムに2年間駐在するなど、7年ほど家業とは距離を置く日々でした。

しかし2002年に、当時会長を務めていた祖父が亡くなったとき、弟から「戻ってきてほしい」と、真剣な面持ちで頼まれました。また、海外で働く中で、現地の方から「京都のファミリービジネスは素晴らしいのに、なぜ君が継がないのか」と問われたことも、家業を意識する一因となりました。さまざまなタイミングが重なり、商社を辞めて家業に参画する決意を固めました。

ーー商社でのご経験は、現在の経営にどう生かされていますか。

佐竹洋吉:
ベトナムでの駐在経験を通じて、日本のものづくりの質の高さや文化伝承の重要性を初めて客観的に認識させられました。また、前職でアパレルの高級ブランドに携わった経験も大きな財産で、お客様からの支持が非常に厚く、収益性も高いです。この「ブランド」という視点は、業界こそ違えど「美濃吉」の価値をいかに高めていくかを考えるうえで、非常に役立っています。

顧客の声が変えた社風 全店アンケート導入の衝撃

ーー家業に戻られて、どのような業務から始められましたか。

佐竹洋吉:
最初の2、3年は、洗い場から接客まで、各店の現場を回りました。接客業といえばコンビニのアルバイト経験しかありませんでしたので、お客様と常に向き合い続ける飲食店の仕事の奥深さや厳しさに、大きな衝撃を受けました。慣れるまでは大変だったと記憶しています。

しかし、代金をいただいているにもかかわらず、お客様から「ありがとう」と感謝のお手紙までいただける。人を幸せにする、なんと素晴らしい仕事なのだろうと感動しました。

ーー当時、特に力を入れて取り組まれていたことは何ですか。

佐竹洋吉:
お客様視点の経営への転換をすべく、全店でのアンケートはがきの導入を行いました。新婚旅行で訪れた海外の高級ホテルがアンケートを実施しており、「高級ブランドだからこそ、お客様の評価を真摯に可視化しているのだ」と感銘を受けました。これこそ私たちに必要なものだと確信し、社内の猛反対を押し切って導入しました。

当初は厳しいご意見も多く、涙するスタッフもいましたが、皆が真摯に受け止めて改善を重ねてくれました。半年が経つ頃には、厳しいご意見がお褒めの言葉へと少しずつ変わり始め、社員の意識が「お客様第一」へと大きく変化していくのを実感しました。今も続くこの取り組みが、社風を変える最大のきっかけになったと考えています。

コロナ禍で見出した活路 超個店経営への転換

ーーコロナ禍は事業にどのような影響を与えましたか。

佐竹洋吉:
緊急事態宣言が明けた際、長年ご愛顧くださっているお客様方が、たくさん店に戻ってきてくださいました。「私の大切な場所だから」「お店の皆さんに会いたかった」といったお言葉をいただき、お客様にとっての「もう一つの大切な場所」を守り抜かねばならないと、使命感を新たにしました。この経験が、会社の方向性を再確認する大きなきっかけとなりました。

ーー厳しい状況を乗り越えるためにどのような決断をされましたか。

佐竹洋吉:
超個人店経営への転換です。それまではブランドイメージの統一を重視し、どの店でも同じ品質を提供する、いわば「金太郎飴」のような経営を目指していました。しかしコロナ禍を経て、お客様は「美濃吉」という大きな括りではなく、「〇〇店のあの料理が大好きだ」というように、個々の店に深い愛着を持ってくださっていると気づかされたのです。そこで、各店舗の個性を最大限に尊重し、権限を委譲していく方針へ大きく舵を切りました。

ーー経営転換で、具体的に何が変わりましたか。

佐竹洋吉:
今では店舗ごとにメニューも少しずつ異なり、同じ料理でも料理長の個性によって味わいに違いが生まれています。もちろん「美濃吉」としての品質は厳格に保ちつつ、お客様にはその違いを「食べ比べが楽しい」と新たな価値として感じていただけるようになりました。各店の料理長も「一国一城の主」としての誇りを持ち、より一層お客様と真剣に向き合ってくれています。

目指すは料理人の名門校 伝統を未来へつなぐビジョン

ーー今後の事業における展望についてお聞かせください。

佐竹洋吉:
料理においては、優れた料理人を数多く輩出する「名門校」のような組織でありたいと考えています。また接客面では、特にシニア層のお客様にとって「第二の我が家」と感じていただけるような、心の安らぎとなる場所を提供し続けたいです。事業規模の急拡大は目指しませんが、お客様との一つひとつのご縁を大切にしながら、着実に成長していきたいと考えています。

ーー若い世代や新規顧客獲得について、どのような戦略をお考えですか。

佐竹洋吉:
力を入れているのは、ECサイトでの商品販売です。驚いたことに、ご購入されるお客様の多くは、まだ一度も店舗にいらっしゃったことのない方々です。「美濃吉」をECで知っていただき、いつかお店にも足を運んでいただく、そんな新しい流れを生み出せたらと願っています。また、40年近く続くメンバーズクラブをデジタル化し、ファンの方々とより深くつながるコミュニティづくりにも挑戦したいです。

ーー最後に、経営者として大切にされている信条があればお聞かせください。

佐竹洋吉:
個人的には「誠実であること」を何よりも大切にしています。そして社員には常々、「ホスピタリティ」、つまり相手への深い思いやりを大切にするよう伝えています。昨年は全社のスローガンとして、天台宗の開祖・最澄の「一隅を照らそう」という言葉を掲げています。自分の持ち場で精一杯光を放ち、その光が周りをも照らしていく、という意味です。この考えは、私たちが大切にしてきたホスピタリティの精神に通じるものだと感じています。会社としても、個人としても、そうありたいと強く願っています。

編集後記

佐竹氏の歩みは、一度外の世界に出て自らのルーツを見つめ直すことの重要性を示唆している。海外での経験から得た「ブランド」という視点や、顧客の声を真摯に受け止める姿勢は、300年の伝統を持つ老舗に新たな風を吹き込んだ。超個店経営という次なる挑戦は、同社がこれからも顧客一人ひとりの「大切な場所」であり続けるための、誠実な答えなのだろう。

佐竹洋吉/1972年、アメリカ・サンフランシスコ生まれ。同志社大学経済学部卒。伊藤忠商事株式会社へ入社、ベトナム駐在を経て退社後、2002年に家業である株式会社美濃吉に入社。2023年に代表取締役社長に就任。現在に至る。