
圧倒的な鮮度と活気あふれる対面販売で、日本一の魚屋を目指す角上魚類ホールディングス株式会社。その関東進出の礎を築いたのが、代表取締役社長の栁下浩伸氏だ。大学中退後、父の勧めで修業した築地での学びを胸に、関東直営1号店を店長として大成功に導いた。2011年の転機を経て経営の中枢へ入り、伝統である「人」の強みと対面販売の価値を守りつつ、100年企業を目指し新たな革新に挑む同氏に話を聞いた。
経営理念の徹底による直営1号店の創出
ーーどのような経緯でこの道に進むことを決められたのでしょうか。
栁下浩伸:
大学を2年で中退し、当時の弊社の社長であった父(現会長)に今後について話した際、地元の新潟は乾物系が弱かったこともあり、「築地の取引先で学んでこい」と言われました。そこで、築地市場で修行を始めたところ、新潟との違いに驚きました。
具体的には、新潟ではしらす干しが1〜2種類しかありませんでしたが、築地には釜揚げや生に近い食感のものなど何種類もあり、用途で使い分けられていること、アジの開きなど干物系の種類も多く、東京の乾物文化の進み具合を実感しました。
ーー築地での修業を終えられた後、どのようなキャリアを歩まれたのでしょうか。
栁下浩伸:
新潟に戻った当時、関東ではフランチャイズ(FC)展開をしていましたが、「安かろう悪かろう」のディスカウント的な店舗になってしまい、経営理念からかけ離れていました。そこで今の会長がFC撤退を決め、代わりに直営で出店することになり、平成5年に関東直営1号店となる川口店の店長として入ることになったのです。
立ち上げた当時は、従業員もパートスタッフも手薄で、全く手が回りませんでした。仕事が終われば家に帰って寝るだけの日々が1年ほど続きましたが、徐々に本社からの応援も来て体制は整っていきました。
多くのお客様が足を運んでくださり、鮮魚専門店として、お客様と対話しながら調理もする対面販売を徹底したことが受け入れられたのだと感じました。また、当時としては斬新だった寿司のテイクアウトも本格的に始め、ネタの大きさと鮮度、安さを求める多くのお客様に手にとっていただくことができました。
専務逝去を機に定まった右腕としての覚悟
ーー経営者として意識が変わった転機について教えていただけますか。
栁下浩伸:
東日本大震災が起こった2011年に転機が訪れました。それまでは店舗管理者の立場で、正直なところ、どこか真剣味に欠けていた部分もありました。しかし、2011年、先代の専務が亡くなり、今の会長が「今後どうしていったらいいのかな」と寂しそうに言った時、「自分が右腕になって会社を助けなければ」と強く感じたのです。
そこから、会長を支える一人として経営に携わるようになり、まずは「買う心 同じ心で 売る心」という社心や行動指針を店舗に徹底的に落とし込むことに注力しました。店舗ごとのばらつきをなくし、お客様がいつ来ても同じ品質、同じサービスレベルで買い物ができる店づくりを念頭に指導しました。
日本一の魚屋を目指す揺るぎない信念

ーー商品面での一番のこだわりを教えてください。
栁下浩伸:
一番のこだわりは、もちろん鮮度の良さです。特に対面販売の鮮魚に関しては、当日入ったものを当日売り切ることを徹底しています。また、商品開発にも力を入れており、埼玉県鶴ヶ島市につくった大規模なセンターと加工場で自社製品の開発に取り組み、鮭や銀ダラの西京漬けなどを弊社独自の味付けにして店舗で販売しています。
開発プロセスとしては、たとえば漬け魚のレシピは、企画部門が作ってきた商品は、皆で検食会を開き、意見を出し合います。もちろん私も試食します。そこで良かったものだけを商品化し、お客様に価値のある美味しいものを届けたいという思いで開発に注力しています。
ーー貴社が掲げている目標について教えてください。
栁下浩伸:
弊社は「日本一の“お魚屋さん”」を目指しています。それは、売上や規模ではなく、お客様としっかりコミュニケーションを取り、要望に応えられる魚屋になろうという意味です。昔の近所の魚屋さんのように、プロの目線でアドバイスすることで、「角上魚類で買いたい」と思っていただけるお客様を一人でも多く増やしていくことを目標にしています。
魚食文化の継承を担う人材育成への投資
ーー他社との差別化を図るうえで、貴社が最も力を入れているのはどのような点ですか。
栁下浩伸:
それは「人」を育てることです。商売は「人」あってのものですから、人を育てることには一番力を入れています。技術的な指導はもちろん、経営にかかわる数値の研修なども社内で行っており、会社にいながら自分自身の成長を追求できる環境を整えています。
ーー今後、どのような人材を求めていますか。
栁下浩伸:
前向きで意欲がある方なら大歓迎です。一から丁寧に教えますし、新入社員にも入社1年目から包丁を持たせて指導しており、2〜3年目には綺麗に刺身が切れるようになります。早くから技術を教えることで本人のモチベーションアップにもつながると考えています。
100年企業へ 伝統と革新で拓く新たな魚食文化

ーー会社の未来を見据えて、新たに取り組んでいらっしゃることはありますか。
栁下浩伸:
私は創業50周年のタイミングで社長に就任したのですが、やはり100年、200年と継続できる会社にしなければと強く思っています。
そのための新たな取り組みとして、新潟では移動販売を試験的に始めています。これは、高齢化や免許返納などで店舗への来店が困難になった方々への支援を兼ねたものです。今後は車を増やし、買い物難民の方々をはじめ、様々な場所へ出向く新たな販売手法を確立していきたいと考えています。
また、出前館を利用した寿司や惣菜の販売も、11月から試験的に開始し、共働き世帯など、忙しくてなかなか買い物に行けない方々のニーズにも応えていきたいと検討しているところです。販路の拡大については、弊社の漬け魚を他のスーパーマーケットでも取り扱っていただいています。また、最近では海外の日本食レストランからも引き合いがある状況です。今後は自社製品をどこでも買えるような形にしていく方針です。
さらに、YouTubeやInstagramといったSNSでの発信も強化しています。弊社の鮮度へのこだわりや、活気ある店舗の魅力を、より多くの方に伝えていきたいと取り組んでいるところです。
編集後記
「買う心 同じ心で 売る心」という確固たる社心を胸に、同社は「対面販売」という魚屋の原点ともいえる価値を守り続けている。栁下氏が牽引する伝統を支えるのは技術と経営知識の両輪を教え込む徹底した人材育成だ。一方で、時代に合わせた革新への挑戦も止まらない。自社商品開発、移動販売やデリバリーの導入は、その具体例だ。魚離れが叫ばれる中、プロの目線で魚の食べ方や本当の美味しさを提案し続ける会社の取り組みは、日本の豊かな魚食文化を未来につなぐ鍵となるだろう。

栁下浩伸/1968年新潟県生まれ。大学中退後、築地市場で働き始め、商品・流通を学ぶ。1993年、角上魚類株式会社に入社し、関東での自社出店第一号となる「角上魚類 川口店」の立ち上げメンバーとして携わる。店舗勤務を経て、2005年同社取締役に就任。2023年4月角上魚類ホールディングス株式会社の代表取締役社長に就任。