
1896年の創業以来、コルク製品の製造を主軸に130年の歴史を刻む、永柳工業株式会社。同社はコルクの可能性を追求し続ける一方、世界でも数少ないシリコーン中空糸ガス分離膜『NAGASEP(ナガセップ)』を開発するなど、ニッチな分野で独自の技術力を磨き続けている。業績不振からの脱却を目指した大規模な工場移転、コルクをより身近にするための一般消費者向けの展開やリサイクル活動など、常に未来を見据えた挑戦を続ける同社。代表取締役社長である丹羽浩之氏に、その歩みと今後の展望について話を聞いた。
業績低迷からの再建 命運を賭けた工場移転と生産体制の刷新
ーー代表取締役社長に就任されるまでの経緯についてお聞かせください。
丹羽浩之:
大学卒業後は化粧品メーカーなどで経験を積みました。30代で永柳工業に入社した当時は業績が厳しく、旧態依然とした体質の刷新が急務でした。2000年に40歳で社長に就任した際には、「100年続く会社のバトンを、何としても未来へつながなければならない」という、重い責任と覚悟を抱きましたね。
ーー業績立て直しのために取り組まれたことは何でしょうか。
丹羽浩之:
最も大きな決断は、東京都墨田区の本社工場を茨城県北茨城市へ移転させたことです。当時の都心の工場は、増改築を繰り返したことで動線が極めて複雑でした。軽量ながら保管場所を必要とするコルクの製造において非効率でした。さらに防災面での地域課題もあり、土地の利点を活用しきれていないと判断しました。
社内では反対の声もありましたが、会社の存続と成長のためには、生産体制の抜本的な見直しが必要不可欠でした。そこで、広大な土地に効率的なレイアウトを実現できる北茨城への移転を決行したのです。この決断によって生産性は格段に向上し、本社跡地の不動産活用による安定した収益基盤の構築にもつながりました。
ーー本社工場を移転してどのような成果がありましたか。
丹羽浩之:
移転は社長就任前から10年かけて計画し、現地出身者を計画的に採用してUターンで戻れるよう準備するなど、従業員の生活にも配慮しました。移転後は広大な土地に効率的な工場を建設でき、生産性は格段に向上。本社跡地を不動産活用することで安定した収益基盤も築くことができ、会社の命運を分ける転機となりました。
コルクの新たな価値を創出 直販事業とリサイクルへの挑戦

ーーコルクの魅力を広めるために、どのような取り組みをされているのでしょうか。
丹羽浩之:
日本では海外に比べてコルクの認知度がまだ低いという課題があります。そこで、コルクをもっと身近な存在にしたい、消費者に直接その魅力を伝えたいという思いから、一般消費者向けのECサイトを立ち上げました。かつては中小企業が直接マーケティングを行うのは困難でしたが、インターネットの普及によりコストを抑えた発信が可能になったことが大きいです。お客様の声が直接届くようになり、サイトを見て入社を希望する若手も現れるなど、良い相乗効果が生まれています。
ーーコルクという素材の可能性について、他に注目されている点はありますか。
丹羽浩之:
コルクはもともと持続可能な素材ですが、実は国内で膨大な量が廃棄されています。せっかく遠い海外からエネルギーをかけて輸入した資源を捨てるのは不合理だと感じ、回収・資源化するリサイクル活動を事業化しました。現在は、このリサイクルコルクを活用した建材の開発に力を入れています。幸い、東京などの都市圏はワインの消費量が多く、ホテルや飲食店から効率的に回収できる仕組みさえ作れば、有力な資源になります。
現在は、このリサイクルコルクを再び世に出すため、特に店舗設計などを手がけるデザイナーの方々に向けた建材の開発に注力しています。
世界でわずか2社の独自技術が切り拓く医療や食品分野の未来
ーーコルク製品の製造以外には、どのような事業を展開されているのでしょうか。
丹羽浩之:
シリコーン中空糸ガス分離膜『NAGASEP(ナガセップ)』という独自の技術を開発しています。これは世界でわずか2社しか手がけていない、ニッチかつ高度な技術です。シリコーンの薄膜が持つ、特定の気体を通しやすい性質を活かし、混合ガスから必要な気体だけを分離・抽出します。たとえば、血液中の二酸化炭素を除去して酸素を取り込む人工肺のような役割を果たすことができ、医療や食品分野で重宝されています。
ーーこの技術に対して、市場からはどのような反響がありますか。
丹羽浩之:
特に海外からの注目度が高く、専用の英語サイトを立ち上げたところ、特に海外から私たちが想像もしなかった分野での問い合わせが増えています。中でも印象的だったのは、アメリカの企業から寄せられた「人工培養肉」の研究開発に関するオファーでした。菌やウイルスの感染対策として衛生面が極めて重視される培養液のガス交換において、高温殺菌が可能なシリコーン膜の特性が注目されたのです。自分たちでは想像もしなかった先端分野で技術が求められており、グローバルな展開に大きな可能性を感じています。
130年の歴史を次世代へ 200年企業を目指す組織づくりと承継
ーー経営において大切にされている信条は何でしょうか。
丹羽浩之:
かつて恩師から「経営を好きにならなければ経営者は務まらない」と教わりました。経営に余裕があって初めて、未来への投資が可能になります。本業という柱がしっかりしている間にこそ、次の手を打つ。常に危機感を持ちながら、先を見据えて行動することを心がけています。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
丹羽浩之:
社長就任から25年が経ち、次の世代への事業承継が最大のテーマです。コルク、シリコーン、不動産と多岐にわたる事業を俯瞰できる人材を育成し、組織を強くしていきたいですね。130年続いた歴史を、150年、200年とつないでいけるよう、変化を恐れず挑戦を続けていきます。
編集後記
創業130年の歴史を持つ同社。その歩みは、伝統素材であるコルクの可能性を追求し続ける「守り」の姿勢と、世界でも類を見ない独自技術を開発する「攻め」の姿勢が見事に両立している。丹羽氏の「本業が安定しているうちに次の一手を打つ」という言葉は、変化の激しい時代を生き抜くすべての企業にとって重要な示唆を与えるだろう。伝統を重んじながらも、決して変化を恐れない同社の姿勢は、次世代へ向けた確かな飛躍を感じさせる。150年、200年と続いていく未来が楽しみだ。

丹羽浩之/1960年東京都生まれ、北海道大学卒業。1990年永柳工業株式会社に入社、2000年取締役社長に就任。ワインコルクのリサイクル活動にも注力している。