※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

AI通訳機「POCKETALK(ポケトーク)」で、世界の言語コミュニケーションに変革をもたらすポケトーク株式会社。同社は「箱から出してすぐ使える」という徹底したユーザー視点と高い通訳・翻訳精度を強みに、累計130万台以上を販売している。その原動力は、代表執行役社長である松田憲幸氏が日本アイ・ビー・エム株式会社在籍時にニューヨークで痛感した"言葉の壁"だ。シリコンバレーへの移住を経て、既存の翻訳市場の代替ではなく、これまでコミュニケーションが諦められていた場面に新たな「会話市場」を創出しようと挑む同氏に、その軌跡と未来への展望を聞いた。

「20代でも役員になれる会社をつくる」大企業への違和感が独立の原点

ーー社会人としてのキャリアの原点と、独立を決意された背景についてお聞かせください。

松田憲幸:
大学時代は工学を専攻し、これからは英語とコンピューターが重要になると考えていました。その両方を最も深く学べる環境として、日本アイ・ビー・エム株式会社にエンジニアとして入社しました。しかし、4年5カ月ほど勤務した後、独立の道を選びました。

独立を決意した最大の理由は、大企業特有の評価制度や昇進のスピードに限界を感じたことです。どれほど成果を上げても、20代で課長職に就くことは難しく、役員になれるのは早くても50歳を過ぎてからという現実が見えてしまいました。

自分の頑張りが正当に評価され、若くても実力次第で役員になれるような組織を自らの手でつくりたいと考えたことが大きな動機となりました。当時はベンチャーキャピタルもほとんど存在せず、終身雇用が当たり前で、大企業を辞めて起業すること自体が異例の時代でした。それでも、理想の環境を実現するためには、自ら組織をつくるしかありませんでした。

NYで痛感した「言葉の壁」がポケトークの原点

ーー「ポケトーク」開発の背景と、製品化までの道のりについてお聞かせください。

松田憲幸:
実は、日本IBM時代のニューヨーク出張での原体験が元になっています。現地で私の英語が全く通用せず、相手の話も聞き取れなかった。「言葉の壁」を痛烈に感じたこの悔しさが、すべての原点です。もっとも、すぐに製品化できたわけではありません。独立から約10年後に、一度社内で翻訳機の開発に挑戦しましたが、当時は全くうまくいきませんでした。そこから技術の進化を待ち続け、16年の試行錯誤を経て2017年にようやく「ポケトーク」として世に出すことができたのです。

ーー構想から16年、製品化を阻んでいた最大の壁は何だったのでしょうか。

松田憲幸:
技術と環境が追いついたことが大きいです。翻訳において最も重要なのは、翻訳エンジンの前段階である「音声認識」です。日本語を正確に文字に変換できなければ、正しい翻訳はできません。

転機となったのは、弊社が提供していた「スマート留守電」というサービスです。これは、留守番電話に入ったメッセージを自動でテキスト化して、LINEやメールに送るものですが、このサービスを通じて、日本語の音声認識精度が飛躍的に向上した手応えがありました。

これに加え、通信速度の向上、ハードウェアの進化、そして何より端末価格を3万円以下に抑えられるコスト構造が見えてきたこと。これら全ての条件が揃ったのが2017年でした。

不可能を可能にする確信を得たシリコンバレーでの5年間

ーー技術が整うまでの間、社長ご自身はどのようなアクションを起こされたのでしょうか。

松田憲幸:
まず取り組んだのは、私自身が物理的な環境を変えることでした。具体的には、2012年にシリコンバレーへ移住するという決断です。グローバル企業を目指す以上、ITの中心地であり、世界で成功している企業の多くが拠点を置くこの場所で勝負することは不可避だと考えました。

実際に住んでみると、出張とは比較にならないほど膨大な情報量に圧倒されました。そこで得た最大の学びは、「可能性は無限大である」という確信です。かつて陸上競技の100メートル走で「人類に10秒の壁は切れない」と言われていましたが、一人がその記録を破ると、直後に次々と達成者が現れました。これと同じ現象がビジネスでも起きています。

こだわりは「箱から出してすぐ使える」究極のシンプルさ

ーー「ポケトーク」が多くの人に受け入れられた理由は何だとお考えですか。

松田憲幸:
子どもからお年寄りまで、誰でも“箱から出してすぐに使える”という簡便さが最大の理由だと考えています。Wi-Fi設定やBluetoothのペアリングといった煩雑な操作は一切不要で、登録なしですぐに使える手軽さが累計130万台以上の販売につながったのだと思います。

専用機ならではの優位性も支持される要因です。ノイズキャンセリング機能により、騒がしい場所でも正確に音声を拾えるほか、複数の翻訳エンジンから最適なものを選択するため翻訳精度が非常に高いことも強みといえるでしょう。また、プライバシーやセキュリティの面でも安心してご利用いただける点などが、スマートフォンの翻訳アプリにはない価値として受け入れられたと考えています。

さらに、単なる「翻訳」の枠を超えたプロダクトの安定性とスピードも重要です。昨今では同時通訳ができる製品も展開しており、会議やレセプションなど、これまで言葉の壁によって会話が成り立たなかった場所へ、スムーズなコミュニケーションを提供しています。私たちは、一言語しか話せない人があらゆる方々と自由に意思疎通できる世界を目指しており、そのために必要な精度や使い勝手を常に磨き続けています。

既存市場の奪い合いではなく新たな「会話市場」の創造

ーー今後の事業展望についてお聞かせください。

松田憲幸:
私たちは、既存の通訳市場を奪い合うつもりはありません。むしろ、コストや手間の問題でこれまで「通訳を雇うことすら諦めていた」日常的な場面にこそ、巨大なチャンスがあると考えています。実際にポケトークを購入された方の多くは、これまで通訳を雇ったことがない方々ですから。

我々の試算では、AI通訳によって会話の総量は現在の10倍に増えます。一方でコストは10分の1に抑えられるため、掛け合わせると現在の通訳市場(世界で約6兆円)と同規模の、全く新しい「会話市場」がもう一つ誕生することになります。

製品面でも、本年中には同時通訳に対応した据え置き型の新製品「ポケトークX(エックス)」などを本格投入予定です。ホテルの受付や空港、病院、レストランなどに置いて電源を入れるだけで、操作不要でリアルタイムに会話が翻訳・表示される画期的なデバイスです。こうしたAIの力で「言葉の壁」をなくし、あらゆる対話をシームレスにすること。それが私たちのミッションです。

ーー最後に、次世代のビジネスパーソンや起業家に向けてメッセージをお願いします。

松田憲幸:
お伝えしたいことは二つです。一つは、明確な目標を持つこと。漫然と過ごしていては、時間はあっという間に過ぎ去ります。

そしてもう一つは、「環境を変え、人に会うこと」です。私がシリコンバレーへ行き、成功者たちを間近で見たことで意識が変わったように、付き合う人や環境が変われば、自分の中の常識や限界も変わります。

今はメールやチャットで簡単に連絡が取れる時代ですが、だからこそ「直接会うこと」の価値が高まっています。私はアポイントをいただく際、相手のために自分の予定をすべて空けてでも会いに行きます。それくらいの熱量を持って人と会い、環境を変える勇気を持って挑戦してほしいですね。

編集後記

"全てを変えるのは、人と会うこと"。松田氏の言葉は、デジタル化が進む現代だからこそ、より一層重みを持って響く。その哲学は、単なる精神論ではない。アポイントの候補日を最大限広げる、必ず自分から会いに行くといった、相手への徹底した配慮に基づく行動原則だ。シリコンバレーで、創業当時は自ら食事を届けていたCEOがわずか数年で数兆円企業を築き上げる現実を目の当たりにし、"誰にでも可能性がある"と確信した同氏。ポケトークが目指すのは、言葉の壁をなくし、人と人との出会いの総量を増やすこと。それは、新たな"会話市場"の創造であり、世界中の人々の可能性を解き放つ壮大な挑戦である。

松田憲幸/1965年兵庫県生まれ。大阪府立大学工学部数理工学科(現・大阪公立大学理学部数学科)卒業。日本アイ・ビー・エム株式会社にてシステムエンジニアとして勤務した後、1996年に株式会社ソース(現・ソースネクスト株式会社)を創業。2006年12月に東証マザーズ、2008年6月に東証一部への上場を果たす。2012年より米国シリコンバレーに拠点を移し、日米を往復しながら経営の指揮を執る。2022年2月には、AI通訳機「POCKETALK(ポケトーク)」事業を分社化し、さらなる事業拡大を推進している。