※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

建築、インテリア、プロダクトなど、既存のカテゴリーを軽やかに横断し、デザインの力で新たな価値を創造する株式会社キュリオシティ。同社は、クライアントが抱える本質的な課題を鋭く見抜き、時にはロゴの刷新などの経営の根幹に関わる変革を提案し、企業の価値を最大化させてきた。代表取締役のグエナエル・ニコラ氏は、実績ゼロから、ロレックスなどの世界的な企業との大型案件を獲得してきた。日本に眠る卓越した技術に、枠にとらわれないデザインを融合させる。そして、変化が止まった社会の常識を心地よくリセットしていく。同氏の目に映る、日本の可能性と未来をつくるデザインの力に迫る。

過去より未来を語れる国 日本はまさに「デザインのパラダイス」

ーー数ある選択肢の中から、活動拠点として日本を選んだ理由を教えてください。

グエナエル・ニコラ:
私が生まれ育ったヨーロッパでは、デザインを提案すると必ずその歴史的背景や文脈を問われます。しかし、日本ではアウトプットそのものを見て、「これからどう広がるか」という未来の話ができます。過去ではなく未来に視点が向いているマインドセット、そして伝統と革新が混在する東京の刺激的な環境に強く惹かれました。

実際に活動してみて感じたのは、日本には「建築家だからプロダクトはできない」といったカテゴリーの壁がないということです。デザイナーが自由に領域を横断できる、まさに「デザインのパラダイス」です。日本には世界に誇るべき技術や文化のエッセンスがあり、「できないことはない」と言えるほどのポテンシャルを秘めています。

今はまだその表現や発信が十分ではない部分もありますが、その無限の力を解き放つことで、もっと面白い未来を創れると確信したことが、この地を選んだ理由です。

ーーさまざまなクライアントと向き合う上で、大切にしている姿勢はありますか。

グエナエル・ニコラ:
私たちはクライアントにとって「鏡」のような存在でありたいと考えています。「本当にそれで良いのですか?」と問いかけ、彼らが自分たち自身を客観的に見つめ直すきっかけをつくるのが役目です。言われたことをそのまま行うのではなく、プロジェクトの前提から疑い、より良くするための可能性を探ります。時には、新しい商品を開発したいという依頼に対し、「問題は商品ではなくロゴにある」と指摘することもあります。

実績ゼロでも「YES」と即答 ナンバーワン企業に学ぶ情熱の仕事術

ーーこれまでのキャリアにおいて、転機となった出来事についておうかがいできますか。

グエナエル・ニコラ:
実績が全くなかった初期に、世界的な企業から大型案件を任された経験が大きな転換点となりました。当時は実績こそありませんでしたが、私はナンバーワンの企業を「先生」だと考えていました。彼らがなぜ一流なのかを知り、その知見を学びたいという思いが私の原動力でした。

たとえば、ロレックスはなぜ世界で圧倒的なシェアを誇るのか。ファイブスターホテルはなぜ最高のおもてなしを提供できるのか。報酬のためだけでなく、知見を得るために向き合う姿勢が、結果として信頼につながったのです。

常に世の中の動きやクライアントの状況を観察し、変化のタイミングを捉えて新しいものを生み出す。そして何が新しい可能性になるのかを探し続けることが私のスタイルです。そして、プロジェクトから学んだ知識を自分たちの成長に還元する。この「学びを成長に変える循環」こそが、実績ゼロから飛躍できた私のビジネスモデルの根幹にあります。

ーー実績のない分野の仕事は、どのようにして獲得されてきたのでしょうか。

グエナエル・ニコラ:
まずは「YES」と言ってから、後で猛勉強する。この繰り返しです。たとえば、業界経験がないなかで、とあるファイブスターホテルブランドへ7年間アプローチを続けました。そうして、ようやくプロジェクトを獲得したのです。タグ・ホイヤーの案件では、頼まれてもいないのに自らデザインを考え、スイスの本社までプレゼンテーションに行きました。

大切なのは情熱です。経験がないからと諦めるのではなく、まず飛び込んでみる。周りには専門知識を持つ人がたくさんいるので、ネットワークを活かせば何でもできると信じています。

常識を「リセット」する 技術と世界をつなぐコネクターの使命

ーー具体的にブランディングから手がけ、成功した事例があれば教えてください。

グエナエル・ニコラ:
特に印象に残っているのが、カネボウ化粧品との仕事です。同社は長年、素晴らしい商品を開発してきました。しかし、ブランドロゴの印象が古いために、本来の価値が十分に伝わっていないと感じていました。そこで、社名と同じ名を持つ新ブランドのパッケージラインを依頼された際に、ブランドの新鮮感、新しさを強調するためロゴの提案もしました。この提案が社内の認識を大きく変えるきっかけとなりました。最終的にそのロゴが正式に採用され、ブランドイメージの一新につながりました。

30年前の来日当初、素晴らしい日本の技術が古いデザインのまま止まっていることに、もったいなさを感じていました。その課題を自らの手で解決できたことは、私にとって一番の喜びです。

ーー今後、デザインを通じてどのような未来を描いていきたいとお考えでしょうか。

グエナエル・ニコラ:
日本には素晴らしい技術を持ちながら、その活かし方に悩む中小企業が数多く存在しています。たとえば、GINZA SIXのプロジェクトではテナントの一部に、福井の企業が持つ、宇宙開発にも使われるような特殊な不燃性素材を採用しました。こうした埋もれている技術をデザインの力で翻訳し、新たな価値として「融合」させることが私たちの役割です。

そうして生まれた新しいプロダクトを通じて、100年前から変わらない社会の常識を「リセット」したいと考えています。たとえば、電気自動車への進化の過程で、車はなぜ重くなる一方なのか。進化にはバージョンアップだけでなく、不必要なものを削ぎ落とす「引き算」が必要なこともあります。このように、当たり前になってしまったことに「なぜ?」と問いかけ、ゼロベースで見直すのです。

私たちが日常で目にする風景も、デザインの力で大きく変えられるはずです。たとえば、現在のテレビ番組はテロップや情報が過剰で、本来のコンテンツに集中しにくい状況にあります。また、コンビニエンスストアも同様です。照明や音、香り、そして男女で異なる視覚的な認識ロジック(シークエンス)を最適化すれば、体験価値は劇的に向上します。

こうした日常の質を上げることは、次世代の感性を育てることにもつながります。子供たちが毎日触れる環境を洗練されたものにリセットし、日本の美意識を未来へつなぐため、これからも既成概念にとらわれない挑戦を続けていきます。

編集後記

ニコラ氏の話は、単なるデザイン論にとどまらない。それは、日本の産業や文化、そして次世代への深い洞察に基づいた未来への提言である。現状維持を良しとせず、常にナンバーワンから学び、当たり前を「リセット」しようとする姿勢がある。その視線の先には、日本の技術や感性が本来持つポテンシャルを解放し、世界を驚かせたいという純粋な好奇心があるのだ。日常に潜む「なぜ?」に目を向けることが、未来を創造する第一歩であることを示唆している。

グエナエル・ニコラ/1966年、フランス・ブルターニュ生まれ。1988年にパリのE.S.A.G. Penninghenにてインテリアデザインの学士号を、1991年にはロンドンのRoyal College of Artにてインダストリアルデザインの修士号を取得。その後来日し、フリーランスとしての活動を経て、1998年にデザインスタジオ「キュリオシティ」を設立。現在は代表取締役兼クリエイティブディレクターとして、国内外の主要なプロジェクトを牽引している。