
1917年(大正6年)創業。福岡を拠点に全国44拠点を展開し、一世紀以上にわたり日本の物流を支えてきた西久大運輸倉庫株式会社。100年を超える長い歴史を持つ同社だが、その歩みは決して「守り」だけではない。「変えるべきは変え、守るべきは守る」。そう語るのは、4代目社長の伊東健太郎氏だ。楽天で培った意思決定のスピード感と、現場からのボトムアップを推奨する柔軟な組織づくりで、老舗企業に新たな風を吹き込んでいる。AdBlueの自社輸入や県外への大型投資など、次々と新たな挑戦を続ける若き経営者の覚悟に迫る。
「楽天」で学んだのは、徹底した“スピード感”
ーー伊東社長は大学卒業後、楽天株式会社(現・楽天グループ株式会社、以下・楽天)を経て家業に入られています。前職での経験は、現在の経営にどう活きていますか?
伊東健太郎:
楽天での経験で最も活きているのは、意思決定のスピード感です。当時の楽天は大企業へと成長しつつもベンチャーの気質を色濃く残しており、判断が非常に迅速でした。
一方で、伝統的な物流業界や中小企業は、検討に時間をかけすぎてしまう傾向が見受けられます。しかし、中小企業こそスピードが重要といえます。案件に対して即断即決する姿勢は、現在の経営スタイルの基礎となりました。単に急ぐだけでなく、PDCAを高速で回す文化を肌で感じたことも大きな収穫です。社長就任後、会議のあり方や数字の見方そのものを大きく変えたわけではありませんが、このスピード意識だけは組織全体へ浸透させていく方針です。
「できない仕事はない」。断るのではなく“提案”で解決する

ーーお客様から選ばれ続けている、貴社ならではの強みをお聞かせください。
伊東健太郎:
私たちは「できない仕事はない」という気概を持っています。これは単に、何でも引き受けて現場に無理をさせるという意味ではありません。「前例がないから難しい」と断るのではなく、お客様の要望に対して「どうすれば実現できるか」代案を出す姿勢を大切にしています。
物流には法令の壁がつきものですが、難しい案件でも「こういう方法なら法令を遵守した上で運べますよ」と代案を提示します。自社のネットワークとノウハウを駆使して実現させる。大手企業にはできない小回りの利く対応と、それを支える現場の組織力が、長年お客様から信頼をいただいている理由だと自負しています。
現場からのチャット一本で、海外輸入事業が始まった
ーー具体的に、社内で新しい挑戦が生まれた事例を教えてください。
伊東健太郎:
象徴的なのは、トラックの排ガス浄化に不可欠な「AdBlue(アドブルー)」の自社輸入プロジェクトですね。これまでは商社を通じて購入していたのですが、ある時、通関課の社員から社内チャットで「自社で海外から直接仕入れてみたら面白いのでは?」と私に直接メッセージが来たんです。
社員が、ふと思い立ったアイデアを私に直接ぶつけてくれ、私も「面白い」と思い、すぐにベトナムへ飛びました。現地の工場を視察し、商流を作って、自社輸入を実現。運送会社が商社のような動きをするという、私たちにとって新しい挑戦でした。
ーー現場の声がトップに直接届き、即事業化されるスピード感には圧倒されます。
伊東健太郎:
AdBlue事業への参入もそうですが、現場から「これをやりたい」という声が上がれば、積極的に背中を押す環境を作っています。たとえば、ドローン事業も現場の発想をきっかけに始まった取り組みの一つ。空撮による動画制作をはじめ、物流配送や農薬散布など、ドローンの特性を活かした業務に取り組んでいます。ボトムアップで挑戦する風土が根付いてきたことは、改革の手応えの一つです。
また、トップダウンの決断としては、ここ数年で岡山県に2つの大型倉庫を建設しました。これは九州圏外への初めての大規模投資です。「2024年問題」を受け、物流体制の見直しが必要となり、ストックポイントとなる支店を岡山に設置する判断をしました。数十億円規模の投資ではありましたが、安定した物流を維持するために必要な投資だったと考えています。
「変えるもの」と「変えないもの」のバランス
ーー改革を進める一方で、100年企業として「守っているもの」は何でしょうか?
伊東健太郎:
創業以来もっとも大切にしてきた「安全」と「信用」への意識だけは、絶対に変えてはいけません。
たとえば弊社では、安全性やランニングコストを重視し、トラックを購入する際は原則として新車を導入しています。かつて、あるベテランドライバーから「20年トラックに乗ってきたが、新車を与えられたのはこの会社が初めてだ。この車を大切にします。」と感謝されたことがありました。道具への投資は、単なるコストではありません。それはドライバーの誇りやモチベーションを支え、結果として安全意識の向上に直結するものだと確信しています。
変えるべき仕組みは大胆に変えつつ、安全や品質のレベルは徹底して守り抜く。そのバランス感覚こそが、次の100年を作る鍵だと思っています。
社員が子どもに自慢できる会社へ
ーー今後の展望をお聞かせください。
伊東健太郎:
私の座右の銘は「雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)」です。物流業は派手なビジネスではありません。しかし、小さな信頼を積み重ねていくことで、やがて固い石にも穴を開けるような大きな成果につながると信じています。
目指しているのは、社員が自分の子どもに「お父さんお母さんは、こんな会社で働いているんだぞ」と胸を張って自慢できる会社です。生活を支えるインフラとしての責任を果たしながら、社員が安心して長く働ける環境を作り、お客様と共に成長していく。誠実に、そして着実に。これからも一歩ずつ前進していきます。
編集後記
100年を超える歴史を持つ老舗企業でありながら、その内側にはベンチャーのような熱気が溢れている。楽天出身の伊東氏がもたらしたのは、単なるスピード感ではない。社員のアイデアを即座に形にする柔軟さと、それを支える現場への信頼だ。新車導入を重視する姿勢からは、プロフェッショナルへの深い敬意が伝わってくる。「雨垂れ石を穿つ」の言葉通り、誠実な積み重ねを大切にする正統派の改革は、物流業界の未来を明るく照らしていくに違いない。

伊東健太郎/2011年、東京大学農学部卒業後、楽天株式会社に入社。2014年、伯父である前社長・彌永忠社長に誘われ、西久大運輸倉庫株式会社に入社。取締役社長室長、常務取締役、取締役副社長を経て、2019年に代表取締役社長へ就任。