
英国風パブ「HUB」や「82」を国内に展開する株式会社ハブ。キャッシュオンデリバリーという気軽なスタイルと、人々が集うコミュニティとしての役割を強みに、日本の飲酒文化に独自のポジションを築いてきた。同社を率いるのは、代表取締役社長の太田剛氏だ。「HUB」創業者の故・中内㓛氏から受け継いだ「明日への活力となる場を提供する」という熱い思いを胸に、コロナ禍の逆境を乗り越えた。現在は、47都道府県への出店を目指す新戦略「SmasH47」を始動させている。日本全国へパブ文化を広げるという、揺るぎない信念と未来への展望に迫る。
迷いを晴らした創業者の言葉と「やらないこと」を決める戦略
ーー貴社への入社に至るまでの経緯について教えてください。
太田剛:
大学4年生の夏、神戸三宮にあった「HUB」の1号店に立ち寄ったのが最初の出会いです。昼間から外国人客で賑わい、キャッシュオンデリバリーで飲むスタイルが非常に新鮮でした。内装にこだわりつつも生ビールは180円と非常に安く、運営母体が株式会社ダイエーだと知って興味を持ちました。
ダイエー創業者の故・中内㓛氏が、イギリスで感銘を受けたパブ文化を日本に広めようと始めた事業だと知り、大きな可能性を感じました。何より、客として体験した際の感動が大きく、1983年に入社を決めました。
入社後、本当の意味で事業の本質を理解したのは、1995年に初めてイギリスへ視察に訪れたときです。現地のパブで五感を通して英国の文化、そして中内氏が目指したものを感じました。パブが現地でいかに不可欠なコミュニティであるかを目の当たりにし、中内氏の思いに心から共感したのです。この経験が、帰国後に「本格的な英国パブを日本で再現しよう」と全力を注ぐ決意へとつながりました。
ーー事業の方向性はどのように固まっていったのでしょうか。
太田剛:
1996年に中内氏が一人で浅草店に来られた際、私は思い切って創業の理由を尋ねました。すると中内氏は、イギリスの歴史とパブを紐解きながら説明してくださったのです。日本の居酒屋が食べながら飲む場であるのに対し、英国パブは飲みながら会話する文化なのだと説かれました。「パブは明日への活力を養うコミュニティであり、お酒はその潤滑油に過ぎない」という言葉に、私の腹も固まりました。
ただ、現場を預かる身として、売上のために食事メニューを強化すべきではないかという葛藤もありました。その迷いが晴れたのは、あるビジネススクールで「戦略とは何をやらないかを決めることだ」と学んだときです。この教えが中内氏の信念とつながり、2006年の理念明文化に至りました。会話の場に徹するため、食事需要のピークである19時から21時をあえてターゲットから外す戦略を明確に打ち出したのです。
危機を救った「信用」の力 歴史が語る英国パブ不滅の価値

ーー社長への就任を決意されるまでの経緯についてお聞かせいただけますか。
太田剛:
以前は自分が社長の器ではないと考えていました。むしろナンバーツーとしてリーダーを支える役割のほうが向いていると感じていました。そのため、就任の打診をいただいても、しばらくお断りしていました。
しかし、創業者である中内氏との対話や英国視察を経て、私たちが進むべき戦略に確信を持てるようになりました。この理念と方針があれば、自分が先頭に立って事業を推進できるのではないかと自信が芽生えたのです。ようやく覚悟が決まり、2009年に社長に就任しました。私たちが目指すパブ文化を日本に広めるため、不退転の決意でこの大役を担うことにしたのです。
ーー経営を行う上で、どのような信念や価値観を大切にされていますか。
太田剛:
私が最も大切にしているのは、信用を積み重ねて信頼をいただくことです。これは経営者として、決して曲げられない信念です。この価値観の原点は入社時にあります。当時、公務員の父は、私が飲食業界へ進むことに猛反対しました。私は「中内氏が手がける事業だから、公務員以上に真面目に取り組む」と約束し、この世界に飛び込んだのです。業界への偏見を払拭したいという思いが、私の誠実な経営の根底にあります。
この姿勢の重要性を痛感したのが、コロナショックで倒産の危機に瀕したときでした。一時は事業の継続を諦め、迷惑をかけない畳み方を考えるほど追い詰められました。しかし、窮地を支えてくれたのは、まさに皆様からの信頼でした。
従業員は復活を信じて会社に残ってくれました。取引先や金融機関も「ハブなら大丈夫」と、変わらぬ支援を続けてくださったのです。また、常連のお客様はリスクがある中でも足を運び、オーナー様も賃料減額の相談に応じてくださったのです。正直な経営を貫き、仲間を大切にする。この積み重ねがあったからこそ、皆様との強い絆が生まれたのだと確信しています。今後もこの信念を胸に、着実に成長を続けていきます。
ーー未曾有の危機の中、パブ文化は必ず復活するという確信の源泉はどこにあったのでしょうか。
太田剛:
英国のパブが持つ歴史そのものが、私の確信の源です。パブは300年、400年という歴史の中で、疫病や戦争、不況を幾度となく乗り越えてきました。これは、人々の「直接顔を合わせて会話したい」という根源的な欲求に支えられた、決してなくならない文化であることを意味します。流行に左右されるブームではなく、人々の生活に根ざした文化だからこそ、この事業は不滅だと確信していました。
ですから、混乱の最中にあっても、需要は必ず戻ると信じ抜くことができました。関係者の皆様にも「英国の歴史が証明しています。私ではなく、歴史を信用してください」と、自信を持って伝え続けることができたのです。
理念に共感する仲間と共に 47都道府県へ届ける「独自の価値」

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。
太田剛:
私たちのビジョンは、ハブならではの独自の価値を日本全国へ広げていくことです。それは単なる飲食の場ではなく、人とのふれあいや出会いが生まれるコミュニティそのものです。ふらっと立ち寄ったときに誰かに会えるという期待感。そして、スポーツ観戦などを通じて自然と交流が生まれる場。キャッシュオンデリバリーという気軽なシステムも、多様な人々を受け入れる土壌となっています。
この価値を届けるため、47都道府県すべてを出店対象とする新戦略「SmasH47」を掲げました。以前は特定の地域に集中して出店する戦略をとっていましたが、コロナショック明けの挑戦として全国展開を決意したのです。「日本にパブ文化を広める」という創業者の思いを果たすことが私たちの使命だと考えています。
地方展開では、人が集まる駅への出店を軸に、JR各社様には出店場所の確保などでご協力いただいています。さらに、地域のJリーグチームや地元企業とも連携し、スムーズに地域へ溶け込めるよう力を注いできました。
実際に出店すると、「やっと来てくれた」という歓迎の声をいただき、大きな手応えを感じています。私たちの提供するコミュニティは全国で必要とされている。そう確信し、2030年の200店舗達成に向けて進み続けるだけです。

ーー事業拡大に向けた人材戦略や、組織づくりへの思いをおうかがいできますか。
太田剛:
私たちはパブ運営に特化しているため、採用では経営理念への共感が絶対条件です。飲食全般が好きという方より、「パブをやりたい」という熱意ある仲間を求めています。幸い、理念に賛同してくれる人財が集まっており、非常に心強く感じています。
人財育成では、入社3年目の社員を対象とした英国研修に注力してきました。私自身がそうであったように、本場の空気を五感で体験することが何よりの学びになると確信しているからです。現在は社員のほぼ100%が経験しており、その熱量が周囲に伝播することでよい循環が生まれています。
事業の発展には、やはり人財が肝となるでしょう。単にお酒を提供するだけでなく、地域に根ざしたコミュニティをつくることが私たちの使命です。英国パブ文化を日本に広める夢を共有できる仲間と共に、これからも成長していきたいと考えています。
編集後記
創業者の思いを自らの信念へと昇華させた太田氏。その口調からは、パブ文化を日本へ広めるという強い使命感が伝わってきた。コロナショックという最大の危機に瀕した際、支えとなったのは英国パブが持つ400年の歴史と、地道に積み重ねてきた信頼だったという。逆境を糧に全国展開へと舵を切ったその決断は、確固たる根拠に裏打ちされている。人と人がつながる場の価値が再認識される今、同社が描く未来に注目したい。

太田剛/兵庫県出身。1983年大阪経済大学経営学部を卒業後、株式会社ダイエーの子会社であった旧・株式会社ハブに入社。1998年同社取締役営業部長に、2009年代表取締役社長に就任。