
明治・大正期より日本の近代化を支え、かつては輸出の花形でもあったマッチ産業。しかし、ライターの普及や生活様式の変化により、市場は縮小の一途をたどる。この逆風下、創業100年を超えた老舗、株式会社日東社が、新たな価値創造に挑んでいる。牽引するのは、専務取締役の大西潤氏。コンサルティング会社で培った視点を武器に、理念を軸とした風土改革を実行した。そして、マッチを単なる火をつける道具ではなく「五感で楽しむ体験」として再定義している。家業の伝統を守りつつ、マッチトップメーカーとして次代の灯をともすための成長戦略と、その覚悟に迫った。
「いつか」を「1年後」に変えたハワイでの宣言
ーー貴社に入社される前までの経緯をお聞かせください。
大西潤:
祖父が3代目、父が4代目。周囲からは当然のように「次は君だ」と言われて育ちました。しかし、そのまま家業に入るのではなく、まずは外の世界で実力を試したいと考えていました。
就職活動では商社なども検討しましたが、最終的に選んだのは組織人事コンサルティングを手がける株式会社リンクアンドモチベーションでした。いかに優れた戦略も、実行するのは「人」と「組織」。あらゆる企業に通底する課題解決力を身につけたいと考えたのです。また、若手のうちから中小企業の経営者と直接対峙できる環境も魅力でした。将来、自身が経営を担う日に備え、多くの経営者の苦悩や思考に触れ、視座を高めておきたかったのです。
ーー貴社へ入社を決めた転機は何だったのでしょうか。
大西潤:
決定打は、2018年に行われた弊社設立95周年記念のハワイ旅行です。当時、私はまだ前職に在籍していましたが、なぜか社員旅行に招かれました。その宴席で、サプライズのような形で前に呼ばれ、社員の前で話をする機会をいただいたのです。
当時は入社4年目で、仕事のノウハウも身についてきて、今後のキャリアを模索していた時期でした。その場の高揚感もありましたが、図らずも「1年後に戻ります」と全社員の前で高らかに宣言したのです。
だらだらと期限を決めずに過ごすのではなく、期限を切って公言することで退路を断ち、覚悟を固める大きな転機となりました。
トップ頼みの体制から「理念」で束ねる組織へ

ーー入社後、組織に対してどのような課題を感じられたのでしょうか。
大西潤:
直面したのは、強固なトップダウン文化です。3代目の祖父による強力なリーダーシップのもと、社員には指示待ちの姿勢が染みついていました。製造業特有の勤勉さがあり、残業も少なく働きやすい環境ではあります。しかし、部門間の連携や自発的なコミュニケーションが極端に希薄でした。工程ごとの縦割り意識が強く、前後工程が連携すれば効率化できる場面でも、会話が生まれない。この受動的な体質を変革する必要がありました。
ーー具体的にどのような改革に着手されたのでしょうか。
大西潤:
着手したのは、判断のよりどころとなる経営理念の明確化と浸透です。トップダウン経営で、社員に自発性が乏しいという課題がありました。そこで、個人のカリスマではなく「言葉」で組織を束ねるため、理念をベースに会話や評価を行う仕組みへと刷新したのです。
あわせて、部門間の壁を越えたつながりを強化するため、委員会活動を導入しました。「安全快適委員会」では職場環境の改善を、「3S委員会」では整理・整頓・清掃を通じて働きやすさの追求を、「レクリエーション委員会」ではコミュニケーション活性化のためのイベント企画を、「美化委員会」は「あったらいいな」をみんなで協力して形にしています。
これは単なる活動ではありません。自分たちで目標を定め、職場環境を改善していく。こうした成功体験を積み重ねることで、受け身ではなく「自ら考え、動く」自走型の風土へと、少しずつ変容させています。
マッチは火をつける道具ではなく「五感で楽しむ体験」

ーー新ブランド「BLUE LABEL MATCH」について、開発の背景をお教えいただけますでしょうか。
大西潤:
弊社のマッチ事業は、100円ショップや量販店などの小売店へ日東社ブランドの展開、喫茶店などに向けた広告マッチやOEM、そしてアメリカへの輸出です。しかし、時代の変化と共に国内需要は減少しています。そこで改めて、マッチの価値を根源から問い直しました。
私たちが改めて見出したマッチの価値は、マッチは単なる着火具ではなく、「五感で楽しむ体験」であるということ。箱を開ける音、擦る感触、シュッという発火音、炎のゆらぎ、そして消えた後の懐かしい香り。ライターや電子着火器具にはない、情緒的な価値がそこには宿っています。
その価値を具現化した新商品が、2025年11月にリリースした「BLUE LABEL MATCH(ブルーラベルマッチ)」です。1箱500円という価格は、日常使いのマッチを知る方からすれば驚かれるかもしれません。しかし、インテリアショップやアパレル、キャンドル専門店など、新たな販路では、大切な人へのギフトや自分へのご褒美として、その価値を認めていただいています。
ーー高価格帯でも市場に受け入れられる理由はどこにあるとお考えですか。
大西潤:
たとえば、5,000円や10,000円といった高価なキャンドルを購入されるお客様にとって、火を灯す道具が使い捨てライターでは、せっかくの世界観が台無しになってしまいます。お気に入りのキャンドルに火を灯すまでの「時間」を豊かに演出するアイテムとして、500円のマッチは不可欠なセットだと捉えられているのです。実際、あるアウトドアショップの担当者様からは「この品質と世界観なら、1,000円でも安いと感じる層がいるはずだ」と背中を押していただきました。
SNSを通じて、お客様がこのマッチをどう楽しんでいるかも直接伝わってきます。友人の誕生日にケーキと一緒に贈り、特別な時間の彩りとして活用し、残りのマッチはそのままプレゼントするという楽しみ方も広がっています。「便利さ」ではなく、火を灯すという「体験」に対価を支払う市場があることを確信しました。
「家業と産業を守る」使命感を胸に100年企業の新たな挑戦

ーー今後の展望について、お聞かせいただけますでしょうか。
大西潤:
国内においては、雑貨店やインテリアショップ、アウトドアといった新販路をさらに開拓し、マッチになじみのない世代へ魅力を広げていきたいと考えています。既存の枠組みにとらわれない新商品開発や、異業種コラボレーションも加速させる方針です。
将来的には、本格的な海外展開も見据えています。実は、日本のマッチ品質は世界でも極めて高い水準を誇っています。弊社の製品は軸が強く、最後までしっかりと燃え続けます。この「ジャパン・クオリティ」を武器に、世界へ向けて日本のマッチ文化を発信していきたいですね。
日本からマッチの灯を消してはいけない。この強い思いを胸に、家業と産業を守り抜くため、伝統を重んじながらも変化を恐れず挑戦を続けます。
編集後記
マッチを擦る音や消えたあとの香り。大西氏が語るその言葉からは、私たちが忘れかけていたマッチの情緒的な価値が鮮明に伝わってくる。コンサルティングの知見を活かしつつも、その根底にあるのは現場に足を運び、使い手の声に耳を傾ける実直な姿勢だ。100年の歴史に甘んじることなく、理念を軸とした組織づくりで次代を切り拓こうとする同社の飽くなき挑戦は、これからも続いていくことだろう。今後の飛躍が楽しみだ。

大西潤/1992年兵庫県姫路市生まれ。2015年に慶應義塾大学卒業後、新卒で株式会社リンクアンドモチベーションへ入社し、組織人事コンサルティングに従事。2019年7月に家業である株式会社日東社へ入社。2022年1月に同社専務取締役に就任。株式会社日東社の5代目を継ぐ予定。