※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

紙やフィルム、テープなどの加工を手がけ、電子部品から医療、食品にいたるまで、多岐にわたる業界を支える三愛株式会社。業界屈指の設備台数と、あらゆる品質要求に応える生産体制を強みに、顧客の多様なニーズに応え続けている。現在、同社を率いる代表取締役社長の星川茂氏は、大手損害保険会社での勤務を経て、30歳で家業である同社に入社し、コロナショックを機に生産性を1.5倍に高める「150%の未来活動」を始動させた。常に「変化の受容」を唱え、「小さな改善の連続こそが大きなイノベーションを生む」と語る。本記事では、星川氏のこれまでの歩みと事業の強み、そして未来に向けた組織づくりの思いに迫る。

外の世界で知った家業の偉大さ 30歳から挑むゼロの再出発

ーーまずは、社会人としてのキャリアのスタートについてお聞かせいただけますか。

星川茂:
学生時代は家業を継ぐことを前提にしていたわけではなく、父親が上司になる環境も当時はイメージできていませんでした。そのため、まずは一人の社会人として自分の足で生きていくことを考え、就職活動を通じて最も魅力を感じた三井住友海上火災保険株式会社に入社したのです。

入社後は損害保険の営業として、自動車ディーラーなどの代理店をサポートする業務に従事しました。配属先の名古屋ではトヨタ自動車関連の代理店を担当し、保険販売の勉強会の実施や、収益向上につながる仕組みを代理店の社長に直接提案するなど、幅広く活動していました。そうして全力を尽くして働くうちに、多くの経営者の方々と対峙する中で、次第に「中小企業の経営に携わりたい」という具体的な目標が自分の中に形作られていき、その結果として三愛の門を叩くことになったのです。

ーー貴社へ入社されるまでの経緯や、当時のご経験についてうかがえますか。

星川茂:
私が三井住友海上火災保険で働いている間、2代目社長である祖母から「いつ戻ってくるのか」とよく言われていましたが、当時は聞き流していました。しかし、社会人として経験を積む中で、中小企業が50年、60年と利益を出しながら存続することの偉大さを肌で感じるようになったのです。外の世界を見たからこそ祖父が創業したこの会社のすごさを理解でき、その気づきが弊社への入社を決意するきっかけとなりました。29歳のときでした。

ただ、前職では無形の商品である保険を扱っていたため、実物を取り扱う弊社の仕事は全くの別物でした。納品書や手書きの領収書の役割すら分からない状態からのスタート。まさに、30歳で新入社員に戻ったような感覚で、まずは商品知識の習得に励みました。新規開拓では業界の名簿やウェブサイトを調べては電話をかけるなど、現場で一歩ずつ経験を積み上げる日々を過ごしました。

生産性1.5倍の実現へ 現場の意識を変える「4つの約束」とは

ーー組織の変革に向けて、どのような課題感を持ち、具体的な行動を起こされたのでしょうか。

星川茂:
大きなきっかけは2020年のコロナショックです。営業活動が制限され、社内でデータを分析する時間が増えた際、コロナショック前と比べて残業時間が半分以下になっているにもかかわらず、粗利がほとんど変わっていないことに気づきました。このデータから、現場にはまだ生産性を上げる余地があると確信し、社長就任前の2022年2月から「150%の未来活動」というプロジェクトを立ち上げました。これは工場の生産性を1.5倍に高めることを目指すもので、現在も継続して取り組んでいます。

ーー組織にはどのような意識変革を求めていますか。

星川茂:
最も大切にしているのは、変化を受容するマインドです。生産性を上げるには従来の手法を変える必要がありますが、それを自身の否定と捉えるのではなく、時代に合わせて変わる必要があるのだと前向きに受け入れてもらうことが重要です。そのため、「他人のせいにしない」「過去のことを言わない」「できないと言わない」「時間がないと言わない」という4つの約束を掲げ、意識改革を促しています。

私が目指しているのは、社員一人ひとりから「5分の作業を3分にする」というような小さな改善提案が自発的に生まれ、その連続が会社全体の大きなイノベーションにつながる組織です。この活動を通じて、社員が自ら考え行動する文化を根付かせていきたいと考えています。

100台の設備で顧客を支え抜く 特殊加工で築く信頼の基盤

ーー貴社の事業内容について、改めて詳しくお聞かせいただけますか。

星川茂:
弊社は製造業で、主に機能性のある紙やフィルムの加工を手がけています。皆さんが想像する新聞紙やコピー用紙とは異なり、たとえば電子部品や半導体の製造工程で使われる特殊な紙や、医療用途で使われる素材などを扱っています。また、食品業界で使われる包装用の紙なども製造しています。油分が染み込みにくいよう特殊なコーティングが施されたものなど、実は身近なところにも弊社の製品は存在しています。

ーー同業他社と比較した際の、貴社の強みはどこにあるのでしょうか。

星川茂:
大きく分けて3つの強みがあります。1つ目は、約100台という豊富な設備台数です。同業者でこれだけの規模を持つ会社は珍しく、仕入れ先からは「これほどの台数を保有している会社は見たことがない」と驚かれることも少なくありません。この設備力により対応範囲が広く、お客様からは「三愛に頼めば何とかしてくれる」と厚い信頼を寄せていただいています。

2つ目は、製品に合わせた加工環境の柔軟性です。弊社では、微細な塵の混入も許されない精密製品に対応するため、クリーンルームを完備しています。一方で、粉塵が発生しやすい紙の加工などは、クリーンルーム外の一般環境で行う必要があります。通常、同じ種類の機械を「クリーンルーム」と「一般環境」の両方に設置し、品質基準に応じて使い分けるのは、設備コストの面で困難です。しかし、弊社は豊富な設備台数を活かし、多種多様な品質要求に最適な環境で対応できる体制を整えています。

3つ目は、取引先の業界が多岐にわたることです。弊社の製品は、電子部品などの工業分野から食品、医療にいたるまで幅広く採用されています。実際に特定ジャンルの不況が直撃しても、ほかの業界の需要で補えるリスク分散の構造ができあがっています。コロナショックの際も業績が大きく崩れなかったのは、このように多くの業界に「小さな柱」を無数に持っていたからに他なりません。

自分を信じ会社を動かす「4つ目の愛」に込めたメッセージ

ーー今後の事業展開と、それを支える組織づくりについて、どのようにお考えですか。

星川茂:
事業面では、AI関連やデータセンターといった成長分野へ挑戦していきたいと考えています。しかし、私たちのビジネスはニッチな世界ゆえに、どの工程でどんな素材が必要とされているのか、インターネットだけでは情報をつかめません。いかにして現場の技術者の方から情報を引き出し、的確にアプローチできるかが鍵になると考えています。

こうした新たな挑戦を成功させるためにも、組織の強化が不可欠です。そこで今年の2月から新しい人事評価制度をスタートさせました。評価を明確にしてモチベーションを高めること、上司とメンバーによる定期的な面談を必須化し、コミュニケーションを活性化させること。そして、会社の理念に基づいた目標設定を促すことが狙いです。最終的には、社員全員が自ら考え、行動し、変化を主導する人材になってほしいと願っています。まだ指示待ちの姿勢が見られることもありますが、制度を通じて一人ひとりが主体的に動き、息を吸うように改善が当たり前になる組織を目指していきます。

ーー最後に、読者である若手のビジネスパーソンへメッセージをお願いします。

星川茂:
弊社の「三愛」という社名は、「ひとを愛し しごとを愛し まことを愛す」という三つの愛に由来します。私は社長に就任した際、これに「自分を愛す」という4つ目の項目を加えました。これには社員への2つの願いが込められています。

1つは、会社のルールに縛られすぎないでほしいということです。たとえ理念であっても、時代の変化に合わせて変えるべきときは、自分たちの手で変えていく勇気を持ってほしい。会社に合わせるのではなく、自分たちが正しいと信じる方向へ会社を導いてほしいのです。

もう1つは、自分自身の力を信じてほしいということです。「自分なんて」と卑下するのではなく、一人ひとりの挑戦が会社を動かす原動力になると信じて、誇りを持って行動してほしい。自分を大切にし、自信を持って変化をつくり出せる組織でありたいという、私の強い思いをこの言葉に託しています。

大企業とは異なり、社員一人ひとりの発言や行動がダイレクトに会社を動かす原動力となるのが、中小企業の醍醐味です。弊社には、自分の可能性を信じて一歩踏み出せば、組織そのものを変えていける環境があります。社長である私とも直接対話を重ねながら、自らの手で未来をつくり出していく。その「手応え」を楽しみながら、共に新しい弊社を築いていける仲間を待っています。

編集後記

大手損害保険会社での経験を経て、家業の門を叩いた星川氏。外の世界を知るからこそ、半世紀を超えて存続する企業の価値を誰よりも深く理解していた。同氏が掲げる「自分を愛す」という言葉には、会社に追従するのではなく、自らの意志で変化を主導してほしいという社員への深い信頼が込められている。コロナショックを機に始まった挑戦は、単なる効率化にとどまらず、一人ひとりが誇りを持って働ける組織への脱皮でもあった。新たな評価制度という「対話の場」が根付き、個々の熱意が組織の力に変わったとき、同社のさらなる飛躍が楽しみだ。

星川茂/1984年大阪府生まれ。同志社大学卒業後、三井住友海上火災保険株式会社に入社し、名古屋の企業を担当する営業本部に配属。2014年に三愛株式会社へ入社。10年間営業に従事し、2024年に同社代表取締役社長に就任。