※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

かつて「ゴミ」として扱われていた廃漁網が、世界中のブランドが求める「素材」へと生まれ変わる。宮城県気仙沼市を拠点とするamu株式会社は、廃漁網を回収し、ナイロン素材として再生させるリサイクル事業を展開している。だが、同社のビジネスは単なる「環境保護」の枠には収まらない。率いるのは、サイバーエージェントでネット番組のプロデューサーとして活躍した経歴を持つ、代表取締役CEOの加藤広大氏だ。「すべては面白いことから始まる」と語る同氏が、なぜITの最前線から漁業の町へ飛び込み、どのようにして産業の構造を変えようとしているのか。そのユニークな生存戦略と、独自のプロデュース論に迫った。

「裏方」の情熱に触れたサイバーエージェント時代

ーーまずは、キャリアのスタートについて教えてください。

加藤広大:
もともとは大学生の時に、株式会社サイバーエージェントへインターンとして入ったのがきっかけでした。正直なところ、当時は「何かを成し遂げたい」といった高尚な志があったわけではありません。「サイバーエージェントのインターンに受かったらかっこいいかも」くらいの、記念受験的な動機でした。ただ、実際に入ってみると仕事が面白くて、大学を辞めてそのまま入社することになりました。

ーーそこではどのようなお仕事をされていたのでしょうか。

加藤広大:
「ABEMA」の番組制作です。まだ立ち上げ期で人手も予算も限られる中、ゲームチャンネルのプロデューサーを任されました。最初は予算200万円ほどの小さな番組でしたが、毎週の生放送をお祭りのように盛り上げ、視聴者の感情をどう動かすかということに没頭しました。

当時工夫したのは、これから伸びる声優さんを起用することです。ゲームのリリースと番組のタイミングを合わせ、声優さんの人気上昇とともに番組も育てる。ファンと一緒に熱量をつくっていくプロセスは、今のビジネスにも通じる部分があると思います。

ーーサイバーエージェントでのご経験は、今の活動にどのようにつながっているのでしょうか。

加藤広大:
加えて、同時に担当していた営業の経験も大きかったです。ゲーム会社へ営業に行く中で、開発現場のエンジニアの方々と話す機会が多くありました。彼らは表舞台には出ませんが、一つひとつの仕様に強いこだわりと情熱を持っています。「なぜこの動きにするのか」を熱心に語る彼らの姿を見て、「裏方で支える人たちの思いを世の中に届けたい」と強く思うようになりました。

誰かの情熱やストーリーを、適切な形で世の中に伝える。メディア的な動き方という意味では、今の弊社の事業も同様の構造です。

デザインだけでは「地域」を語れない

ーー番組プロデューサーとして手応えを感じていた中で、次なる転機はどのように訪れたのでしょうか。

加藤広大:
転機は2019年です。地域おこし協力隊として宮城県気仙沼市へ移住することを決めました。ITの世界から離れ、現地では当初「地域のアイデンティティを表現したスニーカーをつくりたい」と考えて活動を始めたんです。しかし、既存の素材を使ってデザインだけで「気仙沼のスニーカーです」と謳うことに、どこか薄っぺらさを感じてしまいました。

本当の意味で地域性を表現するなら、その土地の素材からつくられているべきではないか。そう考えたとき、気仙沼の産業の中心である漁業、そこで大量に使われている「漁網」に行き着き、これを再利用できないかと考え始めました。

ーー「漁網」に着目されてから、具体的にどのようなアクションを起こされたのですか。

加藤広大:
廃漁網を回収し、それを新たな製品に変えるリサイクル事業の立ち上げに動きました。とはいえ、漁網を製品化するには技術も資金も必要です。最初は実績も何もない状態でしたが、思いに共感してくださった投資家の方やパートナー企業の協力があり、2023年に会社を設立することができました。

特に、出資をしてくださったUBE株式会社様の存在は大きかったです。実績や技術が未知数な段階では、気仙沼から来た若者が「リサイクルをしたい」と訴えるだけでは、なかなか信用を得ることはできません。しかし、UBE様のような実績ある企業がバックアップしてくれたことで、事業としての説得力が生まれました。

ーー貴社のビジネスモデルの特徴について、詳しくお聞かせいただけますでしょうか。

加藤広大:
私たちは、漁師さんから廃漁網を有償で買い取り、洗浄・裁断してペレット化し、最終的にナイロンの糸や生地に再生します。最大の特徴は、自社で最終製品(プロダクト)をつくって売ることをゴールにしていない点です。私たちはあくまで素材メーカーとして、アパレルブランドやメーカー様に素材を提供することに主眼を置いています。

ーーなぜ、素材提供にこだわっているのでしょうか。

加藤広大:
私たちがTシャツやバッグをつくって売るよりも、思いを持ったメーカーに素材を使ってもらったほうが、より広く、深くストーリーが伝わると考えているからです。

たとえば、あるアウトドアブランドが「椅子をつくりたい」と考えたとき、弊社の素材を使うことで「なぜこの素材なのか」という物語が生まれます。私たちの素材を使っていただく商品には、QRコード付きのタグなどを付属でき、「どこの漁港で、誰が使っていた網なのか」というルーツを可視化できるようにしています。メーカーさんが弊社の素材をどう解釈し、新たな表現として世に送り出してくれるのか。そのプロセスに出会えることが、私自身大きな喜びです。

「いらないもの」を「面白い」に変える

ーー今後の展望についてお聞かせいただけますでしょうか。

加藤広大:
弊社のビジョンは「いらないものはない世界をつくる。(Nothing is Worthless.)」です。一般的に廃漁網は産業廃棄物ですが、私たちから見れば、地域を表現するための大切な資源であり、宝の山です。

「誰もが触りたがらないものであっても、見方を変えるだけでこれほど価値のあるものがつくれる」という事実を、弊社は事業を通じて証明したいと考えています。その姿勢を示すことで、自身の人生や地域の未来を「どうせ無理だ」と低く見積もっている人たちに対し、新たな可能性を見いだすきっかけを提供したいという思いがあります。

このビジョンを具現化するため、直近で実施した資金調達による投資も加速させています。主な用途は生地開発と回収拠点の拡大です。質の高い生地をつくるには、どうしても時間とコストを要しますが、ここをやりきらないと素材メーカーとしての価値が出せません。同時に、回収ネットワークも気仙沼から日本全国、さらにはマレーシアなど海外へと広げ、グローバルな課題解決に挑んでいく考えです。

ーー事業を推進するうえで、大切にされている姿勢についてお聞かせください。

加藤広大:
そこには絶対にぶらしたくない軸があります。単に、「環境のために」と肩肘張るのではなく、純粋に「この素材、かっこいい」「この背景、面白い」という感覚で選んでもらいたいという点です。そうでなければ、多くの人を巻き込む持続的な文化にならないと考えています。

弊社内の雰囲気も、よい意味でスタートアップらしく、毎日がお祭りのような活気にあふれています。毎年のお花見には社員だけでなく、投資家や取引先、その家族までお招きします。関わってくれる人をどんどん巻き込んで、その輪(ブルーシート)を広げていくことが、弊社の価値の大きさに直結すると確信しています。漁網のリサイクルという地道な活動も、全員が楽しみながら取り組むことで、新しい価値へと昇華できると信じています。

ーー最後に、この記事を読んでいる方へメッセージをいただけますでしょうか。

加藤広大:
私たちは、廃漁網という「嫌われもの」を、誰もが使いたくなる「ブランド素材」に変えようとしています。これは漁網に限った話ではありません。一見価値がないと思われるものでも、視点を変え、ストーリーを付与することで、輝く資源になり得ます。

今後は、このモデルを他の地域や素材にも展開していきたいと考えています。たとえば北陸の繊維工場の端材など、まだ光が当たっていない資源はたくさんあります。もし「自分の地域でこんなことをやりたい」という熱い思いを持った方がいれば、私たちのノウハウをフル活用して応援したい。そうやって仲間を増やしながら、世の中のいらないものを一つずつなくしていけたら最高に面白いですね。

編集後記

加藤氏の言葉から感じたのは、圧倒的な「プロデュース力」だ。廃漁網リサイクルという、ともすれば重く真面目になりがちなテーマを、同氏はお祭りや物語といったエンターテインメントの文脈で再定義している。それはサイバーエージェント時代に培った「人の心を動かす」という原体験が根底にあるからだろう。素材を売るのではなく、その素材が持つ背景と可能性を売る。気仙沼から始まったこの熱狂の輪が、世界をどう覆っていくのか。同社の今後の飛躍が楽しみだ。

加藤広大/1997年生まれ、神奈川県小田原市出身。二松学舎大学文学部在学中、授業の一環で初めて宮城県気仙沼に訪問。その後、株式会社サイバーエージェントに入社し、ネット番組のプロデューサーを経験。2019年、気仙沼に移住後、廃漁網アップサイクルに興味をもち、2023年5月amu株式会社設立。2025年、アジアで活躍する30歳未満のリーダー「Forbes 30 Under 30 Asia 2025」に選出される。