※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

産業用ロボット、自動車、医療機器。現代社会を支えるあらゆる機械の中で、目に見えないながらも決して欠かすことのできない心臓部、それが「歯車」だ。広島県福山市に本社を構える岡本工機株式会社は、1944年の創業から80年以上の歴史を持つ歯車製造のプロフェッショナル集団である。同社は今、開発に10年を要した日本唯一の特許技術「超音波援用加工」を武器に、グローバルニッチトップへの道を突き進んでいる。親会社である株式会社岡本工作機械製作所から異動し、不退転の決意で同社を率いる代表取締役社長の菊地正人氏に、技術屋としての原点や独自の経営哲学、そして描く未来図についてうかがった。

「神業」を持つ先輩たちから継承した技術屋魂

ーーまず、キャリアのスタートについてお聞かせください。

菊地正人:
キャリアの始まりは、新卒で親会社の岡本工作機械製作所に入社したことです。大学の研究室にいた頃、たまたま求人票を見つけたのがきっかけでした。当時は自動車メーカーなどへの就職も考えましたが、「部品の一部を作るのではなく、一つの機械を最初から最後まで作り上げる設計がしたい」と思い、工作機械メーカーである同製作所への入社を決めました。入社後の1年間は、総務・経理以外すべての部署を回るという研修がありました。塗装前の磨き作業や、延々とねじ切りをするような地道な作業も経験しましたが、これが会社全体を知る上で非常に大きかったですね。その後、歯車研削盤の組立部門に配属されました。

ーーそこでの経験が、今の社長の基礎になっているのですか。

菊地正人:
配属された現場には、卓越した技能を持つ先輩たちがいました。たとえば、金属の表面をミクロン単位で削り、完全な平面を作り出す「きさげ加工」という作業があります。これは機械加工だけでは不可能な精度を出すための究極の手仕上げ技術なのですが、先輩たちはそれを魔法のように仕上げていく。その背中を見て、「技術屋として生きていくなら、こういうレベルを目指さなければならない」と痛感しました。

その後、設計部門に移ってからは、とにかくお客様の現場に足を運ぶことを大切にしました。社内で図面を引くだけでなく、お客様が何を求めているのか、どんな課題を抱えているのかを直接聞き、それを持ち帰って機械に反映させる。そうやってお客様と一緒になって一つの機械を作り上げていくプロセスに、技術者としての無上の喜びを感じていました。この「現場主義」と「顧客起点」の考え方は、技術開発部長を務めていた時も、そして社長になった今も、私の行動指針の根幹にあります。

退路を断って挑んだ「歯車」の深淵と世界唯一の技術

ーーその後、どのような転機があって貴社に関わることになったのでしょうか。

菊地正人:
きっかけは、子会社である岡本工機への異動辞令です。正直なところ、当時の私は歯車製造に関しては素人同然の状態でした。材料の特性や熱処理による歪みの変化など、すべてをゼロから勉強し直さなければなりませんでした。しかし、指名を受けた以上は中途半端なことはできないと腹を括り、自宅を引き払って本籍地も広島に移し、家族も連れて「骨を埋める覚悟」でこちらへ参りました。

実際に飛び込んでみると、歯車の世界は奥が深く、これほど面白い仕事はないと感じる毎日へと変わっていきました。材料から旋盤、歯切り、熱処理、研削まで、すべての工程を自社で完結できる「一貫生産体制」が弊社の強みなのですが、それぞれの工程にいるプロフェッショナルたちと議論しながらより質の高い製品を追求するプロセスは、ものづくりの醍醐味そのものであり、楽しくて仕方がありませんでした。

ーー貴社が誇る技術力について詳しくお話しいただけますか。

菊地正人:
最大の武器は、開発に10年の歳月をかけた「超音波援用加工」技術です。これは、歯車を研削する砥石を超音波で微細に振動させながら加工する技術です。通常の研削では歯車の表面に一方向の筋が残ってしまい、これが騒音や振動の原因になります。しかし、ここに超音波振動を加えることで独特の波目模様が生まれ、摩擦抵抗を減らし、潤滑油の保持能力を高めることができるのです。この技術により、従来は毎分5,000回転が限界だったアングルヘッドが10,000回転まで回せるようになったり、機器の寿命が飛躍的に延びたりと、劇的な効果が出ています。特許を取得している日本唯一、いえ、世界でも唯一の技術だと自負しています。これを実現できたのは、弊社が歯車を作るだけでなく、それを加工する工作機械やカッター(刃物)まで自社で設計・製造しているからです。「世の中にないなら自分たちで作ればいい」、その発想と技術力があるからこそ、成し得たイノベーションです。

「仕事は楽しく」を合言葉にグループ100億円企業へ

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。

菊地正人:
現在、グループ全体での歯車事業の売上高は70億円規模ですが、これを早期に100億円まで引き上げたいと考えています。そのために必要なのは、事業ポートフォリオの拡大です。現在は産業用ロボット向けの比率が高いですが、今後は医療機器や航空機産業など、より高度な技術が求められる分野への販路開拓を進めていきます。「歯車といえば岡本工機」と世界中で認知されるブランドを目指します。また、人材の採用と育成も重要なテーマです。弊社の仕事は、自分が関わった製品が最終的にお客様の元でどのように貢献しているかを実感しやすい点にあります。たとえば、自分が苦労して立ち上げたロボットラインが稼働し、そこから生まれた製品が世に出ていく感動は、一貫生産体制を敷く弊社だからこそ味わえるものです。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

菊地正人:
私は常に社員に対して「いつも元気よく、いつも前向きに。仕事は楽しく、心で仕事をしよう」と伝えています。仕事は人生の多くの時間を占めるものですから、楽しむことが重要だと考えています。そして、心を込めて作った製品でお客様に喜んでいただき、「ありがとう」と言っていただく。これこそが仕事の最大の報酬であり、ものづくりの原点だと信じています。これからの時代、AIや自動化が進んでも、最後に人の心を動かすのは人の情熱です。私たちと一緒に、ものづくりの楽しさを追求し、世界を動かす「歯車」を作っていける仲間を待っています。

編集後記

取材中、菊地氏は終始笑顔で、まるで少年のように技術の話をしてくれた。「仕事は楽しく」という言葉が、単なるスローガンではなく、菊地氏自身の生き様そのものであることが伝わってくる。開発に10年を要した「超音波援用加工」技術も、その根底にあったのは「もっと良いものを作りたい」「お客様を驚かせたい」という純粋な探究心だったのではないか。伝統的な技術と最新のイノベーション、そして「心」を大切にする経営。同社が回す歯車は、これからも世界の産業を力強く、そして滑らかに動かしていくだろう。

菊地正人/1959年、北海道生まれ。1982年に株式会社岡本工作機械製作所へ入社。2003年に同社の技術開発部長に就任し、技術部門の要職を歴任する。2007年より株式会社岡本工機へ常務取締役として出向。2014年6月、同社の代表取締役社長に就任した。