※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

奈良県を拠点に、ジュエリーの小売や卸売を展開する株式会社エレガンスヨシダ。同社は近年、「西日本ジュエリーショップ大賞」を受賞するなど、地域に根ざした経営で確かな実績を上げている。取締役社長の吉田旭宏氏は、高野山での過酷な修行や、歩合制のアルバイトで培った営業力という、経営者としては異色のバックグラウンドを持つ。多角化を進めながらも、「ジュエリー業界のディズニーランドになる」という経営理念のもと、組織変革を進めてきた吉田氏。次世代を見据え、社員の自律性を引き出しながら業界を牽引する同氏に、これまでの歩みと今後の展望をうかがった。

「ボンボン」扱いへの反発と高野山での過酷な修業

ーーまずは、家業に入られるまでの経緯を教えてください。

吉田旭宏:
私は、ジュエリー屋を営む父とお寺の出身である母の間に生まれました。地元で育つ中で、周りから裕福な家庭の息子と見られてしまう状況から抜け出したく、一刻も早くこの環境を抜け出したいと考えていたのです。そのため、高校からは地元を離れて、自力で勝負しようと決意。学生時代は、自分の実力がどこまで通用するのか試したくて、「歩合制のバイトしかやらない」と決め、キャッチやスカウトの仕事を4年間やり通しました。見知らぬ人に声をかけ、交渉して信用してもらう。結果が数字として如実に出る厳しい世界でしたが、このときのバイトの経験が今にも大いに生きていると感じています。

ーーその後すぐに家業へ戻られたのですか。

吉田旭宏:
当時の好き勝手やっていた自分のまま実家に戻れば、絶対に会社を潰してしまう。そんな強い危機感があったため、家業に戻る前に、高野山で1年間の出家修行を送ることを選びました。氷点下10度の極寒の中、暖房もなく、修行終盤には睡眠時間はわずか3時間という厳しい護摩行が続き、本当に死ぬかと思うほどの過酷さでした。しかし、この極限状態を皆勤・無遅刻で乗り越え卒業したことで、「人間はそう簡単には死なない」という強烈な気合いと根性が身につきました。この修行での体験と、そこで得た強靭な精神力があるからこそ、その後のどんな困難にも耐えられるようになったのだと思います。

経営塾での気付きと「ジュエリー界のディズニーランド」

ーー社長に就任されるまでの経緯と、ご自身の転機となった出来事を教えてください。

吉田旭宏:
家業に戻った後は、最初は一販売員として現場に立ち、入社3年目には新店舗の店長を任され、その後、部長へとキャリアを積んでいきました。未経験のパートや学生アルバイトを一から教育し、店をつくり上げていく経験は大きな財産になりましたが、部長へと昇進したあたりで、「今の自分の視座のままでは通用しない」と壁を感じるようになったんです。

自分が社長になるのなら、会社をどうしたいのか、社会やスタッフに対して何を成し遂げたいのか、芯となる経営理念を固める必要がありました。ちょうどそのタイミングで、父親の勧めで「松下幸之助経営塾」に参加する機会を得ました。そこで経営者とは何たるかを徹底的に叩き込まれ、視座が大きく上がったことが、20代後半で取締役社長に就任する大きな自信につながったのです。

ーーそこで生まれたのが貴社の独自性とも言える経営理念なのでしょうか。

吉田旭宏:
経営塾での学びを経て、私たちが目指す姿をわかりやすく言語化した経営理念が、「ジュエリー業界のディズニーランドになる」というものです。「ディズニーランド」は非日常の空間であり、訪れる人をワクワクさせ、高い価値を提供してしっかりと利益を生み出し、それをさらにサービスの向上やスタッフに還元していく素晴らしい循環を持っています。私たちも、ジュエリーやイベントを通じてお客様に非日常の楽しさを提供し、その対価として得た利益をスタッフの待遇や店舗に還元していく。そんなすべての循環をつくりたいという思いを込めました。

社員と共に創り上げたパーパスがもたらした自律的な組織

ーー事業を多角化していく中で、組織の意思を一つにまとめるために取り組まれたことはありますか。

吉田旭宏:
事業が小売だけでなく卸売や飲食、美容などへと広がっていく中で、まさにグループ全体で通用する土台となる概念が必要になりました。ベースとして、父親の代から受け継ぐ「商い三信条(明るい笑顔、感謝の言葉、素直な心)」や、経営理念を実現するための行動指針「トキメキと、やすらぎと、永遠の価値を提供する」というものはありました。ただ、これを一方的に押し付けるのではなく、全社員で毎月グループワークを行い、社員の皆様の意見をまとめて共通の指標を作成することにしたんです。そうして生まれたのが、「More Bright More Happy 心満ちる特別なひとときを共につくる あなたのスマイルキャスト」というパーパスです。

ーーパーパスを社員の意見をまとめて作成したことで組織にどのような変化がありましたか。

吉田旭宏:
社員の自主性が飛躍的に高まりました。自分たちの思いが反映された言葉だからこそ、右か左か迷ったときの判断基準としてしっかりと機能しています。事実、このパーパスのお陰でスタッフ一人ひとりがお客様に真摯に向き合ってくれるようになり、これの体現が評価され、会社としても「西日本ジュエリーショップ大賞」という表彰を受けました。彼らこそが、最高の提案をしてくれる主役なのです。

ーー最後に、今後の展望についてお話いただけますか。

吉田旭宏:
これまで新規事業として飲食や美容など多角的に事業を展開してきましたが、今後は私たちの強みであるジュエリーの分野を深めていく方針です。具体的には、現在も引き合いが強く忙しくて断っている状態の卸の割合を、中長期的には大きくなっていくように舵を切ります。

また、健康ジュエリーなどの新しい商品を既存のお取引先にも積極的に提案していきたいと考えています。弊社は昨年で創業70周年を迎えました。30年後の100周年のときには、私は65歳になります。そのときまでに後継者をしっかりと育て、バトンを渡して身を引ける体制をつくることが目標です。むやみに規模拡大を追うのではなく、お客様から求められる適正な規模で成長し、働く仲間が物心両面で豊かになれる環境下で大きくなっていきたい。そして最終的には、この業界をリードし、皆に貢献できるような会社へと進化していきたいと思っています。

編集後記

「ボンボン」と呼ばれることへの反発から単身で厳しい環境に飛び込み、高野山での想像を絶する修行を経て、強靭な精神力を培った吉田氏。その異色のバックグラウンドは、独自の経営信念に深く結びついている。社員の意見をまとめてパーパスを策定し、自律的な組織をつくり上げる手腕は、歴史ある企業を現代のスピード感に適応させる見事な変革だ。これまで多角的に事業を展開してきた同社だが、今後は自社の強みであるジュエリー分野をさらに深め、卸の割合も大きくしていくという。適正な規模で業界を牽引する100年企業へと向かう株式会社エレガンスヨシダのさらなる飛躍から目が離せない。

吉田旭宏/1990年生まれ、奈良県出身。2013年に駒澤大学を卒業後、高野山にて1年間の修行を積む。2014年、株式会社エレガンスヨシダに入社。2018年に同社取締役社長に就任。2021年、ジュエリー卸・メーカー会社のGEM DRUNKを設立し、現在に至る。