
「QBBベビーチーズ」で日本の食卓に長年親しまれてきた六甲バター株式会社。同社の強みは、油脂加工業から始まった独自の加工技術と「開発先導型」を掲げる商品開発力にある。代表取締役社長 兼 CEOの塚本浩康氏は創業家出身ながら、一社員としてキャリアを歩み、数々の試練を乗り越えてきた。幼少期から抱いてきた会社への誇りを胸に、社員との固い信頼関係を築き、企業の未来を切り拓こうとしている。今回、危機を乗り越えた団結力の源泉、ブランドの独自性を支える開発の背景、そして世界を見据えた今後の展望について、塚本氏に話を伺った。
給食のチーズに感じた誇りと入社を決めた強い覚悟
ーー入社に至るまでの経緯についてお聞かせいただけますか。
塚本浩康:
会社に対して、幼少期から積み重なって来た愛着があります。たとえば、小学4年生の頃に社屋が立派なビルに建て替わった際の誇らしさや、給食に自社のチーズが出たときの喜びなどは、今でも鮮明に覚えています。こうした日常の中で感じた「自分の家は素敵な仕事をしているんだ」という思いが、私の原点です。
大学卒業後は、「社長の息子」と見られることは承知の上でしたが、外の世界で修業を積むよりも、一刻も早く社内の人間関係を築くべきだと考え、一社員として入社を決めました。
ーー入社当時は、どのような業務からキャリアをスタートされたのでしょうか。
塚本浩康:
入社してすぐの2000年は、弊社への注文が特に急増した年でした。私は購買部に配属されたばかりでしたが、原料の確保のために奔走する日々が始まりました。プロセスチーズは、ナチュラルチーズを加工してつくるため、原料が届かなければ生産が止まってしまいます。
当時は新人や「社長の息子」といった立場を気にしている余裕はありませんでした。遅くまで働くこともありましたが、仕事に没頭せざるを得ない環境をキャリアの最初に経験できたことで、いかなる有事にも動じない精神的な強さが養われました。
また、一社員としてあえて労働組合の活動にも参加しました。経営側と対立する場に身を置いたことで、生活を守ろうとする現場の切実な思いを肌で感じることができたのです。立場を超えて従業員と打ち解け、信頼関係を築けた経験は、私にとって大きな財産であり、今の経営スタイルの基礎となっています。
原料価格3倍の危機から過去最高益へ 全社を救った社員の絆
ーー社長就任までの歩みの中で、特に印象に残っている出来事について教えていただけますか。
塚本浩康:
2007年から2008年頃に直面した経営危機と、それを全社一丸となって乗り越えた経験が最大の転機です。当時、原料価格が約3倍に高騰し、「会社が潰れるかもしれない」と強い危機感を抱きました。この未曽有の危機を救ったのは、社員全員の団結力です。値上げが困難な状況下で、営業は不退転の決意で交渉に臨み、父も取引先のトップを訪ね、粘り強く協力を仰ぎました。
同時に、生産現場も「わずかな原料も無駄にしない」という強い意識で製造に臨んでくれました。それにより歩留まりの大幅な向上と生産効率の改善を成し遂げたのです。全社一丸となって苦しい1年を耐え忍んだ結果、社員の努力が実を結び、翌年には過去最高の利益を記録するまでに回復しました。
ーー経営者として組織を牽引する上で、最も大切にされていることは何でしょうか。
塚本浩康:
社員たちが、いかに最高のパフォーマンスを発揮できるか。この一点に尽きます。そのためには、良い環境と前向きに取り組める雰囲気づくりが不可欠です。私一人でできることは何もありません。それぞれの持ち場で社員が力を発揮してくれるからこそ、会社は成り立っているのです。
私が社長に就任した2021年はコロナ禍でしたが、だからこそ「この会社にいれば大丈夫」という安心感の発信を第一に考える必要がありました。具体的には、経営計画を中長期的な視点に変え、会社の目指す未来を具体的に示すことにしたのです。また、海外展開を本格化させるメッセージを打ち出し、成長への道を明確に示すことにも注力しました。
ニーズを捉え新たな食体験を創出する開発意欲

ーー貴社ならではの「技術的な強み」について教えてください。
塚本浩康:
大きな違いは、弊社の成り立ちにあります。多くの競合が牛乳製造から事業を始める中、弊社は油脂加工業からスタートしました。約70年前にプロセスチーズ事業へ着手して以来、乳そのものよりも、チーズをさまざまな形に変えて付加価値を生み出す加工技術を磨き続けてきたのです。
その象徴が、かつて塊で売られるのが一般的だったチーズに手軽さを与えた「個包装技術」です。世界初のスティックチーズや、日本初の個包装スライスチーズの開発など、私たちは常に時代の先駆けとなってきました。現在もその精神は受け継がれており、チーズ生地の中にフルーツソースを閉じ込めた「ひとくちチーズデザート」は、第55回食品産業技術功労賞を受賞するなど、高い技術力が評価されています。こうしたプロセスチーズの可能性を広げる開発力こそが、弊社の独自の強みといえます。
ーー「組織的な強み」についてはどのようにお考えでしょうか。
塚本浩康:
根底にあるのは、社員同士、あるいは経営陣と現場の強固な信頼関係です。弊社は家族の延長線上にあるような温かい社風があり、私がかつて労働組合の一員として経営側と真っ向から対峙したときも、互いを人間として尊重し合う土壌がありました。
この信頼関係があるからこそ、原料高騰などの危機に瀕したときも、全員が「会社を守る」という一つの目標に向かって迷わず力を合わせることができました。こうした社員の誠実さと、部門を超えて新しいつくり方や売り方を追求する文化こそが、私たちの何よりの財産です。
高付加価値を創造し世界へ 健康で明るい食文化を届ける挑戦
ーー今後の展望についてお聞かせください。
塚本浩康:
現在は、中期経営計画として「高付加価値創造企業への変革」を掲げています。単に良い商品をつくるだけでなく、商品の背景にある物語や価値を、お客様へ丁寧に伝えていく方針です。たとえば「チーズDE 鉄分ベビーチーズ」は、ランナーや妊婦さんの健康維持に役立つ価値を訴求するなど、特定のニーズに寄り添う活動を展開してきました。機能的な価値に加え、お客様の心にも寄り添うことで、「QBB」ブランド全体の信頼を高めていきます。
また、海外展開についても、挑戦を加速させています。まずはベトナム工場を拠点として現地事業を軌道に乗せ、足元を固めながら着実な成長を目指し、将来的に広く世界各国への進出も進める計画です。経営理念である「健康で、明るく、楽しい食文化の提供によって社会に貢献する」を、日本だけでなく世界中で実現したいと考えています。
ーー最後に、読者の皆様へメッセージをお願いします。
塚本浩康:
私たちは、お客様や社員、関わるすべての人から必要とされ、愛される企業であり続けたいと心から願っています。会社の存続は、日々現場で力を尽くす社員と、商品を手に取ってくださるお客様がいて初めて成り立つものです。
弊社のチーズを通じて皆様が健康になり、笑顔あふれる人生を送るお手伝いができれば、これほど嬉しいことはありません。その真摯な願いを胸に刻み、これからも「食」の新たな可能性へ挑戦し続けてまいります。
編集後記
幼少期に感じた父の会社への誇りを原点に、一社員として現場の喜びや苦しみを分かち合いながらキャリアを重ねてきた塚本氏。その言葉の端々からは、社員一人ひとりへの深い信頼と感謝が滲み出ていた。2007年の経営危機を全社一丸で乗り越えた経験は、同社の強みが単なる技術力や開発力だけでなく、人を大切にする家族のような企業文化にあることを物語っている。チーズを通して人々の健康と幸せな人生に貢献したいという純粋な思いを胸に、同社が国内外でどのような新しい価値を創造していくのか、今後の展開が非常に楽しみである。

塚本浩康/1975年生まれ、兵庫県神戸市出身。神戸学院大学卒業、関西学院大学大学院経営戦略研究科修了。2000年六甲バター株式会社に入社。2012年購買部長、2013年取締役稲美生産部長、2017年専務取締役、2018年取締役副社長 開発本部長などを経て、2021年に代表取締役社長に就任。2023年からは代表取締役社長兼CEOに就任し、現在に至る。