
精密なアルミ型材加工を軸に、オフィス家具から鉄道車両部品まで幅広い「ものづくり」を支えるイーコット株式会社。代表取締役の田邊剛一氏は、かつてオフィスメーカーで最年少係長に抜擢され、9年間で4度のトップセールスを記録した「営業のプロ」だった。華やかなキャリアを捨て、未経験の製造現場へ飛び込んだ同氏が、泥臭い試行錯誤の末に辿り着いた組織のあるべき姿とは。単なる作業ではない「働く」ことの本質と、全社員の物心両面の幸福を追求する組織論に迫る。
「モノ売り」の限界と「知ること」への渇望
ーーまずは、田邊社長のキャリアの原点からお聞かせください。
田邊剛一:
実は学生時代から自転車が好きで、第一志望は自転車部品メーカーだったのですが、ご縁があって2001年にオフィスメーカーへ入社しました。当時は知名度が高く、営業に行けばある程度は仕事がもらえるような恵まれた環境でした。しかし、入社1年目の私の営業成績は決して振るわず、ただ商品を売り歩く日々が続いていたのです。
ーーオフィスメーカー時代に得た経験の中で、現在の経営観につながるような出来事はありましたか?
田邊剛一:
あるお客様から「田邊くん、椅子はな、しょせん椅子なんや」と言葉を投げかけられたことがありました。どれほど優れた機能を説いても、お客様にとって椅子は座るという目的の道具に過ぎない。商品という「モノ」を売るだけの営業に限界を感じた瞬間でした。
そこから私は、オフィス家具の販売ではなく、顧客の「働きやすさ」や「空間そのもの」をプロデュースする領域へ踏み出しました。内装、設備、ITインフラまで、オフィス構築に必要な知識を現場で作業のプロの方に教えてもらい、プロジェクトマネジメントの手法を自ら確立していったのです。お客様のオフィス空間全体をお任せいただく営業スタイルに変えた結果、9年間で4度のトップセールスを記録し、最年少係長にも抜擢していただきました。未知の領域を一つひとつ紐解く「知ることの面白さ」に目覚めたこの経験が、今の私の土台となっています。
作業着で油にまみれ 現場で見出した「働く」ことの本質

ーーその後、どのような経緯で家業であるイーコットへ入社することになったのでしょうか。
田邊剛一:
当時、会社は2期連続の赤字という危機的状況にあり、立て直しが急務でした。特に製造現場の課題が深刻だったため、私は生産本部長を任されました。しかし、現場の風当たりは強く、職人たちからは「営業上がりに何がわかる」と反発を受けました。言葉だけでは聞いてもらえないと考えた私は、スーツを脱いで作業着に着替え、現場の作業場に入りました。毎日、彼らと同じホコリと油にまみれて手を動かす。まずは同じ目線に立ち、汗をかく姿を見せることでしか、信頼の扉は開かないと確信していたからです。
ーー現場での実務を通じて、具体的にどのような改革に着手されたのでしょうか。
田邊剛一:
最初に取り組んだのは、徹底的な「整理整頓」です。これは美観のためではなく、業務の無駄を可視化する攻めの施策でした。長年、職人の勘に頼っていた手作業の工程を一つずつ分解して「見える化」し、一工程あたりのコストと粗利を算出しました。
その結果、それまで曖昧だった不採算案件が浮き彫りになり、勇気を持って撤退する決断もできました。現場に「利益に対する意識」を植え付け、数値に基づいた経営へシフトしたことで、経常利益は劇的に改善したのです。
ーー現場経験を経て、仕事に対する考え方に変化はありましたか?
田邊剛一:
「動く」ことと「働く」ことは似て非なるものだと気づきました。「動く」という字は「重い力」と書くように、単に自分が重いものを力いっぱい動かして作業をしている状態を指します。一方、「働く」はそれに「人偏」がつき、「他人」のために重いものを動かすと書きます。独りよがりの作業は仕事ではありません。お客様が求めるタイミングで、正しい品質と納期と適切な価格で提供して初めて「働く(仕事)」になるのです。この意識が浸透したことで、社員は「誰のために作っているのか」を主体的に考えるようになり、組織の強度が格段に増しました。
「規模」を追わず 社員の「幸福」を最大化する
ーー今後の市場環境の変化を見据え、どのような戦略を描いていらっしゃるのでしょうか。
田邊剛一:
受託製造という「川下」の立場に留まっていては、価格競争に巻き込まれるだけです。私たちは現在、培ってきたアルミ型材加工の技術を武器に、設計事務所やデザイナーに対して素材や加工法を直接提案する「川上」への営業を強化しています。近年、企業がオフィス環境に力を入れる中で、デザイナーの方々も他にはない新しいデザインや素材を使いたがっています。そこに私たちが「こうすればもっと軽く、美しく作れる」と提案しにいく。これは現場を知り尽くした技術集団だからこそできる付加価値だと考えています。同時に非鉄金属の問屋として「アルミのリサイクル性の高さ」に焦点を当ててPRを進めています。
また、要求水準が極めて高いモビリティ分野などの新しい領域への参入にも挑戦しています。厳しい基準をクリアする過程で磨かれた技術は、必ず既存の事業にも還元される。あえて高いハードルに挑むことで、技術者としての誇りと実力を引き上げていきたいと考えています。
ーー最後に、田邊社長が目指す企業のあり方についてお聞かせください。
田邊剛一:
私は京セラ創業者・稲盛和夫氏の哲学を指針とし、「全社員の物心両面の幸福」を追求することを経営の目的としています。経済的な豊かさは大前提ですが、それ以上に「自分の仕事が誰かの役に立っている」という心の充足こそが不可欠だと考えています。
会社の規模を追うこと自体が目的ではありません。それよりも、高い付加価値を生み出し、得られた利益をしっかり社員に還元する。そして社員が「この会社で働いてよかった」と胸を張れる組織をつくる。その循環こそが、私が目指す「価値ある会社」のあり方です。
編集後記
「椅子はただの椅子」。顧客の冷徹な一言を、田邊氏は進化の糧へと変えた。トップセールスの矜持を捨て、作業着姿で現場の「動」を「働」へと変えた軌跡には、理屈を超えた説得力がある。アルミ加工という領域で、受託から提案へと商流を遡り、さらなる高みを目指すイーコット。その挑戦の根底には、社員一人ひとりの幸福を願う、静かだが揺るぎない情熱が宿っている。

田邊剛一/1979年大阪府吹田市生まれ、関西大学経済学部卒。2001年に株式会社イトーキに入社し、9年間の営業、3年間のプロジェクトマネージャーとして大手企業のオフィス構築を推進。オフィス構築の中で、建築、設備、IT等多岐にわたる知識を得て、2013年にイーコット株式会社に入社。12年間、同社 生産本部長としてものづくりの最前線で加工技術及び工場の改善に努め、2025年7月に代表取締役社長就任。公式Instagramはこちら。