
2008年の開業以来、インターネットを主軸とした生命保険のパイオニアとして業界に変革をもたらしてきたライフネット生命保険株式会社。2025年に代表取締役社長に就任した横澤淳平氏は、開業前の準備会社時代からシステムエンジニアとして働き、現在のライフネット生命のインフラ基盤を築き上げてきた人物だ。キャリアの途中で経験した大きな転換点と、「正直に、わかりやすく、安くて、便利に。」というマニフェストへの思い、そして新たな提携が生み出す未来について、横澤氏に詳しくうかがった。
指示待ちエンジニアを変えた年下上司からの問いかけ
ーーまずは、貴社に入社された経緯を教えていただけますでしょうか。
横澤淳平:
きっかけは、前職を辞めてカナダへワーキングホリデーに行っていた時期に、創業者の一人である岩瀬大輔氏のブログを読んでいたことです。当時、出口氏と岩瀬氏が生命保険会社を立ち上げるというニュースが次々と出ており、そのスピード感に驚きました。
私はもともとエンジニアで「ゼロからつくる」ことを好む傾向があり、金融の世界でシステムを立ち上げるチャンスに魅力を感じ、「帰国したら絶対にここへ応募しよう」と決めました。帰国後すぐに連絡し、面接を受けたその日に「いつから来られる?」と聞かれ、その数日後には弊社に参画していました。
前職はNTTデータネッツ株式会社(現・株式会社NTTデータフィナンシャルテクノロジー)で、システムエンジニアをしており、あらゆる業務を詳細な設計書や記録に残す文化が根付いていました。そのため、ドキュメントがほとんどなく「口伝」で進んでいくベンチャーの環境には衝撃を受けましたが、一からつくり上げるやりがいは非常に大きかったです。
ーー入社後、ご自身のキャリアの転換点となった出来事はありますでしょうか。
横澤淳平:
2013年、33歳のときにシステム開発から経営企画部へ異動したことです。それまでエンジニアとして築いてきたキャリアが一度ゼロになり、思うように仕事を進められず挫折を味わいました。
当時の私は、「指示されたことを実現するのがエンジニアの役割だ」という考えに縛られていたのだと思います。当時の上司であり、前社長の森亮介氏は、学年でいうと私の三つ下でしたが、ゴールドマン・サックス証券株式会社出身で非常に豊かな経験を持っていました。あるとき、私が「なぜ大きな方針を示してくれないのか」と彼に不満をこぼしたところ、彼は反論もせずに黙って聞いていました。しばらく時間が過ぎ、しびれを切らした私がボソッと「自分で考えればいいのか……」と一言漏らすと、「そうです。」「指示がないと動けないのですか。自分自身のキャリアですよ。」と力強く言ったのです。
彼は年下の上司でしたが、彼にそう諭されたことで目が覚めました。答えを教えるのではなく、私がその答えにたどり着くのをずっと待ってくれていたのです。それからは、「自ら課題を見つけて解決していく」というマインドに大きく転換しました。その経験があったからこそ、後のKDDI株式会社との業務提携の推進など、エンジニアの枠を超えた仕事ができるようになったのだと思います。
「友人や家族にすすめられるか」という不変の指針

ーー社長になられた今、改めて大切にされている指針はありますか?
横澤淳平:
弊社は「正直に、わかりやすく、安くて、便利に。」というマニフェストを掲げています。その中でも私が特に大切にしている行動指針は、「私たちは、自分たちの友人や家族に自信をもってすすめられる商品しか作らない、売らない。」という項目です。これは私が入社した当初から変わらない部分で、非常によい言葉だと思っています。自分たちが自信を持てるからこそ、胸を張ってお客さまに届けることができる。逆に言えば、そういったサービスをつくり続けなければならないというプレッシャーでもあります。社長になった今も、このマニフェストと真摯に向き合えているかを常に問い続けています。
ーーその思いは、具体的にどのようなサービスに表れているのでしょうか。
横澤淳平:
お客さまがストレスを感じない「使いやすさ」を徹底的に追求しています。弊社にはかつて、スマートフォンへのシフトというお客さまを取り巻く環境の変化に対応しきれず、成長が鈍化した苦い経験があります。その学びから、まずは販売力よりも先に「使いやすさ」を磨き上げるという考え方に至りました。
どれだけ広告宣伝に力を入れても、肝心のサービス自体の使い心地が整っていなければ、穴のあいたバケツで水を汲むようなものです。そのため、徹底して心地よい体験をつくることを最優先しています。
たとえば、スマートフォンだけで医療保険の給付金請求の手続きが完結する「スマ速請求」や、請求書類が当社に届いたその日のうちに保険金・給付金をお支払いする「最短当日支払い」といったサービスもその一つです。請求後に「いつ振り込まれるのだろう」というお客さまのモヤモヤを一日でも早く解消したいという思いから、システムを改修して実現させました。
テクノロジーを武器に保険の「当たり前」を塗り替える
ーー注力されているテーマをお聞かせいただけますでしょうか。
横澤淳平:
大きく二つの領域があります。一つは、テクノロジーによる顧客体験の革新、もう一つはそれらを強みにしたパートナーシップの拡大です。
まずテクノロジーの活用については、マイナンバー制度との連携を積極的に進めたいと考えています。お客さまの同意のもと公的医療保険データを活用することで、これまでリスク判定が難しかった方へも保険をお届けできるようになったり、給付金のご請求時にお客さまが気づいていない支払事由を弊社側で検知したりすることが可能になります。手続きの負担を減らすだけでなく、請求漏れなどの事態を防ぐ仕組みをつくりたいと考えています。
ーーその利便性の高さが、パートナー開拓にもつながっているのでしょうか。
横澤淳平:
これまでパートナーシップを結んできた経験を踏まえると、「ネット生保のリーディングカンパニー」であることが、弊社をパートナーとして選んでいただける大きな理由であることは確かです。
最近の大きなトピックは、京都信用金庫との団体信用生命保険(以下、団信)における提携です。団信とは住宅ローンに付随する保険のことで、これまでは弊社と資本関係のある企業との取り組みが中心でした。しかし今回は、資本関係のない信用金庫から、弊社のビジョンやサービスの質に共感し、パートナーとして選んでいただけたことが、非常に大きな一歩となりました。
評価していただいたポイントは二つあります。一つは、インターネット申込によって実現できたお手頃な保険料。そしてもう一つが、申し込みから審査まで「紙を一切使わずネットで完結する仕組み」です。従来の団信の手続きは、膨大な書類のやり取りが発生し、現場でも大きな負担となっていました。そこへ弊社のシステムを導入することで、事務作業を大幅に効率化し、DX推進を強力に後押しできると期待されています。私たちの持つITの力が、保険業界だけでなく金融機関全体の変革に役立てることを証明できた、うれしい成果だと感じています。
ーー最後に、読者へメッセージをお願いできますでしょうか。
横澤淳平:
私はよく、「仕事は、最高に面白いゲームのようなものだ」と話しています。新しいミッションが届き、それをクリアするためにどんな装備を整え、どんな仲間と挑むかを考える。そして壁を乗り越えると、また少し強いボスが現れる。そうやって夢中で目の前の課題に向き合い続けてきた結果が、今の私につながっています。
仕事をする上では、まだ見ぬ未来を不安に思い、なかなか前に進めないこともあるかもしれません。しかし、人は自身の能力を発揮できていると感じる瞬間が、やりがいにつながるものです。だからこそ、あまり先のことばかりを考えすぎず、楽観的に、とにかく「今、この瞬間」に集中して自分を燃やし尽くしてほしい。そうすれば、1年後、5年後の景色は必ず変わっているはずです。
私たちライフネット生命も、そんな熱量を持った仲間たちとともに、保険とお客さまの新しい関係をつくるという「次なるステージの攻略」を、これからも全力で楽しんでいくつもりです。
編集後記
つくる側から率いる側へ。開業前のシステム構築に奔走した一人のエンジニアが、年下の上司との出会いによって殻を破り、トップへと昇り詰めた。その軌跡は、まさにライフネット生命が標榜する変革そのものである。「友人や家族に自信をもってすすめられるか」という極めてシンプルで誠実な問いを、横澤氏は単なるスローガンではなく、経営の羅針盤として血肉化している。エンジニアとしての緻密さと、変革を恐れない柔軟なマインド。その両輪を併せ持つリーダーが、停滞する保険業界にどのような新しい風を吹かせるのか。同社のさらなる躍進が、今から楽しみでならない。

横澤淳平/1980年群馬県生まれ。2008年にライフネット生命保険株式会社入社。営業本部KDDI事業部長、お客さまサービス本部・システム戦略本部の担当執行役員を経て、2024年6月よりIT戦略部・システム企画部・システム運用部・データサイエンス推進室の担当執行役員を務める。2025年6月より現職。