※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

1924年の創業以来、長きにわたり日本のビジネス環境を支え続けてきた日本事務器株式会社。同社は現在、単なるシステム提供にとどまらず、顧客に真の価値をもたらす「ベネフィットプロバイダー」への進化を力強く掲げている。日本電気株式会社での豊富な海外駐在経験を経て家業に戻り、独自の経営信念で組織改革を進めてきた代表取締役社長の田中啓一氏に、これまでの歩みと、AI活用や新規事業を含む未来への展望について詳しくうかがった。

海外で学んだ「多様性」と組織を強くする「相互尊重」の哲学

ーーまずは、貴社に入社される前の経歴を教えていただけますか。

田中啓一:
新卒で入社したのは日本電気ソフトウェア株式会社(現・NECソリューションイノベータ株式会社)で、入社後すぐにNEC(日本電気株式会社)へ出向し、ショールームでのデモプログラム作成を担当しました。その後、海外部門への異動を機に、シンガポールへの2度の駐在をはじめ、オーストラリア、香港、アメリカ、さらにはカザフスタンなどの旧ソ連圏まで、長期出張や駐在を繰り返すことになります。こうした約20年間の活動を通じて、世界中を飛び回る経験を培ってきました。

ーー海外での経験は、その後の経営にどのような影響を与えたのでしょうか。

田中啓一:
一番の学びは、「多様性」が当たり前の世界を知ったことです。たとえば、多民族国家であるシンガポールでは公用語は英語ですが、実際には中国語やマレー語、タミル語などが飛び交っています。また、イスラム圏での文化や習慣の違いに触れた経験も含め、自分とは異なる文化や価値観を受け入れる姿勢を身につけられたことは、非常に大きかったですね。

ーーその後、貴社に戻られて社長に就任された経緯を教えてください。

田中啓一:
弊社は祖父が創業し、その後七代目までは田中家とは関係のない方が社長を務めていました。そんな中、先代が亡くなったことを機に「戻ってくるように」と言われ、1999年に日本事務器株式会社に入社したのです。最初は現場からキャリアをスタートさせ、その後、2007年に八代目社長に就任しました。

ーー社長として、どのように組織文化を変革し、何を大事にされてきたのでしょうか。

田中啓一:
社長として大切にしてきたことの一つに、「相互尊重」の文化を定着させることがあります。人間が共同作業をする上で、動機付けには5つのレベル(脅迫、共通の敵、共通の目的、愛、そして相互尊重)があると言われています。その中で最も質が高く持続的なのが、お互いを尊敬し合うことです。弊社には専門分野が違うスペシャリストが多数在籍していますが、異なる分野の者同士が互いをリスペクトし、高め合える組織づくりを進めました。

また、「社長が一番偉い」という概念をなくすため、権限移譲を進めました。現在では最高経営責任者である私以外に、マーケティングや人事など各分野の最高責任者を13分野用意し、それぞれが責任を持って協力し合う体制をつくっています。そして、上場はせずとも、「上場品質」の経営体制を維持しながら、顧客目線と社員目線を最優先に追求し続けていく考えです。

現場主義と「3領域」で描く独自のビジネス展開

ーー貴社事業の強みや独自性、競合との差別化のポイントはどこにあるとお考えですか。

田中啓一:
私たちはIT企業ですが、単にコンピュータに詳しいだけの集団ではありません。最大の独自性は、ITの知識と同等に、お客様の業界に対する専門知識も併せ持っている点にあります。なぜその強みを発揮できるかといえば、現場へ頻繁に足を運び、ときには雑談も通じて、お客様の懐に入り込むことで相手の業界や会社を深く理解し、継続的なサポートへとつなげているからです。

また、一般的な企業は売上や納品をゴールとしがちですが、私たちにとって売上は手段であり、お客様先でシステムが本番稼働した瞬間が本当のスタートラインだと位置づけています。お客様がそのシステムを使いこなし、実際に業務の成果やベネフィットを得られるまで、粘り強く伴走し続ける。弊社では、単に「壊れたら修理に伺う」という従来の保守の概念を超え、システムがお客様の力となって初めて価値が生まれると考えています。昨今ではサブスクリプションという形態が一般的になりましたが、弊社はそれ以前から、お客様の成功を支援し続けることで対価をいただくという「終わりなき責任」を、独自のビジネスモデルとして大切に育んできました。導入して終わりではなく、永続的に価値を提供し続けるこの姿勢こそが、競合他社との決定的な違いであると自負しています。

ーー現在は、どのような業界に向けて事業を展開されていますか。

田中啓一:
現在は全41ヶ所(グローバル1ヶ所含む)の拠点を展開し、特定の業種に偏ることなく幅広いお客様を支援しています。今後のさらなる飛躍に向け、弊社では事業を「既存領域」「成長領域」「創造領域」の3つの領域に分けて推進しています。主軸となる「既存領域」をしっかりと伸ばしつつ、その周辺にある「成長領域」の開拓にも注力する考えです。たとえば、病院向けシステムの知見を活かし、新たに「未病」分野へ進出するといった展開です。さらに、社内ベンチャーのような形で、漁業分野や農業分野などの中で、これまで手をつけていなかった「創造領域」への進出も推進しています。

AIの3分野活用と「プリトランザクション」への挑戦

ーー今後の中長期的なビジョンについてお聞かせいただけますか。

田中啓一:
中期経営計画としても掲げていますが、10年後の計画を固定するのではなく、常に環境に適応し、必要とされる価値を提供し続ける会社でありたいと考えています。その上で、単にシステムを提供する「ソリューションプロバイダー」から、お客様が確実な利益を得られる「ベネフィットプロバイダー」へと進化することが目標です。その目標を実現するための一つとして、現在はAIの活用を3つの分野で進めています。

1つ目は自社商品へのAI組み込みによる機能向上です。マニュアルを読み込まなくてもAIに聞けば操作がわかるなど、商品の付加価値を高めています。2つ目は全社員に「相棒」となるAIを付与し、生産性を高める社内活用です。そして3つ目はお客様の業務へのAI導入支援です。

ーービジョンの実現に向けて、現在構想されているサービスなどはありますか。

田中啓一:
たとえば、注文を受けるような業務の中で、これまでは注文の事後処理に関するシステム化にフォーカスが当たっていることが多かったですが、少し目線を変えて、受注に至るまでのプロセス「プリトランザクション」についてもITシステムで支援するなど、システム化に関する提案の幅を広げていきたいと思っています。ローコードツールなども活用しながら、営業活動を助けるような領域へとシステムの可能性を広げていきたいと考えています。

「好奇心」を原動力に多様な個性が躍動する組織へ

ーー採用強化における、貴社ならではの求職者に向けた強みや魅力は何でしょうか。

田中啓一:
弊社は業績にかかわらず、毎年コンスタントに30名程度の新卒採用を20年近く続けていますが、私は入社式で新入社員に対して「ここは、多彩な個性が集う『動物園』のような場所です」と伝えています。弊社には同じタイプの人間は一人もいませんし、多様な個性を歓迎しているのが組織としての強みです。求める人材の条件として、何よりも「好奇心」を大切にしています。3Dプリンターを置いてひらめきをすぐに形にできるようにしたり、社員参加型のユニークな企画を社内公開して競争心を刺激したりと、社員が自発的に楽しめるような仕掛けを数多く用意しています。

ーー最後に、今後の意気込みと読者へのメッセージをお願いします。

田中啓一:
国内での事業が中心であっても、社員には常に「世界人口80億人」を視野に入れた選択肢を持つグローバルな視点を根付かせていきたいですね。幅広い分野に挑戦しつつも、「この分野なら日本事務器だ」とお客様から評価していただけるような、確かな結果を出し続ける会社でありたいと思っています。

編集後記

長きにわたりビジネスのインフラを支えてきた老舗企業でありながら、田中氏の語り口からは、ベンチャー企業のような柔軟さと圧倒的な行動力が感じられた。「動物園」と称するほど多様な個性を愛し、「相互尊重」を経営の基盤に置くその姿勢は、海外での豊かな経験から裏打ちされたものだ。売上をゴールとせず、顧客の「ベネフィット」を徹底的に追求する日本事務器株式会社。独自の3領域展開とAI活用によって、同社が今後どのような新しい価値を社会に提供していくのか、その進化から目が離せない。

田中啓一/1955年東京都出身。1978年成蹊大学工学部を卒業後、日本電気ソフトウェア株式会社(現・NECソリューションイノベータ株式会社)に入社。1980年~1999年の20年間、NECの海外事業に携わる。1999年、日本電気ソフトウェアを退社後、日本事務器株式会社に入社。2001年取締役、2002年常務取締役、2007年代表取締役社長に就任。現在はCEOとして事業運営にあたる。