※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

スーパーの和菓子売り場でよく見かける、ブルートレーに入った透明な「わらび餅」。この身近な商品を全国へ届けているのが、明日香食品株式会社だ。かつて高級品だった和菓子を工業化し、「毎日食べられるお得な喜び」を提供し続けている。同社の舵を取る此下竜矢氏は、もともと歴史学の教授を目指していたというユニークな経歴を持つ。33歳で上場企業のCEOに就任し、これまで国内外で50社以上の経営に携わってきた。学問の思考法をビジネスに活かすマネジメント論から、業界に先駆けた働き方改革まで、和菓子メーカーの生存戦略をうかがった。

学者志望からビジネスの最前線へ 現場に飛び込み学んだ対話

ーーまずは、ビジネスの道に進まれた経緯をお聞かせいただけますか。

此下竜矢:
実は、私は就職活動をしたことがありません。大阪大学大学院で歴史学を専攻し、本気で歴史学の教授を目指していました。しかし1998年、兄がタイで起業したことを機に、ビジネスの世界へ転身しました。当時のタイはアジア通貨危機の直後で、建設途中のビルが放置されているような厳しい経済状況でした。そこで不動産や事業の買収に関わり始めたのがキャリアの原点です。

ーー言葉も通じない異国でのビジネスは、苦労も多かったのではないでしょうか。

此下竜矢:
困難の連続でした。ある時、タイで大型レストランの建設を手がけた際、池の水を抜く作業が何週間経っても終わりませんでした。不思議に思って現場へ行くと、ポンプで汲み出した水が、すぐ横の土手の穴からそのまま流れ込んでいたのです。その状況を見た瞬間、私は自ら穴に飛び込み「土嚢を持ってこい」と指示を出し、泥にまみれて土嚢を積みました。

当時は英語しか話せず、タイ語は全く分かりませんでした。通訳を介していましたが、私が1〜2分かけて話した内容を、通訳がわずか数秒で伝えている違和感。これでは私の意図が正確に伝わりません。そこでタイ語を猛勉強し、従業員と直接対話できるようにしました。人に任せる環境を整えるだけでなく、自ら現場に入り込み、自分の言葉で状況を打開する力をつけることも重要だと学んだ原体験です。

学問を武器にする思考法と来た責務を果たす信念

ーー経営において大切にされている信念をお聞かせください。

此下竜矢:
私は企業買収を通じてさまざまな会社の経営に携わってきました。自ら選んだというよりも、後から責任や役割が伴うことが多いのです。そのため、私の信念はシンプルに来た責務を果たすこと。そして、目の前にある会社を好きになることです。

私たちのグループには、世界一でなくとも、素晴らしい技術や働き者の文化を持つ会社が数多くあります。私は和菓子の専門家ではありません。だからこそ、各社の長所を引き出し、専門家たちが全力で仕事をして結果を出せる状態を作ることが私の役割だと考えています。

ーー歴史学のバックグラウンドは、経営にどう活かされているとお考えですか。

此下竜矢:
何より役立っているのが「歴史」の知識です。それも中学高校の歴史で学んだことも、とても役に立ちます。人間の組織で起こる現象は、歴史上の出来事と共通しています。たとえば、ローマ帝国の歴史を見ると、人口が減少し、ローマ人は労働から離れ、最終的に外国人が労働を担うようになりました。日本も同様の道を辿ると考え、この人口減少社会を予測していました。だからこそ、15年ほど前からベトナム人やミャンマー人など外国籍の人材を採用し、彼らが働きやすい環境づくりを進めてきたのです。

また、学校の勉強で習った思考法も経営に直結します。例えば「因数分解」です。複雑に絡み合った会社の課題を要素ごとに分け、まとめ上げ、シンプルに処理していく思考訓練として非常に役立っています。

「ちょっと食べる」喜びを毎日届ける圧倒的な製造配送能力

ーー貴社の事業の強みや魅力について教えてください。

此下竜矢:
私たちのミッションは『「ちょっと食べる」喜びを毎日世界へ』です。かつてわらび餅や大福は、和菓子店で買うハレの日用の高価なものでした。私たちは和菓子の産業革命を推進し、スーパーで買えるお得な価格で提供しています。ブルートレーに入った透明なわらび餅も、弊社が日本で先駆けて開発したものです。高級品だった和菓子を、毎日食べられるお得な喜びへと変革しました。

弊社の強みは、365日欠かさず、驚異的なスピードでスーパーへ商品を届ける製造・配送能力にあります。当日に大量のオーダーが来ることもありますが、高い予測能力と現場の対応力によって、確実な納品を実現し続けています。

採用競争力を高め次世代へ熱を伝える

ーー縮小市場の中で生き残るために、どのような戦略を描いていますか。

此下竜矢:
日本市場で生き残るためには、無理な投資を避け、体力をつけることが不可欠です。弊社はすでに金融負債を完済し、無借金経営を構築しました。

そして現在、最も注力しているのが「採用競争力」の強化です。これからの企業間競争は、モノを売る市場ではなく、採用市場での勝負になります。そのため、週休2日制と週休3日制の選択制度やフレックスタイム制の導入など、業界に先駆けた働き方改革を断行しました。また、外国人雇用、アスリート雇用などの特徴ある雇用を継続しています。これは、10年後、20年後に勝てる組織をつくるための先行投資です。

ーー最後に、求める人物像や今後の展望をお聞かせいただけますでしょうか。

此下竜矢:
若手や外国籍社員が活躍できる機会を積極的に提供しています。入社数年で役職に就き、工場長やマネージャーとして現場を牽引している若い世代も少なくありません。また、実業団チームの支援などを通じて、仲間づくりを後押ししています。組織文化は、言葉や制度だけで作れるものではなく、一人ひとりの「熱の伝導」によって受け継がれていくものです。現場には熱意を持った社員が多数います。その熱量を絶やさず、変化を恐れずに挑戦できる環境を守り抜きたいと考えています。健康で強い組織をつくり、これからも人々に「ちょっと食べる喜び」をお届けしていきます。

編集後記

「就職活動をしたことがない」と語る此下氏の背景には、言葉の通じない異国で現場に飛び込み、自ら道を切り拓いた圧倒的な実践経験があった。専門である歴史学の知識だけではなく、学校で習った「因数分解」などをツールとして経営に活かす視点は極めて論理的である。和菓子の工業化による価値創造と、採用競争力を見据え断行された働き方改革。現場の熱量と冷静な戦略が融合した同社は、これからも私たちの日常に喜びを届け続けてくれるだろう。

此下竜矢(このした たつや)/1972年大阪府生まれ、大阪大学卒業。1998年にタイ王国で起業。2006年、タイ王国の上場企業であるUnited Securities PCLの最高経営責任者に就任。2008年、昭和ホールディングス株式会社の最高経営責任者に就任。2010年には、明日香食品株式会社の代表取締役に就任。現在、日本やタイを含めた世界各国の50社以上で経営者を務める。